左耳のピアスの理由④
玄関の扉を開けたのは彼の母親だった。お互いなんでいるの?という心境の中挨拶をした。
彼の母親がこの家の鍵を持っているはずはない。という事は、彼からカギを預かってこの家に行くように依頼されてきたと考えるのが妥当だ。精一杯の愛嬌を振りまき、「彼に余計嫌われちゃうかもしれないけど夕飯作って待っていたんです!」そうすると彼の母親は私にこう言った。「残念だけど、あの子はこの家に帰ってくることはないわ。」
含みのある言い方だったけど、とりあえずせっかく作ったからビーフシチューを彼の母親と食べることになった。 ごはんと食べていると突然彼の母親からは涙がこぼれていた。
彼の母曰く、昔から彼の好きだった味を見事に再現していたらしく、私をほめてくれた。重たい時間が少し軽くなった。そうすると彼の母親は重たい口調で私に言った。
「あの子からは口止めされてたけど、実は彼、病気になっちゃったの。余命は一年。あなたには次の人を見つけてほしいという事で、あなたには秘密にしておいたの。けれどあなたには最期のおわかれをしてほしい。」
これまでのことのすべてに納得がいった。彼がいなくなる。改めて考えると居ても立っても居られない。
私は彼が入院している病院に行こう。と思ったが、彼の私に対する思いを踏みにじりはしないか。そんなことを考えていると病院に足朝気が向かなかった。
電車と一緒に揺れている広告に目を移す。ー相手の気持ちになって考えてみよう! なんて言う内容の広告だった。
もし私が彼と同じ状況だったとする。余命は一年もない。一番一緒にいたいのは誰か。家族はもちろん、友達も。でもやっぱり一番一緒に居たいのは彼しかいない。彼が私と同じ気持ちなら今すぐ会いに来てほしいはず。
いろいろ考えたけど会いに行くことに決めた。彼が合いたくないと思っている可能性は上手に正当化させながら、、、。
病院に着いて彼のいる病室へ向かう。扉に掛ける手が震えている。
思い切って扉を開けると、彼はベッドで眠っていた。すっかり痩せて肌も真っ白になっていた。左耳のピアスが日光に反射して彼の生命力のように小さくも眩しく光っている。
彼の目が覚めて私を見た。彼は私に「もう会えないかと思った。」と言った。
私は近くにあった椅子に座って彼は上体を起こしてくれた。久々に見た彼の顔、会っていなかった期間に話したいことは山ほどあった。楽しそうに話を聞いてくれる彼はどこか悲しそうだった。医者の余命宣告から2か月が経とうとしていた。楽しい時間というのは経つのが早い。面会の時間は終わり、彼は私の帰り際に「また来てよ。」と言ってくれた。
病院を背に私はあることを決心した。それは、彼とおそろいのピアスをすること。確かピアッサーが彼の家の私たちの写真が置いてあるところにあったはず。すっかり埃をかぶっていたピアッサーをきれいにしてカバンの中に入れた。
次の日の夕方、私は又彼の病室に行った。彼の顔を見る。今日あった出来事を話していると、あの幸せな日々がよみがえる。でも彼はどこか悲しそうだった。すると彼は唐突に、「ねぇ、俺が死んだらどうする?」私は一瞬返答に迷ったが、「絶対忘れない。それを形にするために今日はあの日あなたが買ってきてくれたピアッサーを持ってきたの。」
よく覚えていたね!なんて笑いあいながら彼は続けた。後悔することになるかもしれないよ?それでもいいんだと言った私。彼と同じ左耳に人生初となるピアスを開けることになった。
「パチンッ!」乾いた音が病室に響く。意外と痛くない。これで彼を忘れることはない。と、当時の私は思っていた。
次回
「もういない」
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