胃カメラ大作戦
しくしくしく。
このひと月くらい、ずっと胃が気持ち悪い。しくしくする。
「痛い痛い痛いっ!」
気持ち悪いだけでなく、時々差し込むような痛みが押し寄せ、しばらくすると引いていく。
まるで陣痛のようだ。
これはいかんと思い、胃腸科を受診した。
昔からある古い病院。
大先生はいなくなり、代わりに若いのかそうでもないのかわからない先生がいた。苗字が違うから息子さんではないようだ。
胃酸を抑える薬と整腸剤を処方してもらった。
が、数日飲んでも良くならない。
痛みだけは治まった。
子にLINEすると、他院にも行けと。
セカンドオピニオンだ。
最近よく子に相談し、その通りにすることが増えた。
老いては子に従え、か。
次に行ったところも古くからある病院だったが、いつの間にか建物ごとリニューアルしており、若い先生が院長になっていた。
苗字も同じだから息子さんだろう。
個人病院なのに待合室には電子パネルがあり、総合病院みたいに診察待ち、会計待ちの番号が表示されている。
スタッフもみな黒のスタイリッシュな制服を着ていて、どの人が看護師さんだか分からない。
番号を呼ばれ、診察室へ。
「お待たせしました〜」
院長が椅子に座ってお辞儀をしながら迎えてくれる。
とても腰は低いが、喋りは芝居がかったように饒舌で、表情の動きも豊かだ。
マスクで目元しか見えないけど。
症状とこれまでの経緯を説明すると、そのままCTを撮ることになった。
CTはすぐ終わり、胃もその他の臓器も特に異常はないようだ。
でも念のため胃カメラもしましょうということになった。
「麻酔で寝てるあいだに終わりますから!」
院長は眉をしかめたり緩めたりしながら軽快にそう言った。
それから受付で胃カメラの予約を入れる。
「診察券はLINEにしますか、カードにしますか?」
「ら、LINE?」
とりあえずカードにした。
精算は機械で。
カードに印字されたバーコードをピッとすると金額が示され、支払い方法が何種類か出てくる。
とりあえず現金で支払うと、領収書と処方箋がウィ〜ンと出て来た。
え、今日日、病院てこんな感じ?
総合病院でもこんなん違うよ?
都会じゃどこもこんな感じなのかな。
胃カメラ、何年ぶりだろう。
経口と経鼻と両方経験があるが、経口の時はものすごくしんどかった。
こちらの病院では、麻酔をするので経口を推奨している。
予約日が近づくにつれ、めちゃくちゃ怖くなってきた。
そもそもその麻酔が怖い。
なに?麻酔て。
病院に電話をし、非常に不安になっていること、なんならその麻酔も怖いので、普段飲んでる頓服を飲んでもいいかなど問い合わせた。
胃カメラは夕方からだったので、朝8時以降、食事は取れない。
その頓服とやらもその時に飲んでくれとスタッフに言われたが、そんなん効き目なくなるやん。
え、怖い。
もう胃カメラやめたい。
不安でお腹を下したりもした。
冷たい物を食べたからかも知れない。
当日を迎える前に、頓服をもらっているクリニックの定期診察があったので相談した。
麻酔して寝とる間にやってもろたらええやん。
頓服よりよっぽど効くやろ。
ゆったりしとったらええねん的なことを言われ、(そやな)と腹を決めた。
当日、『成瀬は天下を取りにいく』と『成瀬は信じた道をいく』を立て続けにAudibleで聴いたせいか、とても気持ちが強くなっていた。
自転車を漕ぎながら、自分は無敵な気がしていた。
「麻酔でいいですか?」
「お願いしますっ」
動脈注射での麻酔。
(あ、あたし血管細いんだった)
予想通り血管は見つからず、無駄に何ヶ所も針を刺され、終いには手の甲から注入した。
半分注入した状態(注射器は刺さったまま)で検査室に移動し、専用ベッドに横たわる。
「あ、あの、このあと食事はできますか?」
「できますよー」
特にお腹は空いてなかったが、なんかお話ししたかったのだ。
食いしん坊と思われたかな。
電気が消される。
キャ、待って!
看護師さん、なんか話しかけて!
行かないでー!
『成瀬』はどこへ行ったのか……。
そうしてる間に院長が来た。
「はーい。やっていきますねー」
口になんか硬いのを押し込まれる。
「軽く噛んでくださ〜い」と看護師さん。
え、顎だるい。
息しにくい。
やっぱ怖い。
ちょ待てよ!
残りの麻酔を注入される。
ひんやりしたのが入っていくのがわかる。一気に押し過ぎじゃない?
ちょ、ちょ待っ……グゴーーーーーッ
*
「とらふぐさーん」
目を開けると違うベッドで寝ていた。
立とうとするとフラついたので、もう15分横になっておきましょうと言われる。
車で来院した場合は1時間休まなければいけないらしい。
にしてもほんとに寝てる間に終わった。
なんっの記憶もない。
しばらくして映像を見せてもらうと、入り口辺りと奥の方が赤く炎症を起こしていた。
逆流性胃炎と慢性胃炎とのこと。
胃全体は概ねきれいだった。
一部影が見られたので、細胞を取ったらしい。
その結果はまた来週。
「このあと食事はできますか?」
質問はないかと聞かれたのでそう言った。
食いしん坊と思われたかも知れない。
頑張ったご褒美にチロルチョコをひとつもらった。
包み紙には院長の写真がプリントされていて、「胃がんをやっつける!」みたいなことが書かれてあった。
いろいろすげーな、ここ。
すぐにCTや胃カメラをしてくれるのは、もう何年も検査をしてなかったからちょうど良かったものの、これ、結構儲かるよな。
なんて事を少し思った。
最新であるとか少しアナログであるとか、良し悪しだなぁとも思った。
とりあえず、来週の結果を待つ。
ちなみにまだ胃はちょっとだけ気持ち悪い。
そうそう、麻酔を打つ前、少しカルテが見えたのだが、カルテには「チャリ」と書かれた付箋が貼ってあった。
スタッフ間の申し送りだろうが、これ、自分の職場でもありがちなやつ。
お客様に見られたらいかんやつ。
ま、「ビビり」と書かれてなくてよかった。
外はすっかり夜になっていた。
押して帰るよう言われていたが、「チャリ」を飛ばして家路を急いだ。