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あなたへ(第7号)

「母ちゃん、眼に何かささった、ぬいてちょうだい、早く早く。」
 私の雪との出会い……心象風景は『手袋を買いに』の子狐の言葉から始まりました。
 昨夜の内にどっさり降った真っ白な雪。その雪の上からお陽さまがキラキラと照らしたので、雪は眩しい程に反射していました。強い反射に、子狐は眼に何かささったと思ったのです。
 新美南吉の『手袋を買いに』。冒頭の雪の描写は、雪を見たことがない幼い私、あたかも物語の子狐になったような気分で、母の語る物語に耳を傾けていた私の心にも突き刺さったのでした。
「真綿のように柔かい雪の上をかけまわると、雪の粉が、しぶきのようにとびちって小さい虹がすっとうつるのでした。」
 雪とは無縁の温暖な地に生まれた私にとって、雪の粉が作る小さな虹は、夢のような憧れとして映りました。パン粉ような粉雪、樅の枝からこぼれる白い絹糸のような雪……。清らかに静かに温かく、雪は狐の親子の住む森を包んでいました。
 町の帽子屋で、子狐は誤って狐の手を出してしまいますが、無事に手袋を買うことができます。「人間ってちっともこわかないや」と言う坊やに対する母狐の呟きで物語は幕を閉じます。
 「ほんとうに人間は、いいものかしら。ほんとうに人間は、いいものかしら。」
 物語が内包している様々な問題はさておき、雪深い森に住む狐親子は私の心の奥に住み続け、微かに花弁雪舞う日にも、ひょっこり顔を覗かせてくれます。新美南吉が描いた美しい雪の日の物語は、私の僅かな雪の思い出と共に、私だけの六花の結晶を形作ってくれる宝物なのです。
 本当は人間はいいものよ…悴む手を息で温めながら、心の中、狐親子に話しかけます。
 雪は全てを白く包む。汚れなどないように美しく包んでしまう。人間も、美醜混濁した姿を、銀花のベールに隠してしまっているけれど、本質は……人間の本質はいいものなのよ。
 昨今、そう言い切れない悲痛を抱えています。押し迫る雪崩の如き、地球を破壊に導くような人間の負の産物には、もはや目を背けられません。戦争、貧困、環境破壊……。狐…動植物に、雪抱く豊かな自然に……人間はいいものと、胸を張って語れる私でありたい。
 青信号が点滅する横断歩道。駆け出す私の前を、風花が全ての光を透かし舞い飛んでゆきます。
 人間って本当はいいものなのだから、赤信号になる前に……今やらねばならないことを共に考え、声を上げ、実行していきましょう。狐の子の、人の子の、健やかな夢のためにも……。
  『夢みたものは』第7号をお届けします。
 狐の帽子屋さんでは、一冊、雪ひとひらでお分けしますね(もちろん、木の葉でも)。


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