話しかけられたいのに話しかけられたくない
盛岡のセレクトブックショップブックナードでは、白い空白の壁スペースを利用して画家や写真家の個展が毎週のように開かれている。センス良く選書された本が並ぶ空間にアーティストの作品。しかもかかっているのはこれまたハイセンスな音楽のレコード。新しい個展が開かれるたびに、なるべく足を運ぶようにしている。そこには何かしら必ず発見がある。
今開かれている個展は、濱津和貴さんというフォトグラファーの写真展『summervacation』。フォトグラファーである濱津さんが毎年のサマーバケーションの旅先で撮った風景たち。私が夏休みだって言えばそれが夏休みの写真だ。写真展の説明文にはそんなようなことが書かれていた(うろおぼえだけれど)。テーブルの上にのったアイスの写真。夕暮れ時の外国の道路の写真。白い雲をバックにした庭のサボテンの写真。
夏の写真って、何だって絵になる気がする。例えば電車を待つ駅のホーム。公園で水遊びをする子供。今日食べたバーガーの写真だってこれが夏休みだと言えば、確かに夏休みの写真になる気がするから不思議だ。
ところでこのブックナードには個展を開催している画家や写真家も在廊していることがよくある。せっかくだからその写真を撮っている人がどんな人なのか見てみたい、と思う気持ちはあるものの、いざその人が在廊していて手持ち無沙汰な雰囲気を醸し出していると、どうしよう、と思う。どうしよう、話しかけられたらどうしようと。
今日もブックナードの店内に入るなり、「あ、いる」と思った。大きなカメラを手に持ち、写真展スペースに立っている女性がいる。この人がきっと写真を撮ったフォトグラファーの人に違いない。だって大きなカメラを持っている。
そんなに広いとは言えない、人と人がすれ違うのも難しいような狭い店内である。
店に入るなりどうしよう、とは思ったけれど、今日ブックナードを訪れたのはこの写真展を見るためなのである。
諦めて、というか覚悟を決めて写真に見いる。
すると、しばらくして想定通りフォトグラファーの人に声をかけられた。
「旅が好きで、旅先で撮った写真なんです」
ああそうだろうな。写真展の説明文にもそんなようなことが書かれている。
こういう時の会話が全然上手くできない。何と返答すればいいのか本当に分からないのである。
結果、「そうなんですね」と気のない返事をして終わってしまう。
フォトグラファーの人は気まずくなったのか、空気を読んでか、ブックナード店主早坂さんと話し出した。
何か気まずいなぁ、と思いながら壁に飾られた写真たちを見る。
一体どんな会話をするのが正解だったんだろう、と考えながら。
「いい写真ですね!」
例えばそんな答え方。間違ってはいないけれど、まだ写真を見始めたばかりだし、何がいいとか具体的に何も思い付いていない。この段階でその台詞を言うことは白々しく感じた。
「この写真はどこで撮ったんですか?」
質問してみるという手もある。でもそれでサンフランシスコで撮ったんです、と言われたら何と返答すればいい。僕はサンフランシスコについての情報が何もない。結果「そうなんですね」と気のない返事をするしかなくなってしまう。「そうなんですね」が早いか遅いかの違いでしかない。
質問するならば、自分が本当に興味を持っていることでなければならない。
写真はみんな良かった。何よりもテーマが良い。summervacation。夏休み。夏休みが嫌いな人なんているだろうか。
学生の頃の1ヶ月以上も続く休暇。あんなに無駄で贅沢な時間はなかった。社会に出て働くようになると、そんなにまとまった休みは取れない。自分の場合は最長で4連休取れれば奇跡みたいなものだ。
濱津和貴さんが撮った写真は、そんなsummervacation、夏休みの魅力に溢れていた。
ゆったりとした時間。夏のきらめき。自然。自由。
「夏休みっていいですよね」
そんな言葉が胸の中で零れ出る。
そう、例えばそんなことを言えば良かった。
そうしたらフォトグラファーの人も「夏休み、いいですよね」とにっこりと返してくれたかもしれない。
でももう遅すぎる。フォトグラファーの人はブックナードの店主と話し込んでしまっている。
そう、僕は会話を思い付くのがいつも致命的に遅い。
少し遅いくらいならまだしも、1日遅れてあの時こう言えば良かったんだ、と思い付くこともざらである。
展示されている写真や販売されているsummervacationの写真集を一通り見終えると、僕はそっとブックナードの入り口の戸を開け外に出た。フォトグラファー濱津さんとブックナード店主早坂さんの話し声を聴きながら。
ブックナードの店内は冷房が効いて涼しかったけれど、外に出ると非常に暑かった。
夏だ。そして今日は休みだから、夏休みだ。僕は僕の夏休みを探しにいくんだ。僕がこれは夏休みだって言えば、それは夏休みの写真なんだ。そう思って街に出る。
町にはsummervacation、夏休みが溢れていた。
やっぱり夏はいいな。今年の夏は、夏休みたいなことをたくさんするんだ。毎日がsummervacationだ。
でももうちょっとうまく会話ができるようにもなりたい。