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なぜ舞台チケットの価格は上げざるを得ないのか?舞台が抱える"不変"のジレンマ(後編)

こちらの記事は後編です。前編では、「なぜ舞台のチケットはこんなに高いのか?」という疑問に迫り、その背景にある業界の仕組みを解説しました。まだご覧になっていない方は、こちらからどうぞ。

※本論文は、執筆当時(2021年)の情報に基づいて記述されています。掲載内容は、当時の実情や知見に基づいておりますが、現在の状況や最新の研究成果とは異なる場合がございます。あらかじめご了承ください。

第3章 課題への対応策

3.1はじめに

ここまで舞台芸術における費用の特徴と問題について述べてきた。次は,これらの費用の問題を回避している事例として宝塚歌劇団と2.5次元ミュージカルを紹介する。
また,多大な費用がかかる舞台事業でも収益を上げるため,現在にわたり長年業界で採用されてきたロングラン方式についても検討する。

3.1-1 2.5次元ミュージカル

2.5次元ミュージカルとは,2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツの通称のことだ。2.5次元ミュージカルは,人件費と著作権に係る費用を抑えることに成功しているケースだ。
 まず,出演者を稼働させるために発生する人件費だが(人件費を製作費と捉える場合もあるがここでは人件費とする)2.5次元ミュージカルの特徴として「スター俳優」がいらないことが挙げられる。一般的な大型ミュージカルでは,チケットの売り上げや作品プロモーションのために,有名なスター俳優を登用することが多い。特に新作の場合は,観客は面白いか面白くないのか,中身がわからいのにもかかわらず,高額な金額を払ってチケットを買うわけだから,スター俳優を起用する傾向はなおさら強くなる。そのために,おのずとギャランティは高くなる。一方の2.5次元ミュージカルではスター俳優をキャスティングしなくても良い。2.5次元ミュージカルは,元々ファンの多いマンガやアニメ、ゲームを原作とする。それにより、原作の人気をフックに、まだ無名の若い俳優たちによる公演であっても高い集客力を実現している。
 また,著作権に係る費用もおそらく一般的な大型ミュージカルに比べて安く抑えられているのではないかと考えられる。劇団四季や東宝では,海外の有名作品を日本で上演することが多く,それらにはかなりのロイヤリティを支払っている。それらに比べれば,マンガやアニメ、ゲームを原作にした場合にコンテンツホルダーに支払う使用料は少なく済んでいるのではないかと思われる。高い著作権料を徴収しなくても,舞台化することで原作の売り上げが伸びることが予想され,原作を製作している企業にとってもIPが活用できる美味しい話である。
 また,日本原作のアニメやマンガ,ゲームであれば,海外作品を上演する場合とは異なり,翻訳の必要がない。このように,2.5次元ミュージカルは,舞台芸術の課題である「削れない人件費」を若手の登用で,「著作権料」を日本の原作を使用することで,回避している。比較的参入障壁が低く,これからも使われていく手法だと考える。

3.1-2 宝塚歌劇団における著作権の内部化

舞台芸術を行う上でかかる費用のうち,著作権料が継続的に,また脚本,上演権,音楽,歌詞など様々な範囲でかかることは先に述べた。この著作権にかかる費用を回避しているのが宝塚歌劇団である。森下信雄(2021)は『宝塚歌劇団の経営学』で「宝塚歌劇経営

では,台本作家,美術及び衣装デザイナー等の作品制作スタッフの多くを歌劇団の「団員化」し,彼らの立場を安定化する見返りに,彼らからその権利自体を「買い取る」ことで解決している。」と説明している。(p18)[13]

資本力と長期間続くことが前提の組織でないとできない。


3.2売上のアプローチ

 次は「売上」に着目したアプローチを紹介する。「売上-費用=収益」の方程式にのっとった場合,売上を増加させることでも,収益をあげることができる。

3.3-1ロングラン

 ロングランとは,1つの作品を長期間にわたって上演し続ける方式である。日本では劇団四季が代表的な例で「ライオンキング」は日本で1998年の東京初演以来22年間にわたりロングランを続け、日本演劇史上No.1の記録となっている。また「アラジン」は6年間,「リトルマーメイド」は全国で公演地を変えながら8年間ロングランを続けている。また,東宝でも「レ・ゼラブル」は,通年の上演ではないが,1987年の日本初演以降,2年おきに2~3か月のスパンで現在まで上演が続いている。このように,海外から輸入した作品など,製作費や著作権料が多大にかかっている作品はロングラン方式によって投資分を回収しようとするケースがほとんどだ。森下(2021)は,「上演回数を重ねることによって損益分岐点をいったん超えれば,あとは上演を積み重ねれば利益が一方的に累積していくことになるのは自明のこととなる。言い換えれば,固定費は上演回数の4影響を受けない。そのために,上演回数が増えれば増えるほど平均コストは減少し,いわゆる収穫逓増が発生する。これが,ロングラン興行の醍醐味なのだ。演劇ビジネスの本場であるニューヨークのブロードウェイでも,当然のごとくロングラン公演がメインの興行戦略となっているし,劇団四季もロングラン公演をほぼすべての劇場で実施している。」と説明している。(p.50)[14]

 

3.3-2 ロングランの課題

 一方でロングラン方式には課題もある。福井(2003)は「ランニング・コストは概して非常に高額にのぼるので,ロングランはそう容易ではない。仮に週当たりの総収入が損益分岐点に達しないならば,公演を続ければ続けるほど赤字を増やすだけなので,初期投資の回収はあきらめて公演はうち切らざるを得なくなる。」「特にブロードウェイでは,動員率が70~80%以上のロングランを1年またはそれ以上も続けない限り,投資家は出資額を回収できないといわれる。たとえば,1993~1994年にかけてのシーズンで,ブロードウェイでは37の新作が公開されたが,そのうちブロードウェイ公演だけで投下資本を回収できて成功作となったのは2作品のみであるのに対し,興行的な失敗作は10作を数える(ただし,この数値には地方ツアーでの収益は含まれておらず,地方ツアーの収益を含めれば成功作の割合はある程度までは増える)」と説明している。(p231)[15]

 また,劇場を長期間借りるにも費用がかかるわけで,各都市に専用劇場を持っている劇団四季や,帝国劇場やシアタークリエなど自社で劇場を運営している東宝などの資金力のある組織でなければ,実現が難しいという問題もある。

 

第4章

4.1価格

 ここまで舞台の運営における費用の大きさや,ハイリスク,ローリターンである構造について論じてきたが,これらの問題は,チケットの価格を上げれば解消されるのではないかと考える方もいるかもしれない。しかし,ボウモル&ボウエン(1994)は、メトロポリタン・オペラを例に、舞台芸術団体は、高級レストランのように高所得の人々のみを受け入れることは道徳的に難しいと考えていることからチケットの価格を上昇させることを難しくしているのではないかと述べている。

 また,舞台によく似ているのに価格が安い代替物が存在することも,舞台のチケットの価格を高く設定できないことに影響していると考えられる。例えば映画やテレビドラマなどでも演劇は観ることができる。それらは舞台に比べて安価であるから,あまりにもそこから離れた価格設定にした場合,集客が難しくなる可能性もはらんでいる。

4.2 生産性と費用について

 舞台事業の特徴的な点として,「生産性と費用」についても記しておく。自動車工業のような製造業と舞台事業には決定的な違いがある。それは,前者は日々の技術革新や企業努力によって生産性を上昇させていくものだが,舞台芸術は「生産性があがらない」業態だということだ。

 たしかに,例えば空調設備の導入によって通年公演ができるようになり,新しいITシステムによってマネジメントが楽になったとか,舞台芸術も技術革新によって恩恵を受けてきた。しかし,このような発展は散発的なものであり,公演技術にはほとんど影響を与えてこなかった。10年前の舞台と,現在の舞台では,実演家自身の1時間当たりの産出物は変化しない。照明設備や舞台セットなどには改善がみられたが,役者が板の上で歌い,語り,踊る公演それ自体の特徴はそのままなのである。依然として何世紀もの間行われてきたやり方と同じである。生身の人間が生で演じるという舞台において最も重要な性質を無視しない限り,技術の改善に限界があるのが舞台芸術の特徴なのだ。

 舞台芸術だけ独立しているなら何の問題も受けないが,舞台は複雑な経済状況の中で行われるものである。例えば先にあげた製造業など,生産性が上昇し,社会全体の経済も上昇すれば,賃金もあがっていく。しかしこの場合,一方の舞台業界は,生産性はあがらないために給与が変わらず一定だった場合,舞台に従事するものは相対的に貧しくなっていく。ならば,と舞台従事者の給料を上げたらどうなるか。生産性は変化しないのに,給与を上げるということは,すなわち人件費が増えるということで,公演1回あたりの費用が益々増えることになるのだ。

 このように,舞台事業の特徴的な点として公演周辺の技術革新や生産性の改善はあったとしても,本業である公演技術は「生産性が上がらない構造である」ということは理解しておかなければならない。

第5章

以上の論点を踏まえ,これからの舞台事業に求められるのは「売上の柱を複数立てること」だと考える。

5.1チケット売上の限界

 舞台では,売上の大部分をチケット収入だけに頼っている場合が多い。しかし,売上をチケットの収入のみに頼るのは限界がある。劇場は座席数という制約がある。(コロナ禍では入場者数の50%制限や,座席の間隔あけがあるのでなおさら)。また演じているのが生身の人間であるため,映画館のように同一の作品を一日に何度も上演するのには物理的に限界がある。

 このように,売上を最大化させたくても,キャパシティという制限があるのも舞台芸術の特有の問題である。

 売上は簡単に表すと単価×数量であるから,「数量」であるチケットの1枚当たりの価格を上げれば,損益分岐点は下がる。しかし,芸術団体の性質からして,高所得な人だけでなく,幅広い人に心が豊かになる感動を届けたいという独特的な観点や,価格を上げるほど集客が難しくなる点からしてチケットの価格をあげることは一筋縄ではいかないのだ。

 では,チケットの売上という売上の柱とは別に,組織がもっている資本で売上を生む別の事業をするのが良いのではないか。チケット売上と別に収入源を持つことで,災害や感染症など不慮の事態が起こった時に備えてリスクを分散しておくこともできる。

 例えば,記念公演のライブ配信,一回性を活用したコレクショングッズの展開,舞台以外の事業との提携などが考えられる。

 

5.2オンライン配信

オンライン配信には,リアルタイム配信と事前収録のオンデマンド配信があり,料金形態も有料配信,無料配信のものがある。チケットの価格は一般的に通常の劇場公演のチケット価格より3~4割価格が抑えられていることが多い。

 オンライン配信のメリットとしては,劇場の座席数は決まっているが配信では基本的には無制限にその座席数を超過して集客ができること,今まで地理的な制約や身体的な制約で劇場に脚を運ばなかった潜在顧客にも舞台を楽しんでもらえることなどが挙げられる。

コロナウイルス感染症拡大に伴う政府の要請など,観客数を制限しなければいけない事態に陥った際は事業を続けるうえで有効な方法であるといえる。緊急事態宣言中は当初の予定を変更し,オンライン配信のみに切り替えた演劇もあれば,劇場での上演とオンライン配信を併用した演劇もあった。

 例えば,アイドルの卒業コンサートなどでは,オフライン公演との同時生配信が主流になりつつあるが,それを舞台にも応用してはどうか。ミュージカルにも「初日」「千秋楽」「何周年記念日」「何千回公演達成日」などいくつかの記念日公演存在する。これらの公演は人気が高く,特に初日などは,チケット購入は抽選制になることもある。劇場はキャパシティが決まっており,どんなに特別な公演を観劇したいという需要があってもその需要を売上に反映させることはできなかったが,有料ライブ配信を導入することで,既存のキャパシティ以上の観客を動員することができる。

 一方で,臨場感や非日常感が劇場体験に比べて低いことや,観劇前後のグッズ購入につながりにくく物販の売上が弱いことは課題として挙げられる。通常の劇場公演における機会損失をカバーするには至らないものの、事業継続のための収益獲得やファンとのつながり維持のための方策として、オンライン配信は売上の柱を複数立てる上で重要な役割を果たしているといえる。今後も収益源の1つとして,活用されていくだろう。

 

5.3コレクション戦略

 また,舞台写真やチャームなどのコレクション可能なグッズの戦略的な展開も売上の増加に一役買うと考える。森下(2021)も「われわれ人間は,商品であれ,サービスであれ,興味,関心を持ったものを「集める」性癖を持っている」とし,プロ野球チップスやポケモンを例に挙げながら,宝塚と「コレクション化」は相性が良く,顧客との関係性構築・維持を通じたLTVの達成において「コレクション戦略」は切っても切れないものであると述べている。(189-190)[16]

また,新しい技術を活用することで,舞台写真の貴重性を保ちながら新たな市場が作れる可能性もある。株式会社coinbookが、2020年10月3日よりトレーディングカードのプラットフォーム「NFTトレカ」を立ち上げ,名古屋市栄を拠点とするアイドルグループ「SKE48」の大型配信ライブの撮りおろし画像を収録した「いきなりNFTトレカ」を発売したが,限定100パックが即時完売するなどした。

「NFTトレカ」は、データとしてのコレクションを既存のトレカのような独自性を保ったまま、コンテンツに価値を付与し、安全に個人の資産として楽しむために開発された。株式会社coinbookは「今後、「NFTトレカ」を皮切りに、コピー可能なデジタルコンテンツに価値の付与(NFT化)を促進し、今まで不可能だったデジタルコンテンツのユーザー間の売買を暗号資産で可能にするNFT流通市場の事業化を推進します。」としており,新しい技術を用いて,「一回性」という舞台の特徴を活用した写真などのグッズを展開するのも面白いのではないか。公野 勉(2014)が当該事業関係者に対する聞き取り調査をもとに研究室で作成した『アニメライブ事業モデル収益概算』によると,約500席で12公演を行った2.5次元ミュージカルでは,興行のみの粗利は3,146,289円であるのに対し,DVDとMDによる粗利は5,888,787円となっており,舞台のチケット収入を超える大きな収入源になっていることがわかる。[17]

5.4舞台以外の事業で支える

 ここまでは舞台をIPとして横に展開した,派生的な事業を考えてきたが,舞台以外の事業で支えることも方法の一つである。

 例えば,東宝は舞台事業と映画事業のほかに不動産事業を行っており,硬い財政基盤を有している。2022年2月期第2四半期の決算説明資料内セグメント別業績一覧によれば,感染症拡大に伴う影響を受けた2020年3月~8月の演劇事業の営業利益は約11億の損失,映画事業が約38億円の損失となっているが,不動産事業は約93億円の収益となっている。[18] また,歌舞伎を中心に舞台事業を行っている松竹も不動産事業の基盤をもっている。四半期報告書の報告セグメントごとの売上高及び利益又は損失の金額に関する情報によると,2020年3月1日 至2020年8月31日の演劇事業は約13億円の営業損失となっているが,不動産事業は約27億円の営業利益となっている。2021年3月1日~2021年8月31日では,演劇事業は約25億円の損失,不動産事業は約27億円の利益となっている。[19]松竹では,2019年9月に「開発企画部」という新しい部署を立ち上げた。歌舞伎などの興行ビジネスが厳しい状況にある中で,二次元アイドルのキャラクターIPを創出し,動画サイトでボイスドラマを展開したり,CDを発売したりするなど,新規事業の開発で収益力を高めている。[20]

 宝塚歌劇団を運営する阪急電鉄も,当初事業の位置づけが本業である鉄道事業への旅客誘致であったため一緒くたにするのは短絡的ではあるが,不動産など舞台以外の事業を展開し,安定的な財政基盤を確保している。[21]

 一方,「演劇だけで生計を立てる」ことを活動の根幹のひとつに据え、これまで演劇一本で発展と拡大を進めてきた劇団四季は,コロナ禍の公演中止を得て,事業継続のためにクラウドファンディングを実施し,約2億円の資金調達を行った。NHKの取材によれば,損失額は85億円を超えているというから,この寄付だけでは到底補填できないことは自明である。[22]

 このように,舞台以外の事業で舞台の収支不足を補い,舞台事業からは他事業への送客を担うなどして提携することもできる。一方で,資金力のある組織でなければ実現が難しいのも事実である。「舞台人は舞台のことだけ考えてればいい」と孤立するのではなく,他業種とのコラボレーションや他企業との交流を積極的に行っていかなければこれらの道は開けないだろう。


第6章

6.1はじめに

 ここまで舞台業界の課題である多岐にわたる費用と,それに対応するための多角化について考えてきた。次に,それらの多角化を実現する上でも必要となる舞台業界のもう一つの課題,著作権の拘束について考えておきたい。

6.2著作権の拘束

第2章の表3でも示したように舞台芸術には様々な著作権が絡んでいる。福井(2003)は「一般に権利の流動性が高いアメリカのエンタテインメント産業だが,映画や音楽ビジネスと違いブロードウェイでは,劇作家が著作権の譲渡に同意することはそう頻繁に起こらない。ここでは,劇作家から上演のライセンスを得ることが一般的なビジネスのやり方である。」と記している。(pp.255)[23]

 作者や,作品の世界観,実演家を守ることは大事だが,一方で,著作権の縛りが強いがために,IPとしての横展開に困難を極めることがある。例えば,コロナ禍では多くの大型ミュージカルが公演中止を余儀なくされたが,著作権や上演権の観点から,集客の見込める大型ミュージカルほど,ライブ配信は実施されていない。2.5次元ミュージカルなどの影響もあり最近は円盤化する舞台も出てきたが,作品の円盤化は基本的には著作権の観点から行われない。オンラインのコンサートで,劇中の楽曲を歌うだけでも,著作権処理が必要になる場合もあるという。

 

6.3著作権の緩和

 これらの点を踏まえ,これからの舞台事業に求められるものの2つめの要素として「著作権の緩和」だと考える。著作権によって身動きが取れなくなっている現在の状態から脱却し,著作権を活用し,新しい文化や芸術を生み出していく必要があると考える。

 今日,コンテンツの拡散や新規顧客の獲得にSNSが重要な役割をはたしていることは言うまでもないだろう。例えば,近年著しい世界的な発展を遂げている「KPOP」を例に挙げる。歌唱動画をテレビ放送だけでなく,アングルを変えYouTubeにも何パターンもアップしたり,それらの動画の切り取りやSNSへの転載も厳しい取り締まりはせず,許容していたり(そのほうがより多くの人に見て,知ってもらえるから),自社制作コンテンツにクリエイティブコモンズを取り入れたりしている。このような時代に合った著作権のあり方により,ファンによる自作の派生コンテンツ(動画やイラストなど)が無限に生まれる循環を構築している。大量の映像をネット上にストックしておくことや,ファンが感動をシェアできる仕組みを用意しておくことで,既存のファンの熱量も高まり,潜在顧客をファン化する導線をも作ることができるのだ。

 舞台業界をみてみると,まず映像資料が少ない。あるとしてもプロモーションを目的として作られた短い場面の切り取りなどがほとんどである。例えば,ミュージカルに少し興味を持ってくれた人に薦めるのに最適な参考資料となる動画はどれくらいあるだろうか。(もちろん生の観劇体験とは全く別物なのは理解したうえで)

 著作権の縛りを緩和,もしくは芸術やエンタテインメント分野と相性が良く近年注目されているNFTなどを用いて権利を限定的にすることで,他のエンタテインメントと比べ,鑑賞体験が共有しづらかった舞台での感動がSNS上でシェアできるようになるだろう。ファンの力によって無限にUGCや派生コンテンツが生み出される循環を創り出すこともできる。

 また,世界観を再現したコラボカフェを作ることができたり,製作段階から地域を絡めることで,聖地巡礼を絡めた長期的な顧客接点を創出したりすることもできる。ドルビーアトモスなどの技術とかけ合わせることで,今まで都市部で限定的だった演劇体験が全国各地の映画館などで生の舞台体験に限りなく近い形で楽しめるようになるかもしれない。

 このように,舞台製作者や作品を守るうえで著作権は大切だが,IPとしての幅広い収益を見据えた横展開や,新規顧客を獲得するための資料確保のためにも,今後は舞台業界でも時代に合った柔軟な著作権のあり方を試行していく必要がある。

7章 おわりに

本研究では,舞台芸術事業がなぜ「儲けそこなうビジネス」といわれているのか,その原因を検討した。結果,多岐にわたる費用と,舞台芸術の経済構造上の特性,費用と生産性の関係性が舞台事業を儲けにくくしていることがわかった。これらを踏まえ,今後の舞台事業の継続には「売上の柱を複数立てること」「著作権の緩和」が求められると考えた。この論文では,先行研究や現在までの事例をもとにした議論にとどまったが,舞台事業の素晴らしさを守り,持続可能にしていくには,舞台事業の枠組みからも飛び出し,業界の垣根を越えた協業や,これまでの価値観の改革など,まだまだ議論,改善すべきことは多く残されている。





いかがでしたでしょうか。
この記事を通じて、舞台業界の抱える課題について少しでも考えるきっかけになれば嬉しいです。
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皆さんの声が、舞台の未来を一緒に考える大切なヒントになると思っています。これからも一緒に、舞台の可能性を探っていけたら嬉しいです。

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【参考文献】


[13] 森下信雄『宝塚歌劇団の経営学』(東洋経済新報社,2021),18

[14] 森下信雄『宝塚歌劇団の経営学』(東洋経済新報社,2021),50

[15] 福井建策『新編 エンタテインメントの罠 アメリカ映画・音楽・演劇ビジネスと契約マニュアル』(すばる舎,2003),231

[16]森下信雄『宝塚歌劇団の経営学』(東洋経済新報社,2021),189-190

[17]公野勉『アニメライブ事業モデル収益概算』(2014),69-70 

[18] 東宝2022年2月期第2四半期 決算説明資料より

[19] 松竹株式会社2021年10月期 四半期報告書より

[20] 松竹、「アイドルキャラ推し」誘う ボイスドラマCD22日発売 コンテンツ事業で収益力強化.日経MJ.2021-12-10. https://www.nikkei.com/article/DGKKZO78296480Z01C21A2H53A00/(参照2022-01-09)

[21] 阪急阪神ホールディングスグループ 2021年度(2022年3月期) 第2四半期決算説明会資料より

[22] 劇団四季HPより

[23] 福井建策『新編 エンタテインメントの罠 アメリカ映画・音楽・演劇ビジネスと契約マニュアル』(すばる舎,2003)

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