かわいいの哲学(平成と令和、Fruits Zipper)

筆者は立派なアラサーなので、昨今の流行のJ-POPにうとい。
もっぱら、古き良きインディロック、UKギャル🇬🇧の中で流行りの音楽、宇多田ヒカル、K-POPという、とてつもなく狭いセンスの中で音楽を聴いている。(でも、私は一応、高校時代、軽音部です)

なので、最近、はじめて、まともにFruits Zipperの"わたしの1番かわいいところ"をカラオケでフルで聴いた。
良い歌だなぁ、みんな可愛いしと思ってプレイリストに入れました。

そして、楽曲提供者を調べて衝撃が走ることになる。
ふぇのたすの人か!!!!(私が大学生の時に人気でめっちゃ売れそうなギリギリ前に解散したバンド)

これは、あのちゃんの、'ちゅ、多様性'が相対性理論(私が10代の時のバンド)の人が作ったって知った時に次ぐ衝撃。
私の青春の流行り物も、ちゃんと進化しているんだなと思った、そんなこの頃です。

今日書くことのテーマは、かわいいの哲学です。
大学生当時、
ふぇのたすで人気だった曲が
‘かわいいだけじゃ、ダメみたい'って歌だったんです。(森川葵ちゃん主演映画の主題歌だったから覚えてる)

楽曲提供者は東大の哲学科出身のバンドマンです。当時から女性ボーカルの可愛い声と若干のアイドルかアニソンのエッセンスを入れた、いわゆるサブカルな歌を作ってました!
(わたしは、お化けになっても好きだよって歌を気に入って、よく聴いてました)

当時から、カワイイについて真剣に歌を作っていた人が、ついに令和にカワイイの歌をバズらすなんて感慨深い。

この、”かわいいだけじゃダメみたい”と”わたしの1番かわいいところ”の歌詞の比較をすると、平成と令和での空気感の違い?みたいなのを感じられるので、とても面白い。(筆者は社会学部出身ゆえ、この手の話が大好きです)

わたしの1番かわいいところは、
わたしは自分をかわいいと思ってるし、
そんなわたしの1番可愛いところをちゃんと気づいてる、そこのお前センス良いな、みたいな歌です。

いっぽう、当時、ふぇのたすが歌ってた、
かわいいだけじゃ、ダメみたいは、
世界1カワイイって言われたいけど、どうせ変われないって嘆いてる、そんな女は、そもそも世界を自分で変えたら終わる話だよ。
好きな女の子に世界1カワイイって言いたいけど言えない、そこの男の子は、自分が変われば終わる話だよ。

みたいな壮大な哲学ソングです。

ふぇのたす、すなわち平成時代は、
女の子は自己肯定感低いし、
男の子は素直じゃないし、みたいな雰囲気な歌だったけど、
Fruits Zipperが歌う令和時代は、
女の子は自分が世界1カワイイって思える世界を自分で持ってるし、
そんな女の子を、男の子も世界で1番カワイイって思ってる。

めちゃくちゃ若者の考え方が良い方向に変わってるね。
そんなことを書きたくて書いた記事です。
おやすみなさい。

かわいいだけじゃダメみたいも名曲だから聴いてね。

p.s. 筆者は、この後、仮眠をとって、コード書きます。(追い詰められている個人事業主)

いいなと思ったら応援しよう!