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妄想少女はアップルティーの中

「きゃー!キュンキュンしちゃう!」


教室に響き渡る声。

声の主である菅原咲月は、友だちの井上和と雑談していた。


「はぁ…」
「ねぇ、和も分かるでしょ!」

「あのさ…咲月の妄想話を何時間聞けば私は解放されるの…?」
「何時間って、今日はまだ5分だよ?」

「昨日、夜中に電話かけてきて2時間も妄想話聞かされたこと、忘れてないから」
「だって、最高にキュンキュンするシチュエーションが浮かんだんだもん!」


咲月は自他ともに認める、アオハル好きな妄想少女。

和は、ほぼ毎日のようにその妄想を聞かされている。


「いや〜、彼氏と自転車の2人乗りしてみた…あっ」
「この数分で何回シャー芯折ってんのよ」

「えへへ、筆圧だけはずっと治らなくて…笑」
「妄想話してるとき、シャーペン持つのやめたら?別にノートに書くわけでもないのに」

「…和って、天才?」
「そういうのいいから、授業の準備しなよ」


和は咲月に呆れながら、授業の準備を始める。

咲月も和に言われ、次の授業の準備を始めるが、突然後ろを振り返る。


「あのぉ…和さん…頼みご」
「数学の宿題見せるつもりないから」

「そこを何とか!」
「昨日、宿題忘れないでね、って伝えたし」

「だって〜、あの後妄想が捗っちゃって〜!」
「…放課後、カフェで奢りね」

「ありがとう!助かります!」


咲月は和からプリントを受け取り、自分のプリントに答案を書き写す。

しかし、教室のドアから数学の先生が入ってくる。

そして、告げられたタイムリミット

″今日回収の宿題、前に持ってきてください″


その宣告に絶望する咲月。


「前に出さなきゃいけないから」
「待ってよ和ぃ〜!」


そう言って和は、咲月からプリントを取り上げる。

案の定、咲月は先生に叱られ、宿題を増やされた。


「こういう時、宿題持ってきてるのに、私のこと気遣って忘れたフリしてくれる男の子とかいたら…」
「こんな時まで妄想ですか?」

「だって、妄想するだけ自由じゃん…」
「妄想する前に現実のタスクをこなしなさいよ」

「ぐうの音も出ないです…」

あからさまに落ち込む咲月。

そんな咲月を見かねた和は


「…今日のカフェ、私が奢ってあげるから」
「え、本当に!?ありがとう、和!」


さっきの落ち込みから一転、笑顔で和に抱きつく。

和は呆れた表情をしながらも、満更でもなかった。


「お・ご・り!お・ご・り!」
「それやめて、ウザイから」

「あ、すみません…」
「そんなしゅんとしないでよ…」


感情の起伏が激しい咲月に困惑しながら、2人は学校近くのカフェに着く。


「いらっしゃいませ、2名様でよろしいですか?」
「はい!2名です!」

「では、窓際の席にご案内します」


高校生くらいの店員に案内され、2人は窓際の席に着く。


「あの人、うちの学校の人かな…」
「何、和、あの人気になるの!?」

「そんな訳ないでしょ」
「え〜、あの男の子爽やかでいいな〜って思うけどね」

「あの子で妄想始めないでね」
「大丈夫、理想の男の子は私の中にしかいないから!」


そんなことを話しながらメニューを見ていると、カフェの中が騒然とし始めた。

中年の男性が、女性店員に対して大声を上げていた。


「うわぁ…あれクレーマー?」
「あんまりジロジロ見ない方がいいよ」


店員が困っていたとき、さっき2人の対応をしていた男の子が割って入る。


「え、あの男の子が入っていった…大丈夫かな…」
「…なんか、円満に解決してるように見えるんだけど」


さっきまで怒鳴っていた男性の表情は和らぎ、そのままお会計に向かっていった。


「あの子、何したんだろうね?」
「さぁ、私たちには関係ないでしょ」

「うわ、冷めてる〜」
「いや、咲月が食いつきすぎなの」

「ふぅん、あ、すみませ〜ん、注文お願いしま〜す!」
「ちょ、私まだ決めてないから!」


しかし、咲月の大きな声は聞こえないはずがなく、例の男性店員が注文を取りに来た。


「ご注文お伺いします」
「私がアップルティーで…和は?」

「えっと…か、カフェラテで」
「かしこまりました、ただいまお持ちいたします」

「あの、店員さん!お名前なんて言うんですか?」
「ぼ、僕の名前ですか?〇〇と言います」

「私は菅原咲月です!で、こっちが井上和です!」
「菅原さんと井上さん…」

「で、〇〇さん、さっきのお客さん、何に怒ってたんですか?」
「先程の…ああ、お客様がされた注文と違う商品をお持ちしてしまって…」

「え、どうやって解決したんですか?」
「一度召しあがってください、と伝えましたら、お客様が案外気に入って下さって」

「ほぇ〜、すご〜い」
「うちの商品は、全部が自信作ですので」


店員は誇ったように、ドヤ顔のような笑顔を湛える。


「なんですか、それ笑」
「咲月…ここで引き止めてるせいで注文通ってないよ?」

「あ、ごめんなさい!」
「いえ、ではご注文お持ちしますので、少々お待ちください」


咲月に解放された店員は、そのまま厨房に向かっていった。


「…和」
「何、どうしたの?」

「私…本当の恋、しちゃったかもしれない」
「え…まさか」

「〇〇さんに、恋しちゃった」


「でね、〇〇くんがこう言うの!」

″僕が、咲月のことを溶かしてやるよ、角砂糖のように″

「って!」
「…うん、そろそろ寝かせて?」


壁にかけている時計は2時を示していた。

咲月は和と、かれこれ3時間は話していた。


「え〜、まだまだあるんだけどな〜」
「よく今日出会った人で3時間も妄想話できるよね」

「いや、それがね、〇〇くん、うちの学校にいるの!」
「え、そうなの?」

「うん、生徒会誌?みたいなの見てたら、去年同じクラスだったの!」
「じゃあ、なんでカフェで気づかないのよ」

「だってその時の〇〇くん、前髪長くてさ、顔あんまり見えなかったんだよね」
「イメチェンでもしたのかな」

「ね!あんな美貌隠してたなんて、もったいないよ!」
「…ごめん、限界。寝るね」

「え、ちょっ、もうちょ…」


和は咲月の声を無視して通話を切る。


「もうちょっと話すことあったのに〜!」


咲月も仕方なくスマホを机に置き、ベッドに入る。


「〇〇くん…夢に出てきてね!」




「でね、〇〇くんが壁ドンしてきて…!」
「あの…昨日話したよね?たっぷり3時間コースで」

「いや、和が途中で電話切るんだもん!」
「夜中2時まで話聞かされる身にもなってよ」

「はぁ…〇〇くんが教科書とか借りに来ないかな〜」
「借りに来ても、窓際の私たちの所まで来ないでしょ」

「むぅ…夢がないな〜、和さんは」
「現実見なよ」


ウキウキで妄想を語る咲月と、冷めた表情で咲月を見る和。

その対称さが、どこか面白い。


「…で、英語の宿題はやったの?」
「っ…」

「はぁ…絶対見せ…」
「なんちゃって〜、やってます〜!」

「…殴っていい?」
「ちょ、和ちゃん!バイオレンスだよ!」


和は軽く咲月の頭を殴る。

すると、教室に英語の先生が入ってくる。

咲月はまだ妄想を語りたそうだったが、さすがに先生には逆らえないようだ。


その放課後、咲月は和と一緒に帰ろうとする。


「和〜、一緒に帰ろ〜」
「ごめん、今日面談なんだ」

「え〜、帰りながら妄想話したかったのに〜」
「今日くらいは1人で帰りなさい」

「ぶぅ…明日は絶対だからね!」
「はいはい、もう時間だから行くね」


和はそのまま教室を出ていった。


「はぁ…1人で帰るか…」


「1人だとつまんないな〜」

「いつもなら、ウザがりながらも和が話聞いてくれてたし…」


そんな独り言をつぶやきながら帰り道を歩く。

「あぁ、〇〇くんが後ろから」

″菅原さん…一緒に帰らない?″

「って声かけてくれたらな〜」


すると、咲月の後ろに一つの影が


「そこの妄想少女さん」
「ん?私?」


咲月が声の方に振り返ると、黒ずくめの人が立っていた。


「妄想少女さん、妄想を現実にしたくないですか?」
「え…誰?」

「まあ…魔法使いとでも言っておきますか」
「魔法使いさんが、私に何か用ですか?」

「あなた、妄想が好きみたいですね」
「まあ、生きがいなので」

「そんなあなたに、ピッタリなものがありますよ」


魔法使い?はそう言うと、一つのノートを咲月に手渡す。


「なにこれ…」
「それは、書いたことが叶うノートです」

「何それ…アニメの世界じゃん笑」
「なら、冗談半分で試してみてはいかが?」


捨て台詞のように言い残し、魔法使い(仮)は去っていった。


「叶えたいことを一つ書き、朝に自分の下駄箱に入れる。するとその日のうちに、それは現実になる…か」

「ん〜、なんか信じられないな…」


咲月は黒ずくめの人に渡されたノートとにらめっこ。

「まあ、試しに書いてみるか」


咲月は半信半疑のまま、ノートに妄想を書く。

″〇〇くんが教科書を忘れて、私のところに借りにくる″


「こんなので叶うの…?」

咲月は疑問を抱えたまま、ノートをバッグにしまって眠りにつく。




「ねぇ和…何でも叶うノートってあると思う?」
「急に何?」

「だよね…ごめん、変なこと聞いて」
「…私はあると思うけど」

「えっ、嘘!?和ってそういうの信じるタイプだったの!?」
「まあ、あってもおかしくないんじゃない?」

″咲月の頭の中のお花畑になら″

「あぁ…そういうことね…」

和がファンシーなお話を信じていると思った分、ショックが大きかった。

ただ、冷静に考えてそんなアニメみたいなお話はないだろう。

咲月はそう自分に言い聞かせていた。


「はぁ…本当に教科書なんて借りにくるのかな…」
「…咲月、今日の授業変更ちゃんと覚えてる?」

「え、数学が現代文に変わるヤツ?」
「覚えてるならよかった…」


机に突っ伏しながら、一時間目の授業を待っていると、教室に〇〇が入ってくる。


「え…〇〇くん?」
「誰か呼びに来たのかな…」

「あ、あの…菅原さん…だよね?」
「え、私?」

「今日、現代文の教科書って持ってる?」
「あ、は、はい」

「次の時間だけ借りていい…?」
「えっ…!?」

「あ、やっぱりダメだよね…」
「いえ、是非!どうぞ!」


咲月は興奮のまま、勢いよく現代文を〇〇に渡す。


「ありがとう!終わったらすぐ返すから!」
「ず、ずっと持ってても大丈夫でふ!」

「え…それだと困っちゃうんじゃ…」
「あ…や、やっぱり終わったら返してください…」

「ふふっ、面白い人だな〜」


〇〇はそう言って、教室を出ていった。


「…妄想が現実になった」
「え?」

「あのノート、本当に叶えてくれる…!」
「さっきから何言ってんの?」

「いや…でも偶然かもしれない…。まだ試さなければ…!」
「…これ、帰ってこれないやつだ」


咲月はその後も、毎日1つずつ妄想をノートに書き、朝、下駄箱に入れる。


「今日は何にしよっかな〜」

「明日雨予報か…。あ…!」

″〇〇くんが傘を忘れて、2人で相合傘をする″


「予報通りの雨だ〜!」
「雨でこんなに喜ぶ人、なかなかいないよ」

「え〜、雨って最高じゃん!」
「憧れのあの先輩との相合傘が…とか言わないでよ?」

「なっ…和、あんた分かってるね!」
「咲月と一緒にいれば、何となくの傾向が掴めるよ」

「はぁ…早く放課後になってくれないかな〜」


「はぁ…傘ないや…」
「あれ…〇〇くん?」


学校の玄関で立ち尽くす〇〇に咲月は話しかける。


「あ、菅原さん…」
「もしかして、傘ない感じ?」

「うん…朝、急いできて、傘持ってくるの忘れちゃって…」
「ならさ、私の傘入らない?」

「え…いいの?」
「うん、1人で帰るのもつまんないし」

「菅原さん、ありがとう!」
「あ、咲月って呼んで?」

「咲月、ありがとう!」
「咲月か…ぐふふ」



「はぁ…相合傘で帰れたし、咲月って呼んでもらえることになったし…!」

「次は〜、〇〇くんのアルバイト先とかで何かあったらな〜」

″お店が暇だからって言って、〇〇くんが私と会話してくれる″


「んふふ…」
「朝から不気味な笑み浮かべないでよ」

「えへへ、だってぇ〜」
「何、デートの約束でもしたの?」

「ん〜、デートなんでしょうかね〜、へへっ」
「まあ、何でもいいや」

「ちょっ、聞いといてひどい!」


和は、妄想に浸る咲月を放っておき、授業の準備を進める。

和とは対照的に、ノートに書いた妄想を浮かべたままの咲月。

授業開始を告げるチャイムがいつもより明るく聞こえた。

そして同時に、先生からの叱責も、いつもより大きく聞こえた。


「じゃあね〜和」
「うん…」

「あれ、一緒に帰ってほしいんですか〜?」
「咲月、デートなんでしょ?早く行けば?」

「うぅ…和ちゃんが嫉妬してくれてるぅ…」
「…」


和は咲月を無視し立ち去っていく。


「ちょっ、和!無視しないでよ〜!」


和に無視された咲月は、人目もはばからず廊下で嘆いていた。

すると、後ろから


「あれ、咲月?」
「あ、〇〇くん…って、バイトは?」

「あ、今日は休み」


なんということだろう。

〇〇がバイトをしている、という願いの大前提が崩れている。

咲月は、その言葉を聞いた瞬間、表情が暗くなる。


「えっと…急にシフト変わって…とかもない?」
「うん、最近働きすぎて店長から休め、って言われてさ」

「そ、そっか…」
「で、急なんだけど…この後空いてる?」

「え…う、うん」
「もしよかったら…一緒にカフェでも行かない?」


〇〇の口から発された、予想外の言葉。

咲月の口は、驚きであんぐり。


「…だめかな?」
「ううん、一緒に行こ!」

「よかった…僕のバイト先行くのもあれだし、違うとこ行く?」
「うん、そうしよ!」


思わぬ誘いにテンションが上がりきっている咲月。

そんな咲月を見て隣で微笑む〇〇に、咲月は幸せを噛み締めている。

学校から歩いて10分ほどかかるカフェだったが、体感は2分ほどだった。


「〇〇くん、何飲む?」
「僕はメロンソーダかな」

「あ、コーヒーとかじゃないんだ」
「うん、コーヒー苦いし、出てきても砂糖たくさん入れちゃう」

「わかる!あんな苦いの、なんで飲めるんだろ、っていつも思う!」
「だよね!まだ大人にはなれそうにないね、僕たち笑」


そんな風に会話を弾ませながら、メロンソーダとアップルティーを注文する。

注文が来るまでも、ずっとコーヒーの話を続ける2人。

コーヒーだけでそんなに会話が弾むものなのか、と言わんばかりな周りの客の視線には気づかない。


「咲月って、アップルティー好きなの?」
「うん、最近ハマっててね」

「え、砂糖も入れるの?甘すぎじゃない?」
「甘すぎるくらいが好きなんだよね〜」


運ばれてきたアップルティーに角砂糖を入れる咲月。

甘ったるそうなアップルティーを味わう咲月を〇〇は不思議そうに見つめていた。


「あれ、〇〇くん、飲みたい感じ?」
「え、いや、別にそういう訳じゃ…」

「1回飲んでみて!美味しいから!」


咲月からカップを受け取り、躊躇いながらも口をつける。


「あれ…美味しい」
「でしょでしょ!」

「あ、というか…間接キスしちゃったね…」
「…ドキドキするから言わないでおこうと思ったのに」

「あ、ごめん…」
「ううん…じゃ、じゃあ〇〇くんのメロンソーダももらお〜っと!」


強引に奪ったメロンソーダは、どこか甘ったるい後味を残していた。




「和…私幸せだ〜」
「…今日はどんな妄想ですか?」


午後の11時、当たり前のように和と通話している咲月。

和も、呆れたように、だけどしっかりと話を聞いている。


「好きな男の子との間接キスっていいよね!」
「間接キスの話、今までで10回は聞いた気がするんですが…」

「いや〜、改めていいな〜と思いまして〜!」
「何、今日、実際にしたの?」

「っ…まあ、したというかしてないというか…」
「なにそのハッキリしない感じ、咲月らしいけどさ笑」

「え、私ってそんな人間だと思われてたの…?」


和からの意外な評価に、咲月はがっくり。

そんな時、和から


「そういえばさ、〇〇くんとはどうなったの?」
「え、どうなった…とは?」

「いや、告白とかさ」
「…それは」


妄想少女において避けては通れない『告白』

咲月は、ずっとその現実から目を逸らしていた。


「好きなら、思い切って告白しちゃえばいいじゃん」
「いや…そうなんだけどさ…」

「なら、妄想しちゃえばいいじゃん」

″〇〇くんから告白されるシチュエーションを″


ノートをもらってから咲月は考えていた。

このノートで告白を成功させていいのか。

その恋は、本物の恋なのだろうか。

今日の勢いで書いたはいいものの、何度も消しては書いてを繰り返していた。


「案外、〇〇くんも咲月のこと好きだったりするかもしれないし」
「そうなのかな…」

「ま、私が言えるのはそれくらいだから、じゃあね」


和はそう言い残し、通話を切った。


「ちょっ、和!」


願いを消した跡が残るノート。

消しカスのついた消しゴムとシャーペン。

咲月はそんな机を見ながら、ノートには何も書かずに下駄箱に置くことを決めた。



″ふふっ、ようやく書いてくれた″



「はぁ…」
「おはよう、元気ないね」

「和、昨日なんで通話切ったの…!」
「私が突然切るなんて、今に始まったことじゃないじゃん…」


ほぼ毎日のように通話に付き合わされる和。

強制的に通話を切れば2度目はかけてこないことを、ココ最近で熟知した。


「いつもあんなに早くないじゃん…」
「まあ…で、妄想の結果はいかがですか?」

「やっぱり告白なんて無理だよ…」
「あの普段の意気揚々な咲月はどこへやら…」

「はぁ…もっと私が可愛ければなぁ」
「…咲月、めちゃくちゃ可愛いじゃん」

「ん?」
「いや、なんでもないよ。咲月にも、いいことあるって」


不意に出た、咲月が飛び跳ねて喜びそうな発言が聞かれなかったことに安堵する和。

机に突っ伏す咲月と、それを横目で見る和。

その構図が、どこか面白い。

「(告白くらいは自分でしないと意味ないもん…)」




もやもやしたまま、授業にも身が入らず放課後に。


「咲月、久々に一緒に帰ろ?」
「うん…」

「告白なんて、好きです!って伝えるだけなのに、そんな悩む?」
「和は恋したことないから言えるんだよ…」

「ん〜、それは一理あるな…」
「やっぱり、恋は妄想の世界だけでいいのかもな…」


そんなことを呟きながら下駄箱から靴を取り出そうとする。

すると、咲月の下駄箱の中に一通の手紙が入っていた。


「ん、なにこれ…?」
「手紙?誰からとか書いてないの?」

「書いてない…」
「もしかして、ラブレターとか?」


ラブレターな訳はない、と思いながら封を開ける。

″放課後、2-1の教室で待ってます。″


「え…これって…」
「うわ…確定演出じゃん…」

「(あれ…私ノートの願い消したよね…)」
「じゃあ、私先に帰ってるね」


和は咲月に気を利かせ、先に1人で帰って行った。

咲月は和の背中を見送り、手紙の通り、2年1組の教室に向かう。

そこには、咲月の予想通り、〇〇が待っていた。


「咲月、手紙読んでくれたんだね」
「うん…」

「咲月に、どうしても伝えなくちゃいけないことがあって…」
「(あれ、消したはずなのに…)」

「僕、咲月のことが…」
「待って!」


咲月は、〇〇の言葉を大声で遮る。

聞きたくない、叶えたくない言葉をかき消すように。


「やめて…それ以上言わないで…」
「え、なんで?」

「私…魔法の力に頼りきりなのは嫌なの…」
「魔法…?」

「何でも叶えられるノートで、〇〇くんに告白されたいって、書いたの。消したはずなんだけど、何故か叶ってて…。でも…告白だけは…自分からしよう、って思ってた…」
「ノートのこと、言っちゃうんだ…」

「え…?」
「そのノートを咲月に渡したの…僕だよ」


咲月は、〇〇の言葉が信じられず、言葉を失う。

しかし、〇〇の真っ直ぐな偽りのない目は、真実を語っていた。


「朝、咲月より遅く学校着いて、毎日願い読んでたんだよね」
「で、でも…告白に関しては消したはず…」

「うん、消してたよ」
「じゃあ、なんで…?」

「だって咲月、筆圧濃いんだもん。ハッキリ跡が残ってたよ」
「え…嘘」


〇〇に渡されたあのノートを見ると、くっきり文字が残っていた。

筆圧が濃すぎることなのか、願いが叶うノートを真に受けていたことなのか。

恥ずかしさから、咲月の顔は真っ赤になっていた。


「…でも、なんで〇〇くんは私にそんなノートを?」
「それは…僕が咲月を好きだから」

「えっ…」
「前に僕のバイト先来てくれたとき、すごく可愛い2人が来たな〜、って思ってて。咲月が話しかけてくれた時、ときめいちゃってさ。」

「そうだったんだ…」
「で、前々から聞こえてた大きな声って誰なんだろう、って思ったら、咲月で」


咲月は、あの妄想が〇〇、いや隣のクラスまで聞こえていたことを初めて知る。

その恥ずかしさから、咲月の顔は、真っ赤に熟したリンゴのように紅潮していた。


「じゃあ…私の〇〇くんでも妄想も…」
「うん、バッチリ聞こえてた。それがノートを作ろうと思ったきっかけだし」

「うぅ…恥ずかしい…」
「ふふっ、咲月顔真っ赤じゃん。可愛いね」

「今そんなこと言わないでよ…!余計顔赤くなるじゃん…」
「え〜、顔赤くなってる咲月、好きなんだけどな〜」

「もう、〇〇くんのバカっ!」


咲月は、〇〇にやられっぱなしじゃいられず、ぽかぽかと〇〇の肩を殴る。

その姿が愛おしかったのか、〇〇は思わず咲月を抱きしめる。


「ずるいよ…両想いなの分かってるのにノートなんて作った臆病な僕を…こんなにも大胆にさせるなんて…」
「ずるいのは〇〇くんだよ…現実でこんなにドキドキしたの、初めて…」

「じゃあ改めて、僕は咲月が好きです。付き合ってくれますか?」
「…はい!」


2人はさらに強く抱きしめ、そのまま、唇で愛の誓いを交わした。



「ねぇ…危ないって…」
「大丈夫だよ、2人乗りなんてみんなやってるじゃん」

「バレたらどうするの…?」
「咲月の妄想リストに入ってるからやろうと思ったんだけどな〜」

「っ…それは言わないで!」
「じゃあ…やめる?」

「…それはずるいじゃん」
「よし、絶対手離さないでね!」


咲月を自転車の後ろに乗せ、2人乗りでペダルを漕ぐ。

夕日に照らされる2人は、まるで恋愛ドラマのワンシーンのように映える。


「このまま海にでも行っちゃおっか!」
「何それ、映画みたい笑」

「でも、そんなことに憧れてたんでしょ?僕が、全部叶えてあげる!」
「彼氏だからってカッコつけんな!」

「だって、咲月のことが好きなんだもん!」
「だから…ずるいんだよ…」


腰に回した腕は、より強く〇〇を締め付ける。

背中越しに聞こえた『好きだよ』の4文字は、〇〇の頬をりんご色に染めるには十分すぎた。

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