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月がついてくる

「やってらんねーよ!」

自転車を飛ばしながら、夜道を急ぐ。
まだ晩ご飯の準備もできていない。
こっちにも生活があるんだ!

交差点のところに差しかかり、
キッ
とブレーキをかける。
信号はない。

何台か車が行き過ぎるのを見送りながら、来た道を振り返る。
実家の方向だ。


突然に訪れた母の介護。
毎日通っている。
通える距離でよかったのか悪かったのか。
冷たい娘だろうか。
父も老齢ながら頑張っている。
でも、父の体やこだわりや気持ちも思慮しなければいけないから、2倍3倍に疲れるのだ。

「やってらんねーよ!」

母は私が行ってもニコリともしない。トイレの介助にもたついてると「早よして!」などと言われる。
やってられない。

でも。

少し認知が入ってるとは言え、体がうまく動かせないもどかしさ、お尻を丸出しにしなきゃいけない恥ずかしさ。
そういうものが母にだってあるかも知れない。

「…ごめん」

さっき吐き捨てた言葉を取り消すように、またひとり呟く。

振り返ったまま目線を上にやると、かさをかぶった月が見えた。

明日あしたも雨かぁ」

こんな日々がしばらく続くんだろうな、なんてため息をつきながら、再び前を向いて自転車を漕ぐ。
今度は少しスピードを落として。



しばらくどころじゃない。
ずっと続いて、それは日常になっていくんだろう。
そもそも自分だってそのうち老いる。
娘は、一人娘は、老いた自分に同じような思いをするのだろうか。
「やってらんねー!」なんて思われたくないし、思わせたくない。
長生きなんかしたくない。



次の曲がり角を左に折れる。
折れるすんでのところで、もう一度目線を左上にやる。
月がまだこちらを見ている。
さっきと距離は変わっていない。

月がついてきている。



病院や施設から、ようやっと実家に帰って来た日、母は一番に電子ピアノに目をやって、「弾いてみようかな?」とニッコリ笑った。
骨折して入院して以来、母の笑顔は見ていない。
いや、入院する前から、もう随分と長い間、母は笑っていないように思う。
子供のような、可愛いらしい笑顔だった。
やはり弾くのが好きなんだ。
あいにく右手は使えないけど、車椅子に座ったまま、左手だけで上手に弾いた。こっちまで嬉しくなった。
あれ以来、また電子ピアノには布がかけられたままになっている。



うちの灯りが見えた。
キキッと自転車を止めて、「よっこらしょ」とスタンドを立てる。

あれ、今度は右手に月がいる。
相変わらずぼんやり暈をかぶって、こっちを見てる。
なんだか少し笑ってるようだ。

大丈夫だよ

え?

大丈夫

なんだよ。
ずっと見てたの?
ひとりごとも聞こえてた?






娘が生まれてから、母は「ばーちゃん」になり、父は「じーちゃん」になった。
呼び名だけではない。

母は段々と家事をしなくなり、あまり出かけなくなった。
よく一緒に喫茶店なんかに行ってたのに。

相談があって電話をかけた時、「よう聞こえん!」とガチャっと切られてから、ああ、母親はいなくなった、と思った。
それが10年くらい前のことだろうか。

それでも特に悲嘆はなく、それなりに時々実家に顔を出したりしていた。
「じーちゃーん、来たよー」
「ばーちゃーん、寝てばっかりはいかんよー」

今、疲れて、悔しくて、自転車を飛ばして来たけれど、フラッシュバックのようにその時々の母の姿が浮かんでは消える。スライド写真を見ているように。

反抗期に投げつけた「クソばばぁ!」のひと言を、ご飯をよそいながら冷静に受け流した母。

結婚式の控え室で、段々と花嫁に仕上がっていく私を見て「きれいなよ!」と言った母。

娘を宿してからは、早々に里帰りした。
妊婦教室の最中さなかにパニック発作が起き、震えながら母に電話をした。
近くだったものの、すぐに駆けつけてくれて「大丈夫やけんな!」と笑った。母の額にはじんわり汗が滲んでいた。

幼い頃、記憶が残っている限りでは、母はあまり喜怒哀楽がなく、ギュッと抱きしめられたことはない。手を繋いだ記憶もない。

器用で賢くて、でも、いわゆる「肝っ玉母さん」ではなかった。少し物足りないくらいに静かだった母。

そんな母が「大丈夫やけんな!」と逞しい笑顔を私に向けてくれたことは、かなり意外で、貴重な記憶だ。

いざ出産!の時も、病院入りした夜から翌日の昼過ぎまで、そう、娘がオギャーと産声をあげる瞬間まで、ずっと付き添い、腰をさすってくれた。

途中、日が明けてもまだ子宮口が3センチだと言われた時にはパニックを起こし、もう切ってくれ!と叫んだ。

麻酔の準備までして帝王切開に備えたが、結局無事に普通分娩で娘は生まれた。
ホッとして力尽きたのは母も同じだった。その後、母は家に戻りお風呂に入って体を休めていたのに、私の血圧が有り得ぬほどに下がって死にかけたものだから、母はまた病院にすっ飛んで来た。

あの時、間違いなく母は「母」だった。



「…ごめん」




月がついてくる。

いや、一緒に帰って来たんだね。

大丈夫だよ

月がまたそう言った気がした。


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