私は猫になりたいのである
私は人間である。名前は生まれた時に両親たちからもらった。
私は猫になりたい。猫になりたいからといって猫になれないことは知っている。だって人間だから。ただ夢物語を語っているだけ。でも、夢を語るのは自由だろう?
私は猫になりたい。
私という生き物が猫なら人間である私はいない世界だ。だから両親に私という子供はいないし、別の世界で私という子供がいたことも知らない。別の世界で二人きょうだいを育てていた両親はこの世界では一人の子供を育てているだろう。
そんな今とは違う別の世界で、今と変わらないお父さんと、今と変わらないお母さんと、今と変わらないお兄ちゃんと、今と変わらないおばあちゃんと、今と変わらないおじいちゃんと、今と変わらないもう一人のおばあちゃんのもとに、私は猫になって行くんだ。そしたらさ、たくさん愛してもらって、たくさん可愛がってもらうんだ。
お父さんは朝早く仕事に行くから、朝が弱いお母さんに代わって毎朝起こしに行くんだ。でも、お父さんは朝に強くていつも私よりも早く起きているから。今日も早起きだね。って笑うの。朝ご飯は作れないけど、かわりに私の朝ご飯を準備してね。構ってもらいたくて新聞を読む邪魔をするけど怒らないで。仕方ないなってため息混じりに私に笑いかけて、撫でて。いつも通り仕事に行く準備を早く終わらせて、一緒に遊んで。
お見送り時間になったら私は寂しくてうるさく鳴くけど許して。ちょっと泣いているだけ。すぐ元気になるから。ドアが閉まるとどこからも姿は見えないけど、バイクのエンジンがかかって音が聞こえなくなるまで言うよ。いってらっしゃい、お父さん。って。
お父さんのお見送りが終わったら、朝が弱いお母さんの所に行くんだ。お母さんの近くに行くとお母さんが少し目を開いて、優しく撫でながらお布団にいざなってくれる。お母さんの起きる時間まで一緒に二度寝。
アラームを眠たそうな顔でお母さんが止めたらそろそろ起きる時間だ。でも、もう少しだけふたりお布団でぐずぐずするの。眠たいねぇ。まだ寝ていたいねぇ。そんなこと話しながら、笑って、また私を優しく撫でて。
お母さんが朝の準備をはじめたらお兄ちゃんの所に行って、ぐっすり寝ているお兄ちゃんのお布団に潜り込むんだ。気持ちよさそうに寝ているお兄ちゃんの寝息にそっと耳を傾けていると、私もまた眠くなってお母さんが起こしにくるまで一緒に二度寝。いや、三度寝?笑
お母さんが階段を上がってくる音が聞こえたら、そろそろお兄ちゃんの起きる時間だ。起こされたらリビングに行って、お兄ちゃんは学校へ行く準備。でも、そんなことより一緒に遊びたくて、お兄ちゃんにちょっかい出していると、お兄ちゃん準備なんだから邪魔しちゃダメでしょ~!って、お母さんに叱られるんだ。拗ねた顔した私を見て、お兄ちゃんが優しく微笑んで、頭を撫でてくれるの。
お兄ちゃんのお見送り時間になったら私はまた寂しくてうるさく鳴くけど許して。ちょっと泣いているだけ。すぐ元気になるから。玄関で時間ギリギリまでちょっかい出しながら、お母さんと一緒にバイバイをする。いってらっしゃい、お兄ちゃん。って。
お兄ちゃんを見送ったあとも、お母さんはまだまだ家事で大忙し。ちょっとした合間にたまに頭を撫でてくれるけど、休憩時間はまだまだ先。いっぱい遊ぶのはそれまではおあずけ。
私は仏壇になむなむしているおばあちゃんの所に行くの。おばあちゃんがなむなむしている部屋には、いつもおじいちゃんの写真が飾っていて、おじいちゃんとはお話したことないけどおばあちゃんいつも言っていた。頑固な人だったって。でも、なむなむするおばあちゃんはいつも優しい顔をしていて、だから一緒にいっぱいなむなむするんだ。
なむなむが終わったらおばあちゃんとテレビで時代劇ってやつを見るんだ。猫の私には時代劇ってのは正直よく分からないけど、悪いやつをやっつける善い暴れん坊だったり花吹雪なの。
おばあちゃんとのテレビの時間が終わったら、お母さんの所に行くの。そろそろ家事が一段落しているはずだから。一緒に遊んだり、まったり休憩したり、お母さんの大好きな芸能人の歌を聴いたり歌ったり。3時には一緒におやつを食べるんだ。でも、お母さんはまた家事で大忙し。
お母さんが買い物に行ってくるね。って言うと、玄関でうるさく鳴くけど許して。ちょっと泣いているだけ。すぐ元気になるから。だって一緒に行きたかったの。でも、知っているんだ。お母さんがすぐ帰ってくること。だから、早く帰ってこないかな~。って思いながら玄関で待つんだ。
お休みの日にはお父さんが運転する車に乗って、おじいちゃんともう一人のおばあちゃんの所に行くんだ。いつもとは違う場所に少しだけ緊張するけど、たくさんお話して、たくさん遊んでもらって緊張なんてすぐどっかに行っちゃう。いつもとは違う特別なごはんと、特別なおやつまでもらってご機嫌な私。帰る時間になると寂しくてうるさく鳴くけど大丈夫。ちょっと泣いているだけ。すぐ元気になるから。車が出発して二人の姿が見えなくなるまで何度も言うよ。またくるね。って。
そんな時間がずっと、
ずーっと、
続けばいいのに。
人間の世界は人間の私には広すぎるみたい。人間なのにね。人間だからなのかも。
でも、ちゃんと分かっているんだと思う。
私が猫だったら私はこんな風に夢物語を語れなかった。人間の私が家族と過した時間があるから想像できるんだよね。だから、少し複雑な気持ちになる。
だけど私はわがままでずるいから。猫になってみんなにずっと囲まれていたかった。みんながいる世界に突然やってきて、みんなにずっと囲まれて、みんながいる傍で眠りにつきたかった。
私は猫になりたい。叶わないことくらい知っている。だって人間だから。ただ夢物語を語っているだけ。でも夢を語るのは自由だろう?
私は猫になりたかった。
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