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ミッドナイトタクシー

日記は日記
エッセイにはエッセイ
創作には創作とタイトルにつけた方がいいのかどうか、都度迷っている。

結果、つけたりつけなかったりしている。


月曜日の夜遅く、もうマウスピースを装着してお布団に入っていた時、じーちゃん(父)からの電話が鳴った。

ひ、ひぇーーー

スピーカーをオンにする。

ばーちゃん(母)、頭痛いって泣いてるってよ。

取り急ぎ、救急車を呼ぶか呼ばないかの相談窓口に電話するよう伝える。
#7119 だ。

通話を切ったあと、こりゃあれかな?と思い、パジャマを脱いで服に着替えた。

長い靴下の上からもう一枚、くるぶしまでの靴下を重ねばきしたところで、
再び電話が。

もう救急車向かってるってよ。

コートを羽織った頃には、遠〜くからピーポーが聞こえていた。

早ぇーーー

慌てて自転車をぶっ飛ばした。
ライトがつかない事が走りながら判明したが、もう仕方ない。
対向車、来るなら私が光ってますように。

滑り込むように実家の玄関先に自転車をつける。
ズサーーーッ
砂ぼこりが舞っていたかも知れない。

ズカズカ上がってばーちゃんのベッドに直行。
泣いている。
じーちゃんが着替えさせていると、
オロロローとばーちゃんが吐いた。

わーーー

とか言ってる間に救急車が来たので、外に出て手をあげる。
こっちですよー。

綺麗好きのじーちゃんが吐物を片付けようとしていて、あとでええやん!と思ったけど、もうなんでもいいと思って、ばーちゃんを運んでもらって一緒に乗り込んだ。

近くの大きな病院はどこもなんかいっぱいで、遠くの脳外科に行くことになった。

ばーちゃんは自分の名前も誕生日もちゃんと言えたが、今日が何日かわからなかった。

「12月?」言うとった。



脳外科に着いて、検査の間、暗くて寒い廊下の長椅子で待つ。

遠くでゲーゲー吐いてる音や、看護師さん達がなんか言ってる声が聞こえる。

どのくらい経ったかな。
そんなにでもなかった気がする。

検査室からまた最初の処置室に戻る時、「点滴しますねー」と看護師さんが言って、そのあと院長の説明があるからと別室に案内された。

画像を見せられ、
「特に異常はありませんでした」と言われ、ホッとする。静脈瘤だか動脈瘤があったが、破裂しているわけでもなく、それが頭痛に影響しているのでもないそうだ。

めでたしめでたし。

となるところだが、画像説明の途中で
「脳の萎縮がみられます」と言われたから、「萎縮とは?」と聞いたら、「い、しゅ、く!」と、なんか“は?”みたいな言われ方をした。

萎縮の意味はわかるわボケ!
萎縮がなにかに影響しとるんか?と聞いとるんや!

キレ過ぎだろうと思われるかも知れないが、そのほかにも頭痛がずっと続いてたんならなぜ早くに対処しなかったのかとか、こんな時間にとか、内科的なことを聞いたら「脳外科なんで」と言われたりとか、すでに何度かカチンときていたのだ。

ではもうひと声。

ちゃんとかかりつけ医にも行ったわ!
こんな時間に痛くなったからこんな時間に来たんやボケ!

と、いうわけで、部屋を出たあと、チカラまかせに己のリュックを長椅子に投げつけた。


点滴が終わったばーちゃんは、嘘のように落ち着いていて、車椅子を押されてこっちへ来た(また別の点滴をしている)。
念ため入院するとのこと。
一緒に病室へ行こうとしたら、私は入れないそうだ。

ばーちゃんにその旨を説明したら、
「一緒におって!」
「入院せん!」
と言い張った。
看護師さん達は困ってまた院長を呼んだ。忌々しい偉そうな院長め!

が、現れた院長は笑いながらやさしくばーちゃんに語りかけた。
「あーそんな気はしたんやけど。嫌かぁ〜やっぱり」

ばーちゃんにはやさしかったから許すことにした。

結果、点滴をあともう少しだけして帰ることに。
「夜間は人が足りないので」と看護師さんが言って、2人ほど居なくなった。
あーすみません。そうですよね。

そうだよな、看護師さんも大変だよな、と、すっかりクールダウンした私は、あったかい個室で点滴が終わるのと、帰りのタクシーが来るのを待った。

ばーちゃんは
「早よ帰りたい!」
「もう嫌!」
「嫌ん!」
と車椅子で地団駄を踏みながら言う。

「嫌ん!」がいつしか「わん!」になったので、私も「わん!」と叫んだ。
しばらく2人でわんわん合戦をし、途中「ニャン!」に変えてみたりした。
ばーちゃん半分笑いながらわんにゃん言うとった。


看護師さんが点滴を外して、着替えを手伝ってくれた。カーディガンの裏に名前を貼ってあるのだが、この一年、母の名前を書き過ぎて嫌になっていたので、気分を上げるため、名前の横にニャンコの絵も描いておいた。
その絵に看護師さんが気づいてくれて
「かわいいー!」と笑ってくれた。
私も笑った。

しばらくしてタクシーが来た。

看護師さんにお礼を言って、タクシーに乗り込んだ。
もう夜中の2時くらいだっただろうか。

家の車椅子は持って来ていなかったから、ばーちゃんをよっこら歩かせて乗り込んだ。
運転手さんが手伝ってくれ、車中でもやさしく声をかけてくれたりした。

ずいぶん遠くの病院に来たから、どこを走っているのかわからなかったけれど、運転手さんがわかりやすく説明してくれたり、経緯なども聞いてくれたりした。こちらが黙れば、そっとそれに合わせてくれた。

沁みた。
特別な言葉をもらったわけじゃなかったけど、彼の親切な気持ちやお人柄などが、疲弊していたココロにじんわり沁みた。

夜の町は静かだった。
ばーちゃんもぼんやりと外の景色を見るともなく眺めていた。

見慣れた建物やら道が見えて来て、
「ほら、もう着くで!」と声をかける。


実家に着き、母を降ろす時も手伝ってくれて、玄関まで一緒に来てくれた。
病院で、なけなしのお金を払って一文無しだったので、慌ててじーちゃんから一万円札を受け取り、領収書を取りに車に戻っていた運転手さんのところに走って行った。


翌日。

ばーちゃんの顔を見に行くと、とても穏やかで、昨日は子どものように地団駄を踏んでいたのに、
「昨日はありがとう。疲れたやろう?」
と言ってくれて驚いた。
頭痛はまだ少しあるようだ。


夕方。

運転手さんの名前を確認しなかったことに気づくと同時に、しみじみとまた昨日のやさしさが思い出され、領収書を取り出してタクシー会社に電話した。
どうしてもお礼を伝えたかった。

直接ご本人には伝えられなかったが、
窓口の女性に託した。


マツオさんにいっぱい幸せ訪れろ!


今日ばーちゃんは、デイサービスに行っている。



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