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僕が抱えた問題児は、可愛くて、真面目で、だけど結局は問題児でした。

「〇〇くんは、オズワル道を退職してもらいます」




突然僕は、退職を告げられた。

〇〇:は?

畠中:とは言っても、まだ今週の授業は残ってるから

〇〇:いや…冗談ですよね…?

畠中:〇〇くんの目的は、5人の成績をあげることだよね?

畠中:それが、もう達成されちゃったから

確かにそうだ。

本来の僕の目的は、5人の成績をあげること。

それは、もう達成してしまった。


畠中:5人の親御さんもすごく喜んでくれたよ

〇〇:そうですか…

畠中:あれ…あんまり嬉しくない?

〇〇:いや…喜んでいただけるのは嬉しいですけど…

畠中:そっか、稼ぎ口がなくなったのか…


畠中さんの言葉で思い出した。

そうだよ、このバイト選んだのは、ただのお金稼ぎだ。

バイト辞めたなら、次を探せばいいだけだ。


畠中:まあ〇〇くんみたいな逸材なら、どこでもバイトできるよ

畠中:私が保証するよ

〇〇:畠中さんのお墨付きなら、問題ないですね…笑


そうだよ、ただのバイトだよ。


畠中:じゃあ、あと1週間、よろしく頼むよ

〇〇:はい、ありがとうございます



家に帰って、改めて退職のことを考えた。

たかがバイトだ。たかが退職だ。

バイトなんだし、いつか退職するときが来るのは当然なはず。

それに、たくさん稼げて、当分はバイトする必要もないし。

むしろ、自分の時間ができて良かったよ。

そう、思いたかった。

そう、信じ込みたかったけど。


〇〇:あれ…なんで泣いてんだろ…


やっぱり、5人のみんなと会えなくなることを

みんなの成長を見守れなくなることを

心が、拒絶していた。


〇〇:僕…あの5人のこと、好きみたいだ




翌日、5人に退職のことを伝える。


美空:〇〇さ〜ん、おはようございます! ぎゅっ!

咲月:あ、美空ずるい! ぎゅっ!

〇〇:2人ともさ、加減考えて?潰れそう…

咲月:あぁ、すみません!思わず〇〇さんへの愛が溢れてしまって…//

〇〇:何それ、可愛すぎるでしょ

咲月:えへへ…

美空:わ、私だってぇ…〇〇を独り占めしたくてぇ…

〇〇:あ、アルノおはよう

美空:無視するなぁ〜!

アルノ:おはよ〜、朝から美空の対応?

〇〇:まあね

アルノ:美空、〇〇が困ってるから

美空:ちょっ…アルノ離してぇ〜!


ああ、いつも通りの賑やかな空間だ。

これが、心地よくてたまらなく好きだ。


和:…

〇〇:あ、和おはよ…う

和:ねえ…〇〇

和:私たちから離れないよね…?

〇〇:えっ…

和:〇〇とお別れする夢見ちゃった…


僕に抱きつく和の顔をよく見ると、目が腫れていた。


和:〇〇…離れないで…辛いよ

〇〇:…


いつもなら「大丈夫だよ、安心して」なんて頭を撫でながら言えたのに。

持て余した右手がもどかしい。


和:ねえ…何か言ってよ…

〇〇:とりあえず、席に座ろ?

和:うん…

桜:和…?

〇〇:あ、桜おはよう

桜:〇〇しゃん、和に何かあったの?

〇〇:…桜、一旦席についてもらっていい?

桜:は…はい…


みんなが席につき、僕はみんなの前に立つ。


〇〇:おはようございます。今日はみんなに伝えなきゃいけないことがあります。


この言葉で、みんなは察したのか。

誰も前を向かず、俯いてしまった。


〇〇:…僕は、今週限りでみんなとお別れです

〇〇:まあ…みんなの成績を考えると、塾なんてもう要らないもんね


この重たい空気を破ったのは、美空だった。

美空:そんなこと言わないでください!

美空:私たちは…まだまだ〇〇さんに学ぶことあります!たっくさん!

アルノ:〇〇、それは塾長からの命令ですか…?

〇〇:うん、あと畠中さん曰く、みんなの親御さんが塾の解約をするそうで

〇〇:僕が辞める辞めないの前に、お別れすることは変わらないみたい…

咲月:じゃあ…塾長に何を言っても…

美空:なら、お母さんを説得すれば…!

〇〇:美空、止まって

美空:〇〇さんはお別れ辛くないんですか!?

美空:私は…〇〇さんとお別れしたくないです!

咲月:私も嫌です!

アルノ:私だっていやだよ!

桜:桜だって、〇〇しゃんと離れたくない…


みんなの言葉に、目頭が熱くなってしまう。


和:…

咲月:和もいやだよね…?

和:うぅ…やだよ…

和:やだやだやだ!〇〇と離れるなんていやだ!いやに…決まってるじゃん…


和がこんなに荒ぶるのなんて見たことなかった。

〇〇:…俺だって、やだよ

〇〇:当たり前じゃん、みんなのこと好きなんだから


美空:〇〇さん…

〇〇:だけど大人からしたら、僕たちは所詮子どもなんだよね

〇〇:僕たちには、何もできないよ

〇〇:まあ、あと1週間あるし、みんなで楽しく勉強しよ?


なんて、明るく努めてみたけれど、空気は何も変わらなかった。

当然、その日の授業は僕も5人も集中することなんてできなかった。


〇〇:じゃあ…また明日ね。さようなら。


みんなと過ごす楽しいはずの時間が、何一つ楽しくなかった。




〇〇:みんな…明日が最後のテストです

〇〇:最後の授業だけは、落ち込まずやろう?


返事の代わりにみんなは頷いた。

僕はむやみに明るく振る舞わず、あくまでいつも通りに授業をした。

シャーペンの書く音が後ろから聞こえてくることに安心を覚える。


〇〇:…で、ここは解の公式とか使わなくても解けるからね

〇〇:答え出すための方法は一つだけじゃないからね

咲月:…あっ

〇〇:ん、咲月どうした?

咲月:…い、いや、なんでもないです

和:〇〇、そこの式違くない?

〇〇:あ…本当だ、ありがとう

和:最近、〇〇ミスしてなかったのに

〇〇:確かに、久々かも…笑

アルノ:しっかりしてよ〜、最後の授業なんだから

〇〇:ごめんごめん

桜:ミスするくらいが可愛くて好きだよ〜

〇〇:何それ、いじってない?笑


最後の授業が、少しだけ明るくなった。

みんなの笑顔を見れて、良かった。


〇〇:…じゃあ、今日の授業は終わりです。

〇〇:明日、テスト終わったら…みんなとお別れです

アルノ:なんで改めて言うのさ…

〇〇:ごめん…俺も辛いんだけどさ…

〇〇:とりあえず、明日のテスト、頑張ってね

「はい」


みんなの声が1つになった。

みんなの心が1つになった気がした。


〇〇:じゃあ、また明日。さようなら。


僕はそのまま準備室に入った。


咲月:…あのさ、みんな

美空:どうしたの?

咲月:私…気づいちゃったんだ

″〇〇さんと、これからも一緒にいられる方法″



そして、みんなと会える最後の日

僕は気の乗らないまま、教室に入る。

すると、既にみんな教室にいて、暗い空気はどこにもなかった。

最後の日ということもあって、吹っ切れたのだろうか。


〇〇:みんな、おはよう

「おはようございます!」

〇〇:元気だね…


元気すぎる返事に、安心するとともに、

″僕と会えなくても平気なのかな″

という寂しさを同時に覚えた。


〇〇:じゃあ、最後のテストをします


いつも通りプリントを配り、開始の合図をする。

真剣に解くみんなの姿に「最後」を強く意識してしまう。

この景色も、もう見れないのか。

みんなの真剣な顔を見れるのも、これで最後か。

もう少し、みんなのことを見守っていたかった。

あと少し、みんなと一緒に勉強したかった。

そんな思いは時間と一緒に流れていった。


〇〇:はい、時間です。解答用紙回収するね

咲月:あの、〇〇さん!

〇〇:ん?

咲月:これが終わったら、そのままお家に帰りますか?

〇〇:まあ、うん

咲月:えへへ…ありがとうございます


咲月に聞かれた謎の質問。

別に嘘をつく理由もなかったので、そのまま答えた。

解答用紙を回収し、準備室で丸つけをする。


〇〇:…みんな、点数高すぎ

〇〇:どんだけ成長してんだよ…笑


5人の成長ぶりに思わず笑みがこぼれてしまった。

そして僕は、丸つけをする赤ペンを見つめる。


〇〇:最近買ったばかりなのに…


大学用の赤ペンと別に買っているため、余分に赤ペンを持つことになる。

この使い先に迷っていると

美空:〇〇さ〜ん、まだですか〜!

〇〇:今行くよ!


〇〇:じゃあ、テスト返していきます。

美空:緊張する〜!

アルノ:〇〇、1番点数高い人には何かある?

〇〇:ん〜、どうしよう…

桜:お願い一つだけ聞いてあげる、とか?

美空:それあり〜!

桜:桜は、〇〇しゃんにキスしてほしい!

和:っ…私もそれで

美空:私も〇〇さんにキスされたい!

〇〇:何だよ、それ…笑

美空:…何も言わない2人は、経験者ですもんね…?

咲月:美空…怖いよ…

〇〇:とりあえず…返していい?


空間を取り巻く異様な空気を断ち切り、テストを返していく。


〇〇:まず、和、96点

和:1位確定じゃん…

美空:え…たかっ!?

咲月:勝てる気しない…

〇〇:よく頑張ったな


僕は和の頭を優しく撫でた。


〇〇:次に、美空、96点

美空:和と同点!?

和:同点の場合って…

〇〇:まあ、2人とも、かな

美空:やった〜!

桜:5人みんなの可能性もあるのか〜

美空:…で?

〇〇:ん?

美空:なでなでは?

〇〇:みんなやるのね…笑


僕は美空の頭を、可愛がるように雑に撫でた。


〇〇:次は、アルノ、95点

アルノ:1点足りない…

咲月:まあ、〇〇さんからキスもらってるし…

美空:なんですか、高みの見物ってやつですか!?

和:美空、落ち着いて

〇〇:アルノも十分頑張ったよ


アルノの頭を、和のときのように優しく撫でた。


〇〇:次は…先に桜の返すね、96点

桜:あっ、やった!

和:これで同点が3人…

美空:咲月、あんた超えるんじゃないよ?

咲月:ええ、100点とか取れるなら取った方がいいじゃん…

美空:だって、キスしたいんだもん!

美空:キスキスキスキスキスキス!!

アルノ:あ〜あ、壊れちゃった…

桜:…

〇〇:あ…そっか、ごめんね


上目遣いで待つ桜の頭を優しく撫でた。


〇〇:最後に、咲月

咲月:ドキドキ…

美空:96点以下であれ…

〇〇:おめでとう、100点だよ

咲月:えっ…

美空:なっ…!

〇〇:咲月なら、乃木坂大学目指せるよ。僕が保証する。

咲月:うぅ…〇〇さぁん!


咲月はそのままハグしてきた。

僕はそんな咲月の背中に手を回した。


咲月:絶対…〇〇さんと同じ大学行きます…!

〇〇:うん、待ってるよ

美空:…いいなぁ

〇〇:あ、そういえば、何か1個お願い聞くけど…

咲月:大学合格するまで、取っておいていいですか?

〇〇:…うん、分かった


咲月の真っ直ぐな目から確信した。

咲月なら、絶対受かってくれる、と。



〇〇:みんな、テストお疲れ様でした

〇〇:はぁ…終わっちゃうのか


みんなの顔を見て、もうすぐでお別れすることを再認識する。


〇〇:みんな、元気でね

〇〇:僕がいなくても、勉強してね


塾の先生らしいことを言って終えようと思った。

だけど、やっぱり思いは抑えられなかった。


〇〇:みんなのこと…大好きだよ


その言葉に返答するように、みんなは微笑んだ。

言葉なんていらない。

十分すぎるくらい、返事をもらえた。


〇〇:じゃあ…これで全ての授業を終わります

〇〇:さようなら

「さようなら!」




みんなとお別れして、家路を辿る。

ちょうど真上を通る太陽が僕を照らしつける。

あの太陽みたいに、これからも輝いてくれ。

そんな思いを抱いた1つの小さな影。

…と、その後ろにある5個の影。

〇〇:…あの、帰り道はどちらですか?

美空:〇〇さんと同じです!

〇〇:えっと…どういう意味?

咲月:〇〇さんの家に着けば分かります!


意味が分からない。

なぜ僕の後ろを5人が着いてきているのか。

というか、この感じ、僕の家に行こうとしてる?


その予想通り、僕の家の前まで5人が着いてきた。


〇〇:えっと…なんの御用で?

和:お客さんだぞ?まずは中に入れてよ

〇〇:いや…招いたつもりないんですが…

アルノ:まあまあ、とりあえず中入りましょ?


アルノの一言で、ぞろぞろと僕の家に入っていく。

とりあえずみんなと話をしたいので、靴を脱いだ。


〇〇:えっと…皆さん、どういうおつもりで?

咲月:〇〇さん!私、気づいちゃったんです!

咲月:〇〇さんから、これからも勉強教えてもらう方法!

〇〇:えっと…それは…?

咲月:〇〇さんの家を、私たちの塾にする!です!


咲月の発言と共に盛り上がる4人。


〇〇:あの、近所迷惑になるから…。

アルノ:あ、ごめん。

〇〇:僕の家が塾…

咲月:〇〇さんが言ってた「解く方法は1つじゃない」って言葉で、思ったんです

咲月:やり方なんて、たくさんある!って

〇〇:そんなこと言ってたっけ…?

美空:え、覚えてないの!?

〇〇:うん…無意識に言ってたかも

咲月:で、思いついたんです。〇〇さんの家、塾にしちゃおう、って!

〇〇:すごい突飛な発想だね…

咲月:でも、いけますよね?

〇〇:まあ、全然実現可能だけど…

「やった〜!」


たた、ここで1つ越えられない壁に気づく。

〇〇:あれ…でもさ、塾外での生徒と先生の私的な交流って禁止だよね…

咲月:それはオズワル道の話ですよ?

和:私たち、もう生徒じゃないし

桜:それに、デート行ってくれたじゃないですか

〇〇:…


僕、めちゃくちゃルール破ってるじゃん…


咲月:だけど、ここはそんなルールないので!

美空:〇〇さんと

アルノ:自由に

桜:自分の好きなように

和:遊んだり、デートしたり

咲月:できるんです!

〇〇:…なんでその発想なかったんだろ

咲月:ですよね、なんで気づかなかったのかわかんないです!笑

和:でもこれで…気兼ねなくデートに誘える…

美空:〇〇さん、たくさんデートしましょう!

アルノ:今度は、大人なデートしない?

桜:桜は、あえてお家デートがしたいです!

咲月:〇〇さん…

″たくさん、私たちと遊びましょう!″

〇〇:…

〇〇:…いいよ


僕の承諾に5人は大はしゃぎしている。

だけど、1つ釘をさしておかなきゃいけない。


〇〇:その代わり…

〇〇:テストはめちゃめちゃ難しくなるけど、いい?

「はい…」

〇〇:よし、それが聞けてよかった!

〇〇:じゃあ、明日からする?

「はい、したいです!」


オズワル道でのお仕事は終わったけど

まだまだ、この問題児と付き合っていけるみたいだ。

明日からも、課題作り頑張らないとな。

僕の筆箱の中の赤ペンとお別れするのが、少しだけ早くなった。



美空:…で、〇〇さんとキスはいつできますか?

和:あ、そうだ、してない

桜:今していいですか?

〇〇:ダメに決まってるだろ。テストでいい点取ったら、な

美空:よし…やってやる…

和:絶対満点取るんだ…

桜:〇〇しゃんとのキスのため…

「頑張るぞ、お〜!」

咲月:すごい熱だね…

アルノ:うん、見てるこっちも暑くなりそう…

「高みの見物するなぁ!」

〇〇:…お前ら

〇〇:…うるせぇぇ!!近所迷惑じゃぁ!!

美空:ひぃっ…

和:ごめんなさい…

桜:〇〇しゃん…怖い…

やっぱり、最後まで5人は問題児でした。







そして4月

桜が綺麗に咲き、新入生を迎える舞台は整った。

僕の前に歩いてくる1人の女の子。

その女の子は、真剣な顔で僕を見つめ

″〇〇さん、付き合ってください″

″これが、私のお願いです″

僕は、OKの代わりに、その子の手を取った。

よく頑張ったね。お疲れ様。

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