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マドンナに人生を約束されました。
「私の彼氏になってください」
3年1組の教室。
教卓から見て1番後ろの窓側の席。
青木や赤城の失敗を糧に冷静に発言を繰り出すことのできる位置なんて誰かが言ったあの位置。
苗字は渡邉じゃないけど、運で勝ち取ったこの席で、僕はいつものように本の世界に入り浸る。
僕が受け入れるのは小説が織りなす世界だけだった。
はずだった…。
「ねえねえねえ!」
「ねえってば!」
「○○くん!」
「…僕ですか」
「そう、君だよ」
「何か用ですか?」
「ねえ…私と付き合ってよ」
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今、私と付き合って、って言った?
それはいわゆる、告白、というやつ?
声の主は、同じクラスの菅原咲月。
クラスの一軍、学年のマドンナ、自分とは生きている世界の違う人間。
そんな女子に告白されたなんて事実に、目を光らせない男子などいない。
男子たちの視線が怖い。
ここにいたら男子たちに殺されてしまう。
僕は逃げるように教室から出ていく。
「あ、ちょっと待ってよ!」
後ろから僕を呼び止める声に耳を貸さず、菅原さんから身を隠せる場所を探す。
だけど、常日頃から外に出ることを億劫とする僕では、現役バリバリの運動部の菅原さんの追いかけるスピードには敵わなかった。
「はぁ…やっと捕まえた。ここの教室で話さない?」
手を引かれ、今は倉庫として使われている教室に入る。
「ここなら大丈夫そうかな…」
「何なんですか、いきなり。僕をからかって楽しいですか?」
「からかう…?」
「だっておかしいじゃないですか。学年のマドンナとか言われてるあなたが、陰キャの僕に対して『私と付き合って』とか、こんな展開マンガでもないですよ」
「…あ~、ごめん、言葉足らずだったね。正確には、彼氏の"フリ"してほしいんだ」
「フリ…?」
「私、めんどくさい男につかまっちゃってさ。別れよ、って伝えたんだけど、執着がひどくて…。それで、もう新しい彼氏がいる、ってあいつに分からせれば諦めてくれるかな~、って」
そんな背景を"私と付き合ってよ"の一言で伝えられると思うなんて、菅原さんは頭が…うん。
「ねえ、だからお願いでき…」
「いやです、他を当たってください」
菅原さんの事情は分かったし、大変そうなのも伝わった。
だけど、僕である必要なんてない。
僕みたいなひ弱な男より、坂本くんのような運動部のエースの方が頼りになるだろう。
悪いが、僕では力になれない。
「…今、私が叫んだらどうなると思う?」
「え?」
「私が『○○くんに襲われた』なんて叫んだら…ね?」
これはお願いなんかじゃない、立派な脅迫だ。
前から思っていたけど、これで確信した。
僕は、菅原さんが苦手だ。
これは…逃げるが勝ちだ。
「逃げるが勝ち、なんて考えてた?えへへ、ごめんね」
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腕をつかまれた。
僕は逃げ場を失った。
ああ、為す術がなくなった。
「…僕は何をすればいいんですか?」
「えへ、ありがとう!とりあえず、登下校一緒にしよっか!」
半ば強引、いや、強制的に彼氏のフリをすることになった。
教室に戻るときも男子たちの視線が痛かったが、これも人助け、と自分に言い聞かせた。
…いや、やっぱり視線が怖い。
その日の帰り、約束通り菅原さんと一緒に帰っていた。
僕の右手には、なぜか小さくて柔らかい左手が握られていた。
「あの、手を繋ぐ必要あります?」
「私たちカップルなんだよ?こうやってイチャイチャしようよ!」
「"仮の"カップルですけどね」
「もう、細かいことはいいの!細かい男は嫌われるぞ?」
「…先帰りますね」
「ああ、ごめん!ちょっと待って!」
菅原さんはいじってもいじられてもうるさいようだ。
やはり、菅原さんとは合わない。
「あの、なんで僕なんですか?坂本くんとか、他の男子もいますけど」
「ん~、ひまそうだから?」
「……」
「あ、じょ、冗談だからね?」
「で、本当の理由はなんですか?」
「○○くんが、私に興味ないからだよ」
興味がないから?
普通、興味ある方がよくないか?
菅原さんのことを好きな方が、いざというときに助けてくれたりするものじゃないのか。
「すみません、よく意味が…」
「私、みんなからマドンナ、とかアイドルみたい、って言われることが多くて、告白されることも多いんだ。それがすごくうれしいんだけど…でもね、その分逆恨みされることも多くて…」
「逆恨みって…?」
「あんなにやさしくしてくれたのに、とか、あの言葉は嘘だったのか、とか、勘違いさせてちゃうことが多くて…」
「だから、僕…?」
「そう、坂本くんも、私のこと好きっていう噂聞いてて、こんなこと頼んだら変に勘違いさせちゃうし…」
今までだったら、ただの自慢か、なんて思っていたかもしれない。
でも、菅原さんの表情は、どこか寂しげだった。
勘違いさせてしまうことへの罪悪感なのか、逆恨みされることへの憂いなのか。
でも、そこには自慢したいなんて気持ちは微塵もなかった。
「だから、こういうこと頼んでも、勘違いも逆恨みもされない○○くんがいいな、って…。ごめんね、こんなことに巻きこんじゃって」
「僕が力になれるなら…」
「え?」
「…あ、いや、何でもないです。暗くなってきましたし、早く帰りましょう」
「ねえ、今なんて言ったの?」
「何も言ってないですから、気にしないでください」
「いや、絶対なんか言ったもん!」
「うるさいな、って言ったんです」
「はあ!?誰がうるさいですって~!」
「それですよ…」
なんであんなことをつぶやいたのかは分からない。
菅原さんのことは苦手だと、自分とは合わない陽の人間だと思っていた。
だけど、それは僕が菅原さんのことを知らないだけだった。
知らない、をいつの間にか苦手に置き換えていた。
食わず嫌いをしていただけだった。
守りたい、なんておこがましい。
だけど、少しでも力になれるなら、なんて思ってしまった。
その翌日から、菅原さんと一緒にいることが増えた。
正確に言えば菅原さんから近付いてくるんだけど。
「ねえ○○、今日もお昼一緒に食べよ?」
「僕に拒否権ないでしょ?」
「ふふっ、まあね」
一方的に約束を交わされ、手を取られた先は、立ち入り禁止の屋上だった。
「ここ、立ち入り禁止じゃん」
「まあいいじゃん、バレないって」
「怒られるの、菅原さんだけじゃなんだよ?連帯責任で僕も怒られるんだけど…」
「運命共同体、ってやつ?」
「うん、絶対違う」
屋上に申し訳程度に置いてあるベンチに二人で腰掛け、弁当を広げる。
「ここで問題です!このお弁当、誰がつくったでしょーか?」
何だこの、正解の候補が一つしかない問題は。
「…菅原さん」
「ぶー!」
違うんかい。
「正解は…咲月でした~」
「一緒じゃん」
「違うの、咲月、って呼んでほしいの!はい、改めて、このお弁当を作ったのはだ…」
「咲月」
「もう、問題最後まで言わせてよ!」
「ふふっ、残念」
「あ、○○くんの笑った顔、初めてみたかも…。かわいいね」
そうか、僕って普段から笑ってなかったのか。
まあ、あまり人と関わらないし、娯楽は読書だけだったけど。
咲月のおかげで、久々に笑えたかも。
かわいい、って言われるのは癪だけど。
「はい、あ~ん」
「いや、それは恥ずかしいんだけど…」
「はいはい、恥ずかしがらないの~」
「んぐっ…」
「美味しい?」
「うん…美味しい…//」
「んふっ、照れてる顔もかわいいね」
なんか、本当のカップルみたいだ。
最初は咲月に強引に彼氏にされた身だったはずだ。
だけど今は、この非日常を楽しんでいる自分がいる。
咲月と過ごす時間が楽しい、と感じている自分がいる。
「じゃあ、次の日曜日デートね!」
「…はい?」
「あ、拒否権ないから!」
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なんか、急にとんでもないこと約束されちゃった。
金曜日の帰り道、別れ際に取り付けられたデートの約束。
まあ、あいにく予定がないので断る理由も作れず駅前にいる。
″11時に駅前集合ね!″
スマホを見ると表示されているのは10:30
さすがに早く来すぎたかな。
「〇〇くん、ごめん、おまたせ!」
「あ、いや、僕が早く来すぎただけだから」
「へ〜、デート楽しみにしてくれてたんだ〜」
「いや、遅刻したらダメかな、と思っただけで…//」
煽るようなセリフに、距離感バグを起こす美しい顔。
こんなことされて照れないわけがない。
「ふふっ、〇〇くんも楽しみそうでよかった〜。私、楽しみすぎて寝れなかった、えへへ」
「…確かに、目の下のクマが」
「え、ウソ!?メイクで隠せてなかった!?」
ポーチから手鏡を取り出して急いで確認する咲月。
本当はクマなんてないし、メイクしているからか、いつもより可愛らしい顔だった。
だけど、ちょっとだけイタズラ心が働いてしまった。
「ごめん、クマなんてないよ。からかいたかっただけ」
「もう…〇〇くんって案外意地悪人間なんだね。まあ、嫌いじゃないよ?」
こういう何気ないやり取り、本当のカップルみたいだ。
仮とはいえ、これから咲月とデートをする。
その事実をふと改めて考えると、何故か胸がドキドキしてくる。
「じゃあ、行こっか」
「あのさ…思ってたことあるんだけど言っていい?」
「うん、何でも言ってほしいな」
「その…デートする意味ってある?」
「え…?」
ずっと思っていた。
元彼に執着されてて、もう新しい彼氏がいると分かれば諦めてくれるだろう。
それが、咲月が僕に彼氏のフリを頼んだ理由だった。
でも、別にその元彼にイチャイチャする様子を見せるわけでもなければ、付き合っている証拠を写真に撮るわけでもない。
咲月が何をしたかったのか、ずっと分からなかった。
「本当は、何か別の理由があるんじゃないか…って」
「…鋭いね、〇〇くんは」
「じゃあ、やっぱり…」
「うん、元彼の話はウソ。ていうか、私誰とも付き合ったことないし」
「え、そうなの?」
「うん。え、私ってやっぱりモテそう?」
「まあ…可愛いし、愛嬌あるし…」
「やった〜、〇〇くんにモテそうって思われてた〜!」
何が嬉しいんだか。
こんなただの陰キャにモテそうと思われただけで欣喜雀躍するなんて。
「気づかれちゃったなら、本当のこと話さなきゃね…」
「まあ、話したくなければいいんだけど…」
「ううん、話させて。私ね…許嫁がいるんだ」
許嫁。そんなワードがまだ現実世界で残っているとは。
マンガや小説など、フィクションだけの話だと思っていた。
だけど、咲月の目を見る限り、冗談ではないようだった。
「お父さんが勝手に許嫁を決めちゃって、この前会ってきたんだ。だけど、第一印象から合わないな、って思っちゃって…」
「デートとか食事とかはしたの?」
「一応したけど、店員さんには横柄だし、食べ方も綺麗とは言えなくてさ。ああ、この人とは絶対合わないな、って」
悲しそうな目で、自虐的に微笑む咲月に、胸が苦しくなる。
「この人とは結婚したくないって言っても、お父さんは断固として結婚しなさい、ってうるさいから『私、今付き合っている人がいる』ってウソついちゃった」
「…じゃあ、その彼氏役が僕?」
「そう、私昔から男性との付き合いが下手で、彼氏なんかいる訳ないってお父さんにバレちゃって…。学校の帰り道とか監視されるようになってさ」
お父さんの娘への執着と結婚させたい思いが強すぎて、若干引いている。
凡人の僕には分からない感覚なのだろう。
「でも、急に誰でもいいから彼氏にする、なんて怖くてできなかったから″フリをして″って名目で私に興味なさそうな〇〇くんに頼んだの」
「そっか…」
「〇〇くんにはいつかちゃんと話そうとは思ってたんだ、ごめんなさい」
咲月は、深深と僕に対して頭を下げた。
僕には分からない、咲月なりの悩みがあるのだと、痛感させられた。
「咲月、頭上げて。僕は別に咲月に対して怒ることもないし、幻滅することもないよ」
「本当に…?」
「うん、咲月にしか分からない苦悩があるはずだから」
「優しいね、〇〇くんは」
「いやいや。じゃあ、お父さんが諦めてくれるまでは、僕が彼氏のフリを頑張るから」
これは人助けだ。
咲月が頼ってくれたんだから、自分ができることはやろう。
そう思っていた…。
「咲月、そういうことだったのか」
「お父さん!?」
僕らの後ろには、スーツを身にまとった厳格な男性が立っていた。
「彼氏のフリを頼むとは、咲月も成長したようだな。だが悪いな、咲月はあの子と結婚させる」
「やめてよ!お父さんもあの人の素行の悪さは知ってるじゃん!」
「ああ、知っている。それを知った上で結婚させると言っている。菅原家のためにな」
「お父さんが勝手に決めないでよ…」
「〇〇くん、だったかな。悪いな、娘のお遊びに付き合わせてしまって。咲月、彼と食事を取り付けてあるから、行くぞ」
俯きながら、お父さんに対して拒絶も反抗もしない咲月。
お父さんは、そんな咲月の手を取り去っていく。
このままでいいのか?
「待ってください。咲月の気持ちはどうなるんですか」
いや、勝手に他の家庭の話に首を突っ込むものじゃない。
「悪いが君は部外者だ。首を突っ込まないでもらえるかね」
咲月がせっかく頼ってくれたのに?
「咲月にだって、人生があります。親が全部決めていいものじゃないはずです」
凡人には分からない世界があるんだ。理解した気になるな。
「申し訳ないが、これは菅原家の問題なんだ。」
今助けられるのは僕だけじゃないのか?
「じゃあ、僕が許嫁になるのはだめなんですか?」
いや、僕にできることなんてない。咲月と僕じゃ、生きてる世界が違うんだから。
「君に一体何ができると言うんだね。私は誰でもいいわけじゃないんだ」
だけど、僕は…。
「分かっています。僕は、あなたや咲月と生きている世界が違います。だけど…」
それでも、僕は…。
「僕は、咲月が好きです」
好き、なんて気持ちでこの問題を解決できると思ったわけじゃない。
そんな甘い世界じゃないこと、僕にだって分かっている。
だけど、咲月の悲しい顔が見たくなかった。
咲月に、笑っていてほしかった。
咲月と、この先も一緒にいたかった。
「○○くん…」
「君は若さゆえに何も知らないのだろう。気持ちだけでやっていけるような甘い世界ではないのだ」
「分かっています…。僕には知識もお金も、経験も何もないこと。それでも…咲月のことを、守りたい、って思ったんです」
「守る、か…。」
守る、ってどうやって?
守る、ってなんだ…?
咲月のことを守りたい、なんておこがましい。
そんなことは分かってる。
それでも…。
「お父さん…私、○○くんと一緒にいたい。お願い、一度でいいから、私のお願いを聞いて…!」
「お願いします。僕に、咲月さんを託してはもらえないでしょうか」
「…○○くん、君は面白い人間だ。咲月を、こんな子にするとは」
「え?」
「咲月から、『この人と一緒にいたい』なんて…。初めてだよ、咲月が自分で生きる道を決めたのは」
「…どういうことですか?」
「今まで、拒否することはあっても、こうしたい、といったことがなかった。でも、君と一緒にいたい、と初めて主張してきたんだ。君には、何か特別な力があるのかもしれない…なんてな」
そういって、咲月のお父さんはその場を去っていく。
「お、お父さん、どこいくの?」
「デートの途中なんだろ?水を差して悪かったな。楽しめよ、咲月」
「…うん、ありがとう」
そして僕たちは、その背中が見えなくなるまで見送った。
どこか寂しげで、でも誇らしそうな背中だった。
「これで…よかったのかな」
「わかんない。お父さん、会社を許嫁相手に継がせたかったらしいし、今後どうなるんだろ…」
「なんか、申し訳ないな…」
「…ありがとう、守ってくれて」
「守れた、のかな…」
「守れてるよ。だって…!」
「ちょっ!?」
「私、今すごく幸せだもん!」
僕がずっと見たかった咲月の笑顔。
そうだ、僕は守りたかったんだ、この笑顔を。
「あの…咲月、苦しいんだけど…」
「いいじゃん、好きな人にハグされるって嬉しいものでしょ?」
「まあ、そうだけど…//」
「あ、そうだ、忘れてた…」
「ん?」
"私の彼氏になってください"
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/170230076/picture_pc_c3c986e40ad0c28fa31371517a222577.png)
僕は、学年のマドンナに告白された。
そして、人生を約束された。