あまりに透明な少女の死と自分の妄想に騙される人間の可笑しさ

この文章は、一般社団法人金澤芸術文化交流ネットサルーテ主催「第2回インタラクティブ プロジェクション マッピング オペラ フェスティバル」として上演されたオペラ『朝比奈』&『泥棒とオールドミス』の劇評です。

日時・会場:2019年1月19日(土)17:00 金沢21世紀美術館シアター21


1本目の『朝比奈』(作曲:浅井暁子、脚本・演出:鳴海康平)は、同名の狂言を原作とし、自由な発想でアレンジした新作オペラ。上演時間は約20分。太鼓や木琴を演奏する打楽器奏者(神谷紘美)とピアニスト(徳力清香)の2人が下手側に陣取り、舞台上にはセーラー服姿の女子高校生(原田明日華)とスーツをビシッと着こなした若い男(近藤洋平/テノール)がいる。そこは狭い室内にも見えるが、少女はなぜそこに男がいるのだろうかといぶかっている。男は「えんま」と名乗るが、イケメン風の容姿からはなかなかイメージが追いつかない。


少女の当惑をよそに、彼(=えんま)は一方的に朗々と歌う。最近の人間は利口になって地獄にあまり落ちて来ないと愚痴をこぼすと、彼女は地獄が暇すぎて困っているなら、そっちへ行ってもいいよ、と優しさとも自暴自棄ともつかないセリフを吐く。えんまは相撲の四股のように力強く地面を踏みしめ、怪力で有名だった朝比奈について懐かしそうに語る。朝比奈とは、鎌倉初期の武将・和田義盛の三男で、北条義時への反旗を翻した朝比奈三郎義秀のこと。原作の狂言では、朝比奈はえんまを手玉に取り、ついには極楽浄土へ案内させたことになっている。今回のオペラはその後日譚というわけだ。


プロジェクションマッピングによる背景映像が切り替わり、少女と男はビルの屋上にいる。空は晴れ渡り、女子高校生のカバンと靴がフェンスのそばにきちんと揃えて置かれている。短い暗転の後、少女の姿は消え、飛び降りたことが暗示される。男が最初から死神と名乗っていればこの展開は予想できたはずだが、地獄の入口に鎮座しているはずのえんま様がこの世まで出張して来たことの意外性やイケメン歌手のキャスティングによる外見的なアンバランスさ、状況がつかみにくいコミカルな会話などに騙されてしまい、結末に至ってようやく事情が呑み込めた時には驚きが一気に加速された。


死をテーマにした作品ながら、例えばモーツァルト『レクイエム』のような不吉な響きは一つもない。死への恐怖や迷いが音として聞こえて来ない。日本の伝統的仏教に特有のドロドロした雰囲気もない。音楽は朝の空気のように澄み切っていて清々しい。少女の自死、その原因はわからない。しかし、死に際にえんまからまた人間に生まれて来たいかと問われた少女は、はいと答える。彼女にとって死はごく自然なもので、来世への生まれ変わりを全く疑っていないようだ。あまりにもピュアな10代の心情が痛々しく切ない。もし私がえんま様だとしても、彼女を地獄堕ちにはさせられなかったと思う。

15分間の休憩を挟んで、米国の作曲家ジャン・カルロ・メノッティによるオペラ『泥棒とオールドミス』(訳詞・演出:鳴海康平)が日本語で上演された。舞台は米国の片田舎、禁酒法が施行されていた1930年前後となる。一人暮らしの老嬢トッド(田島茂代/ソプラノ)の家に乞食のような男ボブ(渡辺洋輔/バリトン)が出現した。顔がイケメンなことから招き入れ、お茶を振る舞ううちにすっかり気に入ってしまったトッドは、ずっといてほしいと若い家政婦レティーシャ(石川公美/ソプラノ)を通じて頼み込む。

そこへ近所に住むお茶飲み友だちのミス・ピンカートン(韓錦玉/ソプラノ)が訪ねて来た。近くの刑務所から服役囚が脱獄し、この辺りへ逃げたが、まだ捕まっていないと告げる。その男は背が高く、髪が黒くて巻き毛で、いい声をしているなどと特徴を聞くうち、部屋に泊めている男にそっくりだと気付いて慌てるトッドとレティーシャ。しかし、ボブに夢中な二人は、毎日お小遣いを与えれば悪さをしないはずと勝手に判断し、トッドが会長を務める婦人会のお金をこっそり男に渡す。さらに男が何か飲みたいと言えば、二人は酒屋へ忍び込んでワインを盗み出す。人間の想像力が欲望と結びついた時、理性的な判断を裏切って勝手に暴走し始める様子が私には面白くてとても他人事とは思えない。とうとう男はミス・トッドの大切な宝石類などを奪い、家政婦も一緒に連れて去って行く。犯罪とは無縁だった男が周囲の妄想によって本物の泥棒へと仕立て上げられていく可笑しさを皮肉たっぷりに描いていた。


田島や韓らベテラン歌手たちの歌と演技に魅了された。噂好きなおばさん役の韓は、両手を顔の横で常にバタバタと動かしながら歩くコミカルな仕草によって作品全体の喜劇的な基調を作り出した。タイトルロールの老嬢を演じた田島は、見知らぬ男に宿を貸すというちょっとした悪戯心から男が脱獄囚かもしれないとわかった時の恐怖、それでも男にいてほしいと願望して次第に深みにはまっていく内面の変化を細やかで豊かな表情によってリアルに伝え、真に迫ったドラマを生み出していた。また、渡辺の太くて張りのある声は、あてどない旅を続ける自由気ままな風来坊ボブにぴったり。家政婦役の石川は男を泥棒と信じつつも好きになってしまう複雑な女心を切々と歌い上げ、ついホロリとさせられた。演奏はすべて1台のピアノ(田島睦子、中島玲子)で行われた。


オペラという言葉から豪華なセットを連想してしまうが、このシリーズは映像によるプロジェクションマッピングを活用することで舞台を簡素化。観客の想像力を信頼することにより、かえって物語の本質や歌手たちの魅力をストレートに浮かび上がらせていた。

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