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″君が好き″と言える自信

「好きに決まってんだろ!」






風になびく、透き通った髪。

Eラインが美しい横顔。

俺は、隣を歩く幼なじみの咲月に見とれていた。


「いたっ!?」


俺は地面の窪みに気づかず、顔からコンクリートに突っ込んだ。


「〇〇、大丈夫!?」

「いってぇ…」

「あ…鼻血が…」


咲月に言われ、鼻を抑えると、右手が血で染まっていた。

朝から咲月にこんな情けない姿を見せるなんて、辛すぎる…。

俺は恥ずかしさから、その場にうずくまってしまう。


「い、痛かったよね!?とりあえずティッシュ使って!ど、どうしよう…」

「ありがとう…」

「ううん、とりあえず学校着いたら保健室行こ?」

「うん、そうする…」


咲月からもらったティッシュで鼻を抑えながら、通学路を歩く。

咲月が隣にいることで1人で醜態晒しながら歩かなくて済む安心と、

咲月にこの醜態を見られている情けなさの板挟みに遭っている。


「〇〇…」

「大丈夫だよ、そんな心配しなくても」


心配する目で覗き込む咲月。

その美形な顔に、ドギマギしてしまう。


「お、〇〇おは…何があった!?」


校門前で、友人のマサキに会う。

そりゃ、朝から友人が血塗れの手で鼻を抑えてたら困惑するだろう。


「歩いてたら、つまずいてコケた」

「ぷっ、ださっ…」

「マサキくん、笑わないでよ…〇〇めっちゃ痛がってたんだからね?」

「ああ、わるいわるい」


すると、マサキは俺の耳元で


「咲月ちゃんに見とれてよそ見してたとかなんだろ?」

「はぁ!?」

「ふっ…分かりやすい奴だな」

「ち、ちがうわ!そんな訳ないって!」

「はいはい、そういうことにしとくよ。咲月ちゃん、保健室連れてってくれ」

「あ、うん、〇〇行こ?」


ニヤニヤしながら俺を見送るマサキを睨みつけ、咲月と保健室に向かう。


「マサキくんに何言われたの?」

「へっ!?べ、別に大したことじゃないよ」

「その割に驚いてたけど…」

「ま、まあ…男にも隠し事はあるもんだ。あんまり掘り下げないでくれ」

「ん〜、そっか」


何とか手を引いてくれた咲月に感謝し、保健室を訪れる。

しかし、中に入ると先生は留守にしており、閑散としていた。


「先生は留守か…とりあえず手洗お…」


水道の水の冷たさを感じながら、血を洗い流す。

鏡に反射して写る咲月は、引き出しを漁って色々探してくれている。

だけど、無防備なのか、咲月のスカートの中が見えそうになっている。

もう咲月が少し屈めば…。

というか、俺が振り返って屈めばいいのか。

そんなことを思いつき屈もうとすると、鼻から血が溢れ、保健室の床に付着する。


「あ、やべっ…!」

「ん?あ、また血出ちゃった!?やっぱり強く打ってたんだね…」


咲月は心配そうに俺に駆け寄り、ティッシュで鼻を拭いてくれる。

不純な動機で鼻血を出したのに、優しく駆け寄ってくれたことに、罪悪感が襲う。


「とりあえず、これで鼻血止めて?」

「うん…ごめん…」

「ううん、困ったときはお互い様でしょ?いつも〇〇には助けてもらってるからさ」


俺に向けられる、咲月の笑顔が眩しい。

こんな情けない幼なじみに向けられた優しさが逆に胸を締めつける。

咲月の隣にいるのは、俺じゃない気がして…。

もっと素敵な年上の男性で…。

モデルのような体型に、優しい笑顔がトレードマークの人が似合うんだろうな…。

俺のこの気持ちは、クローゼットの奥の方にでも仕舞っておこう。






「鼻血くん、昼食べようぜ?」

「鼻血くんって…飯食うか」


マサキと共に、本来は入ることが禁止されている屋上に入る。


「ん〜、太陽が気持ちいいね〜!」

「お前、普段そんなこと言うタイプじゃないだろ」

「分かんねえけど、なんか清々しいんだよな〜。〇〇もいっそ、咲月ちゃんに告白すれば清々しくなるのにな」

「できたらしてるっての…」


マサキの言葉を軽くあしらい、サンドイッチにかじりつく。


「いや〜、咲月ちゃんはお前のこと好きだと思うんだけどな〜」

「何を根拠に…」

「ん〜、勘?」

「だろうと思ったよ…」

「でも、ただの勘じゃない気がするんだ。咲月ちゃんが〇〇を見るとき、なんかこう…キラキラしてるって言うか…」

「…俺の何がいいのか」

「はい、出ました、〇〇お得意の自虐グセ!なんでこうも自己肯定感低いんかな…」

「お前が高すぎんだよ」

「だって、女の子って自信ある男の子が好きっていうじゃん?形から入っていかないと!」


珍しく、マサキの言ってることが全うだった。

こんなに自信がなさそうな男に、咲月が惹かれるわけがない。

だけど、俺には自分に自信が持てるような特徴もなければ、得意なこともない。

得意なことなんて、強いていえば170°開脚ができることくらいだ。


「自信なんて、案外些細なことでもいいんだよ」

「些細なこと、か…」

「お前なら、咲月ちゃんのことが好き、なんてことでもいいんだよ」

「そんなこと、自信にはならないだろ…」

「いや、なる。お前の咲月ちゃんへの気持ちは俺が隣でずっと感じてきた。お前の真っ直ぐさはすげえよ」


″咲月のことが好き″

たしかに俺の紛れもない特徴だ。

だけど、それの何が強みなのか、分からなかった。


「それとも…咲月ちゃんのことが好きじゃないのか?」

「そ、そんなわけない!好きに決まってんだろ!」


そうだ、俺はずっと咲月が好きだ。

明確にいつ好きになったかなんて分からない。

だけど、気づいたら好きになっていた。

咲月が隣にいてくれる日々が大好きだ。

咲月なんかに不釣り合いな男であることなんて分かってる。

それでも、隣で咲月の笑顔を見守りたい。

くさいセリフだけど、咲月の瞳に写るのは俺がいい。


「…うん、それが聞けて安心したよ。お前は、真っ直ぐにその気持ちを貫け」

「はぁ…?」


すると、屋上のドアの方から物音が聞こえる。


「やべっ、先生来たかも!」

「まじか…」


マサキと物陰に隠れ、息を潜める。

すると、ドアの近くで先生と誰かが話している声が聞こえる。

恐らく、俺ら以外にも屋上に入ろうとした生徒がいて、先生が見つけたのだろう。

少しすると、足音は遠くに消え、先生が去っていったことが分かる。


「危ねぇ〜」

「そろそろ戻った方が良さそうだな」

「だな…って、俺飯食ってねぇ!五時間目、隠れて食うか…」

「バレないことを祈る…」


そして先生にバレないように教室に戻り、五時間目の準備を進める。

マサキはというと、予想通り先生に隠れてご飯を食べていたことがバレ、しっかり怒られていた。






放課後のチャイムが学校に鳴り響き、一斉に生徒が下校を始める。

俺も、マサキに挨拶を告げ、下駄箱に上靴を仕舞う。

すると、咲月が大きなゴミ袋を抱えて廊下を歩いているのを見つける。


「咲月、それ1人で運ぶの?」

「うん、今日茉央休んじゃったから、1人でやんなきゃいけなくて…」

「手伝うよ」


仕舞った上靴をまた出して、咲月の持っていたゴミ袋を抱える。


「重っ!?これ1人で運ぼうとしてたの?」

「うん、だって今日担当だし」

「…頼ってくれよ、俺を」

「うん…ありがとう…」


柄にもない、かっこつけたセリフを言ってしまった。

俺は恥ずかしくて、ゴミ袋で咲月に顔を見られないように隠す。

咲月は今、どんな顔しているんだろう。

2人の間に流れる沈黙が重苦しい。

″何かっこつけてんだよ!″って茶化してくれたらどれだけ気持ちが楽か。

ゴミ捨て場に着くまでの廊下がとても長く感じた。


「ここに捨てればいい?」

「うん、ありがとう」

「ふぅ…咲月は今日部活ある?」

「ううん、今日は休み」

「そっか…なら、一緒に帰るか」

「何、改まって…いつも帰ってるじゃん」

「うるさいな…いいだろ、別に」

「まあ、カップルっぽくていいかもね」

「何言ってんだよ…//」


俺はまた、咲月にドキドキさせられる。

脈の速くなる心臓。

浅くなる呼吸。

微かに震える唇。

バレてないよな、この気持ち。






「ごめん、おまたせ〜」

「待ってないよ、帰るか」

「うんっ」


歩き慣れた咲月との帰り道。

3年間、かれこれ100回は一緒に帰っているはずの帰り道。

だけど、どこかいつもと違う。

いつの日か、隣を歩くのは俺じゃない男になるかもしれない。


「〇〇はさ…デートとか、してみたいって思う?」

「え…?」

「2人で手を繋いで、水族館とか行って、お揃いのマグカップなんか買っちゃって…。私は、そういうの、憧れるんだ」

「そっか…いいじゃん、青春って感じがして」


咲月から聞きたくなかった、恋愛話。

だけど、女の子がデートとか恋人とか、そんなことを憧れないわけがない。

咲月だって、例外なく、そういうことがしたいはずだ。

だけどその時に、隣にいるのは俺じゃない。

分かっているから、聞きたくない。


「だからさ、叶えてよ、〇〇が」

「…は?」

「私の憧れ、現実にしてよ、〇〇」

「いや…そういうのは好きな人とそういうことしろよ」

「うん、だからだよ?」


咲月の瞳は、真っ直ぐ俺を捉えていた。

嘘偽りのない、真っ直ぐな瞳で。


「その…勘違いだったらごめんなんだけど…。咲月って俺のこ…」

「うん、好きだよ、〇〇のこと」


さぞ当然のように言い放つ咲月に、呆気に取られる。


「その…俺も咲月が好きです」

「ふふっ、うん、知ってる」

「あ、そうなんだ…」

「ねえ、この後時間ある?」

「まあ…予定はないけど…」

「よし、じゃあ今から水族館行こ!そしてお揃いのマグカップ買おう!」

「え、今から!?」


俺の手を取り、駅の方に駆けていく咲月。

咲月の隣にいるのは、俺じゃ力不足だ。

咲月の握る手は、本当は俺じゃダメなはずなんだ。


…いや、咲月の隣は俺しかいない。

誰にも咲月の隣を取られたくない。


「咲月、好きだ。俺と付き合ってくれ」




「ふふっ、急に何?」




「いや、ちゃんと告白してなかったな、って」




「確かに…。よろしくね、〇〇」




「ああ、幸せにしてやるから、咲月」


幸せにしてやる、なんておこがましい。

だけど、なんか分からないけど、できる気がするんだ。

自信なんて、些細なことでいいんだ。

俺は、咲月が好きだから。

この笑顔を守りたいから。

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