あの日交わした約束が、忘れられてしまわないように
「さつきのことをまもる、おうじさまになる!」
「じゃあ、私はおひめさま!」
″おとなになったら、けっこんしようね!″
「はぁ…夢か」
昔に幼なじみの女の子と交わした約束が夢に出てきた。
小学校の途中で引っ越ししてしまい、別れてしまった。
咲月、元気にしてるかな…。
「〇〇も今日から大学生か…」
「なんだよ、親みたいなこと言って」
「いや、実親だわ笑」
「あ、そっか笑」
母親とそんなやり取りをする朝。
今日から大学生になる。
そして、そのタイミングで地元に帰ってきた。
「久々の地元はどう?」
「ん〜、色々変わってて、地元感ない」
「確かにね、でも昔の友達と同じ大学かもね」
「ああ…そうかもね」
昔の友達に会えるかもしれないけど、俺のこと覚えてるのかな。
てか、俺が覚えてるかな。
咲月、俺のこと忘れちゃってるのかな。
「よし、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
見慣れないお店や建物が並ぶ道を歩きながら、大学に向かう。
地元だけど地元じゃない、そんな不思議な感覚だった。
そんな感覚に、聞き馴染みのある声が
「〇〇〜!」
「あ、そっか、同じ大学だったわ」
「ねぇ、忘れないでよ!姫奈、勉強頑張ったんだから!」
「分かったから、腕に抱きついてくんな」
会って早々、腕に抱きついてきたのは、高校の同級生の姫奈。
いい意味で男女の壁を感じず、素でいられる相手だ。
「〇〇さん、久々の地元はどうですか?」
右手をマイク代わりにしてインタビューをしてくる。
バカっぽい姫奈の仕草が、面白くて好きだ。
「ん〜、なんか帰ってきた感はないね」
「まあ、小学生振りだもんね〜」
「色々変わっちゃったし」
「じゃあ、大学終わったら地元巡りしよ!」
姫奈と一緒だと、色々奢らされたりするから正直めんどい。
だけど、楽しそうだから、いつもOKしてしまう。
「いいけど、寝てたら奢らないからな?」
「大丈夫、今日はバイキングだから!」
「…ガイダンスな?」
「あ、そうそう!それ!」
こいつ、本当に受験受かったんか?
裏口入学とかしてないよな?
大学に着き、ガイダンスの行われる教室に入る。
早く来ていたこともあり、まだ席が空いていたので、後ろの方の席に座る。
「やっぱり後ろの席だよね〜」
「寝るのに絶好だから?」
「ぎくっ…そ、そんな訳ないじゃ〜ん」
「じゃあ、今後同じ講義だったら前の席にしよっか」
「え〜っと…すみませんでした」
「まあ、単位落とさなきゃいいよ」
そんな会話をしていると、教室のドアから1人の女の子が入ってくる。
何故だか分からなかったが、その女の子に目が惹かれる。
「え…」
「ん、どうしたの?」
「いや…なんでもない」
「ふ〜ん、あ、筆箱忘れた笑」
「何してんだよ…はい、シャーペン」
「さすが、準備がいいね〜」
「そのまま借りパクすんなよ?」
「え〜、考えとく笑」
ぞろぞろと生徒が入ってくると同時に、教授らしき人が教壇に立つ。
教授の話を聞きながら、ルーズリーフにメモをとる。
しかし、ふとさっきの女の子を存在を思い出し、その方向を見つめる。
真剣に教授を見つめる横顔に、懐かしさと愛おしさを感じる。
「…ねえ」
「ん?」
「〇〇、話聞いてた?」
「あ、ごめん、何?」
「講義、毎回出なくてもいいんだって!」
「ああ、生徒の自主性を重んじてるからでしょ?」
「あれ、聞いてた?」
「いや、大学ってそういうもんでしょ」
「あれ…そうなの?」
姫奈、大学合格してるんだよね…?
教授の話が終わり、食堂にお昼を食べに行く。
「〇〇何食べる〜?」
「がっつり食べたいかな」
そんな会話をしながら歩いていると、少し前の方にさっきの女の子がいた。
「あ…咲月…」
小学校以来に見ても、はっきりと分かる顔立ち。
あの頃よりも大人っぽく、だけどあどけなさの残る可愛さ。
元気にしてた?俺のこと覚えてる?
ねえ…昔した約束覚えてる?
咲月に話しかけたくてたまらなかった。
だけど、咲月の周りには、たくさんの人がいた。
ああ、高校同じ人達かな。
やっぱり、あのルックスなら、一軍だよな。
「〇〇〜、お〜い」
「あ、ごめん」
「何見てたの?」
「いや、なんでもないよ。昼飯食べに行くか」
「あ、ちょっと置いてかないでよ〜!」
咲月と生きている世界が違うように感じた。
俺が話しかけられるような存在じゃないのかもな。
咲月と一瞬目が合った気がしたけど、気のせいだと思い込んだ。
「あれ…?」
咲月の存在に気づいてから、俺の目は咲月をずっと追っていた。
同じ講義取ってないかな。
グループワーク一緒になったりしないかな。
頭の中は、そんなことでいっぱいだった。
講義なんて、まともに聞けてない。
話しかければいいけど、1歩が出ない。
「あれれ〜、また咲月さんですか〜?」
「なんだよ、姫奈」
「いや〜、早く話しかければいいのに〜」
「できたら苦労してないっての」
「意気地無しですね〜笑」
「うるせぇな…」
「まあ、姫奈にとっては好都合だけど…」
「ん、何か言った?」
「ん〜ん、なんでもな〜い」
姫奈とそんな会話をしていると、咲月がどこかに行っていた。
「あ、咲月ちゃんどっか行っちゃったね」
「そういえばさ、姫奈はなんでこの大学受けようと思ったんだ?」
「ん〜、秘密!」
「俺がこの大学にするから着いてきた!とかじゃないよな?笑」
「っ…そ、そんな訳ないじゃん!姫奈だってちゃんと考えてます〜!」
「本当か?笑」
「めちゃくちゃ必死に勉強したの知ってるでしょ〜!」
「ほぼ毎日、俺の部屋に入り浸って勉強してたもんな笑」
「(〇〇と一緒にいたかったから、なんて言えるわけないよ…)」
姫奈が風邪で休んだ日、いつもより静かな大学生活を送る。
案外、姫奈の存在って大きいんだな、と痛感した。
お見舞いに、ゼリーでも買っていこうかな。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、休憩スペースに1人でいる咲月を見つける。
″話しかければいいのに〜″
突然、姫奈の声が頭の中に流れてくる。
俺は咲月とどうなりたいんだ?
このまま遠くで見つめるだけで満足なのか?
ずっと持っていたこの恋心は、もうガラクタなのか?
昔の約束は、ただの口約束だったのか?
俺の足は、1歩ずつ咲月に近づいていた。
だけど、俺の横を通り過ぎていく影があった。
「咲月、おまたせ」
「あ、先輩、私にお話があるって、何ですか?」
「ここじゃあれだから…ちょっと着いてきて?」
「あ、はい、分かりました!」
咲月は、サークルの先輩と思われる人の後ろをついていく。
ああ、やっぱりダメだった。
…なんて諦めきれなくて、2人の後ろをついていっていた。
2人は、誰も使っていない講義スペースに入っていく。
「先輩、お話ってなんですか?」
「咲月ってさ…俺のことどう思う?」
「ん〜、素敵な先輩、ですかね」
「そっか、嬉しいな〜笑」
「はい、優しいし、尊敬しますね」
「そっか…じゃあ、そんな尊敬する先輩に襲われるのは、好き?」
「え…ちょっ…んっ!」
「ごめんね…俺、咲月を襲いたくてたまらなかったんだ…」
「んんっ!」
「こんなに可愛い子、放っておけるわけないじゃん…笑」
嫌な予感がしていた。
咲月の身に、何か悪いことが起こるんじゃないのか。
少しだけ開いたドアから、2人の様子が見えた。
″さつきのことをまもる、おうじさまになる!″
いつの日にか交わした約束を思い出した。
ああ、ようやく約束を果たせそうだ。
気づいたときには、俺は先輩を突き飛ばしていた。
「咲月、行こう」
「え…な、なんで?」
「ごめん、話は後でさせて」
咲月の腕を掴み、一心不乱に走った。
咲月を守りたい、その一心が体を動かしていた。
そのまま、大学近くの公園まで走り、上がった息を整える。
「はぁ…はぁ…咲月、大丈夫か?」
「う…うん…」
突然の出来事に頭が追いついていない咲月は、何も言葉を発してくれない。
この状況が、気まずくて辛い。
この沈黙が、耐えられない。
「あのさ…俺、約束果たせたよ」
「約束…」
「やっぱり、覚えてないか…」
小学生のころの約束なんて、覚えてる訳がなかった。
むしろ、覚えてる俺がバカみたいだ。
「…確かに、私のこと、守ってくれたね」
「え?」
「覚えてるよ、昔の約束」
「嘘だろ…」
「でもごめんね、私、まだお姫様にはなれてないや笑」
咲月が、あの時の約束を覚えていた。
嬉しい。本当に嬉しい。
咲月を思いっきり抱きしめたい。
「ちょ…〇〇?」
「ごめん…今だけこうしてたい…」
「いいけど…ハグの力が強すぎて痛いよ…笑」
「あ…ごめん」
これまでの、今までの恋心を全てぶつけるように、強く、だけど優しく抱きしめる。
昔は同じくらいの身長だった。
むしろ、咲月の方が背が高かった。
だけど、今は咲月の頭が俺の胸辺りにある。
愛おしすぎて、思わず咲月の頭を撫でていた。
「なんか…〇〇の腕の中って落ち着くね」
「なにそれ…照れるわ…」
「ありがとう…守ってくれて」
「お姫様を守るのが、王子様の役目だからね」
「だね、私の素敵な王子様」
その瞬間、俺は咲月に唇を奪われた。
柔らかくて甘酸っぱい、俺のファーストキスをお姫様に奪われた。
「あ、でも、一つだけ果たせてない約束があるんだった」
「果たせてない約束?」
「咲月…大学卒業したら、俺と結婚してください」
「…はい、よろしくお願いします」
今度は俺が咲月の唇を奪った。
ちょっと早いけど、愛を誓う約束を
くちづけと共に交わした。
翌日、咲月と一緒に大学に向かうと、案の定姫奈に見つかる。
「あれれ〜、カップル誕生ですか〜?」
「誰…?」
「あ、〇〇の高校の同級生の姫奈で〜す」
「あのさ、初対面でそのイジリはないだろ」
「だって、ずっと目で追ってたあの咲月さんと歩いてるんだよ?面白いじゃん」
「え…目で追ってた?」
「そうなんですよ〜、ずっと咲月さんのこと追ってたんですよ〜」
こいつ、隠し事という概念がないのか。
「へ〜そうだったんだ〜。可愛いな〜笑」
「咲月にまでいじり癖が感染したじゃねえか」
「え〜、咲月ちゃんの元々の特性だと思うけどな〜」
「うん、〇〇いじるの楽しい!笑」
咲月の知らない一面を知った。
これからも色んな面を知っていくのかな。
「で、で、キスはしたの?」
「まあ…うん」
「ひゃ〜!」
「ねえ〇〇、今キスしちゃう?」
「は!?咲月何言ってんの…」
「ダメ…?」
「さ、咲月がそこまで言うなら…」
「やった〜、姫奈ちゃん見ててね!」
姫奈の前で、咲月と口づけを交わす。
あの時よりも長く、愛の大きさを示すように。
「ふふっ…顔真っ赤だね笑」
「そりゃ、人に見られながらだし…」
「…素敵だね」
「ごめんな、こんなの見せちゃって」
「ううん、絶対幸せになってね!ならないと殴りにいくから」
「いや、意味わからん笑」
「あ、私寄るとこあるから、2人で先に行ってて!」
「うん、じゃあ〇〇、行こっか」
咲月と手を繋いで、大学に向かった。
その手を絶対に離さないと、心に誓いながら。
「〇〇に告白してたら、違ったのかな」
「意気地無しなのは、姫奈の方じゃん…」
2人を見送る瞳から、涙がこぼれ落ちた。
握りしめた右手から、0.5ミリの心が折れる音が聞こえたような気がした。
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