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泣きそうになったのは軌跡が奇跡すぎたから/短編小説

「え?報告しましたよ、8月に結婚したって」

紅葉が色付く少し前の季節、平日の夕方におしゃれなカフェの2階で向き合って座る私たちを見て、サラリーマンと女子学生カップルだと思う人は多いかも知れない。

そう話す彼は、見た目とは反して私の一つ歳下の27歳で、私は大学の頃から弟の様に可愛がっている。
男女の関係なんて無縁すぎる姉弟の関係で、今日も以前と変わらず「報告と相談の会」だと思い、私は写真を撮った後ケーキに夢中だった。

絶対言いましたって、そう呟きながらメールを見返す弟は、目の前のチーズケーキには目も暮れず携帯を触り始めた。



泣きそうになったのは軌跡が奇跡すぎたから。



「うわ。本当だ。僕、ハルカさんに言ってる形跡が無い」
「やんな。ウェディングフェアに行くのは聞いてたけど、そこから報告が無かったで?えっと、8月やっけ?結婚おめでとう」

報告を受けてからも私はケーキを食べる事を止めず、口調だけは落ち着いて淡々と返事をした。


弟から結婚を決めた事は一年以上も前から知らされていた。
毎年の誕生日やクリスマスプレゼントの相談、プロポーズのタイミングの相談までも乗るほどの仲である。
そんな私に結婚報告が無いとは何事だ。
そう思いながらも、「私、今既婚者とカフェしてるの?」という衝撃が凄まじく、おめでとうとしか返事が出来なかった。

「会った瞬間に結婚祝いくれると思って期待してたのに、旅行土産をくれた時は、ハルカさんふざけてるんだなって思ってましたけど、これは僕のミスですね」
「・・・えっとー、なんかごめんやで?」

弟が結婚した、という簡潔な事だが突然の事で脳内整理でいっぱいいっぱいになり、軽い冗談ですら返答に困る。
ケーキの美味しさだけを味わいたいと思っていたが、気持ちがケーキに向かないと分かった為、私は一旦食べる手を止め、珈琲を飲んだ。
代わりに弟は遅れを取り戻すかのように食べ始める。


「式場は決まったん?」
「はい、市内のホテルにしようと思っています」
「おーええやん。時期は?」
「来年の7月かなーと。まぁでも、ご時世なんで親族だけでこっそりですけど」

そう言いながら、弟はカップに手をかけていた。
ブラックだがカフェラテを飲んでいるかの様に顔が緩んでいる。
その姿を見て、弟が結婚したのかと改めて実感し、珈琲の苦さを味わいながら記憶を思い返した。




大学2年生の春、歩けば汗が出るほどの京都市内。
私と彼の出会いは大学の少人数制のクラスで、数学のプリントを後ろの人へ渡す時に初めて顔を合わせた。
いや、そう思っていたのは私だけの様だった。
彼は私の事を知っており、後ろを向くタイミングで話しかけられた。

「ハルカさん、嵐山行った事ありますか?」
「ん?うん。あるで。というかつい先週に行ってきたところやわ」
「どうでしたか?」

急に話しかけられたことで、名前を聞くよりも前に答えた。
彼が真剣に尋ねてきたので、私は先生にバレない様に軽く体を斜めに向け、足を組み替えながら小さめの声で答えた。

「デートとして行くなら、あり」
「僕、彼女と行くなんて言ってません」
「…そう言った時点で、彼女か、もしくは好きな女性のどちらかと行くことだけは分かってもうたわ」
「…ハルカさんは先週デートで行ったんですか?」
「多分デートやない?男の子と二人やったし。まぁ告白は無かったけど」

そう言いながら、私は再度嵐山に行くこと勧めた。
先週は晴れ予報だったのに突然の雨が降ってきたから、もし行くなら折りたたみ傘を持って行く方が良いかもね、と付け加えて。


それから、彼とは毎週同じ講義で会い、挨拶含め軽い会話をする仲になっていた。

「それで、折りたたみの傘は役に立った?」
「いえ、雨は降らなかったですが日傘になっ…」
「やっぱり女の子やん!彼女になった?どんな子?」
しくじったと書いている顔を見て笑ってしまう。

「確かに、女の子と行きましたが、それが彼女とは限らないですし、というか出来ても言いませんし、きっとハルカさんは知らない子です!」
「やっぱデートやったんや!彼女になったんやろ?おめでとう!」
「だから僕、彼女が出来たなんて言ってませんから」

そうムキに返答される程に、一つだけの年の差が青く輝き可愛らしく見えた。

「まぁ、話したくなったら話しにおいで。お姉さん、優しいからいつでも聞いてあげるし」

そう伝え、連絡先を交換した。
私がお勧めした嵐山デートで上手くいった事が嬉しく、乗りかかった舟が沈まない様に見張る気持ちだった。



彼と彼女は、学校の友人界隈にお付き合いをしている事を内緒にしている様だった。
だからだろうか。
彼女が出来たことを当ててしまった私を標的に、彼女自慢は全て私へ向けられた。

在学中も、留学中も、彼は私に様々な相談や報告を度々してきていた。
卒業して地方就職をしても、それが途切れる事は無かった。

ただ、私を彼女に紹介する事は一度も無かった。



「今度ハルカさんに会いに行きます、彼女と」

そう連絡が来たのは、私が勤めて3年目の頃。
変わらず連絡を取ってはいたが、まさか勤め先の地方旅館に宿泊しにくるとは思っていなかった。

「え。嬉しいけど、え?ついに彼女にちゃんと会えるん?」
「はい、会えます」
「ちゃんと紹介してな?」
「はい、もう"先輩"とは話しています」
「ちゃうちゃう。連絡取りまくってる、なんなら長時間の電話までする姉みたいな人って言っとかないと、浮気とか…その、さ?」
「ハルカさんの言う面倒系は大丈夫です」

本当だろうな?
そう疑いたくなったが、5年目にしてやっと紹介してくれるのかと嬉しく思った。


はじめましてのタイミングで彼女から、
「よく話を聞いてます。大学の時に出会いたかったです」
と言われたが、こちらとしては、
「貴女が大学1年の春には遠目で見ながら自慢された事があるし、今年の誕生日プレゼント案を出したのは私やねんで」
と言ってやりたかったが控えた。
代わりに
「ありがとう。イヤリング可愛いね」と伝えた。

「これ誕生日プレゼントで彼から貰ったんです」
と嬉しそうにしている姿を見て、彼女は私が関わってる事など1ミリも知らないんだろうな、と若干申し訳ない気持ちになった。


その後も変わらず連絡を取り合った。
1年に1度は会って、近況報告をしあった。
「彼女にはハルカさんとご飯行ってくる」と伝えてる、といつの間にか彼女公認の仲になっていた。




「そっか、ついに結婚したんか」

数秒間、私は止まっていたかも知れない。
だが弟は何も言わずにただケーキを美味しそうに食べていた。
そんな弟を見ながら、私はまた珈琲を飲んだ。
そして大きく息を吸う。
少し脳を働かせすぎたみたいだ。

「そっか、ついに既婚者になったんか」

似たような言葉を繰り返す私を見て、何も問わない弟は優しい。
私に考える時間をくれているのだと実感した。
珈琲が苦いと思いながらも砂糖を入れる手は動かず、口のみ動く。
大きく息を吸う。

「そうです。結婚しました。僕、今既婚者です」

その返事を聞いて、ゆっくり目を閉じ、次は大きく息を吐く。
辺りはいつの間にか夜の顔に変わっており、私は景色を見ながら相変わらず苦い珈琲を飲んだ。


「嬉しすぎて、ケーキ食べられへんわ」
「…え?」

フォークを手にしたが食べたい気持ちになれない。
胸がいっぱいとはこう言う事を言うのだろうか。
心臓の音がうるさい。嬉しい。目の奥が熱い。

「あの、ごめん。
さっきまでの"結婚おめでとう"は、ちょっと違うねん。何も考えてないおめでとうやったわ」

言わなかった。
いや、言えなかった。
貴方が結婚した事実は、私との相談や報告が続いた軌跡だと。
彼の目から背け、窓からの風景を見て落ち着かせたが目頭は熱い。
息を吸い、早口で話す。

「あの…私が、初デートの場所おすすめしたんよね?」
「そうですね…、そうなりますね」
「私が…」

喉が熱い。
そうか。
私が二人の奇跡を起こすキッカケを作ったのか。
何億万人といる中で、二人を引き合わせた訳ではないが、
少なくとも、初デートで<彼女想って折りたたみ傘を持って行く男子>を実行させたのは私だ。

そうか。
私が彼女ならこうして欲しいと思うよと提案した事で、喧嘩をしても仲直りを繰り返し、8年も付き合っていたのかも知れない。
私が協力者だったから弟は結婚を覚悟したのかも知れない。
少なくとも、私が乗りかかった舟と楽しみ半分で奇跡を継続させ、軌跡を残したのかも知れない。
少なくとも私が。


息を吐く。
珈琲の苦いのはどっかいった。
代わりに鉄の味がする。

「今。今、実感したよ。
亮介、結婚本当におめでとう」

「はい、ありがとうございます」

目を見て伝えた時、温かい室内でさえ肌寒いと感じる程に私達は震えていた。





チョコレートに牛乳



関西弁過ぎること以外はノンフィクションです。
私はここまで関西弁が強くありません。笑


おとうとよ。結婚おめでとうね!

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