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左耳のピアスの理由⑤

日に日に少しずつ弱っていく彼を見ていると、昔のことを羨んだり、自分の無能さに腹が立ったりで涙が出てくる。

ある日、彼は酸素マスクをしていた。余命宣告まであと4か月。今の彼の姿を、彼が生きていた証を残していくしかない。私にできることは限られているから、できる限りのことを精いっぱいやったつもり。どうやらここから回復する可能性は低いらしい。

どうして彼がこんなことにならなければならないのか。神様はいったい何をしているんだろう。苦しい時の神頼み。そんなことはわかっているけど、そうするしか彼を救う方法がないかもしれない。否、私の気を紛らわす方法がそれしかないの。

彼は私に「俺が死んでもちゃんと生きろよ。俺の分まで生きて、あっちでたくさん話を聞かせてくれ。」といった。何とも言えなかった。無責任にも感じるその言葉は彼なりの精一杯の気遣いなのかもしれない。逆に私が彼の立場でも同じ事を言ったかもしれない。

非情にも時は過ぎていく。彼が余命宣告されて9か月。残りの彼の命は一か月余り。もう何もいらないから彼を救ってほしい。大事な彼、失ったら気が気じゃなくなるかもしれない。お願いします。これから奇跡的に回復することを願うしかない。

彼の命を示すモニターが急に泣きはじめた。緊急手術をするために彼は病室に運び出された。私は何かを悟ったようにその場に崩れ落ちた。涙も出ず、ただひたすらにボーッとしていた。彼の手術が終わるまで一睡もできず、ただ待って、祈るしかなかった。

昼間に緊急手術をして、手術が終わったのは翌日の夜だった。オペ室から執刀医が疲れた顔をして出てきた。医者が私に言った一言は私の涙腺を崩壊させた、、、。

あの手術から半年が経つ。当然だけど、彼は病院にはもういない。でも私はちゃんと生きる。彼がお揃いにしたがっていたピアスはファーストピアスのまま。彼が頑張った証や、これからもちゃんと生きることを約束したこのピアス。何度か新しいピアスに変えようかとも思ったけど、そのピアスの輝きが変えることを拒むように私に訴えかけるようにも見えた。

家に帰ると、出迎えてくれる彼がいる。この先、彼と一生共に生きるつもりだ。婚約指輪や結婚指輪よりも価値があるこのピアス。いつまでも輝きを失わないでほしい。これからは二つの輝きで、これからもずっと私たちの歩む道を照らしてくれたらうれしい。

これが私のしている左耳のピアスの理由。



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