日本の個性教育は、間違っているのではないか?
個性教育は良いと思われていますが
そもそも個性教育とは何でしょうか?
「あいつは個性があるよね」
「個性的な人だよね」
と言われる人には
個性があるらしいですが
本当にそうなのでしょうか?
確かにそう言われる人には
個性があるのだと思います。
そう言われない人には
個性がないのでしょうか?
あるんだと思います。
個性があると言われる人は
その個性が突出していて
目立つと言うことでしょう。
だからと言って、
そう言われない人に
個性がないとは言えない
と思いますね。
そもそも個性の定義があいまいですよね。
個性とは
「個人または個体・個物に備わった
そのもの特有の性質」
とデジタル大辞泉にあります。
これは2つに大別されます。
1.他者と比べて違いがあるかどうか?
2.自分の中で、最も特徴を表すものか?
一般的には、1で考えられていると
思いますが
日本の場合の個性は、2で考える
べきなんだと思います。
何と比べることで個性と言うのか。
他者と比べて?
自分の中の性質と比べて?
本来は後者であるべきであり
他者と比べる必要はないのではないかと。
もし、他者と比べるのなら
それは二次的な確認的な意味で
比べるべきだと思いますね。
実際に1が出来るのは
アメリカなど人種のるつぼと
化しているような国の中でです。
日本のように民族差異が少ない国は
1をするのは難しいんですよ。
アメリカの真似をしても
苦しいだけです。
だから
日本は2で、個性教育をして
いかないとダメなんですよね。
自国の環境に適した定義をして
それを実践することが必要だと
思いませんか?
ただ
気を付けなければならないのは
今後、日本には多民族がもっと
流入してくると思います。
そのときに、日本人は排斥に回る
可能性が高いので
1も含めて人を認めることができる
ようになっていかないとです。
よって、2つの側面の個性を
認める教育をしていかないとですね。