人生に正解はないが…?
悩むようなことがあるときはいつも「人生に正解はない」と自身に言い聞かせている。
特にそう思うのはどの道を歩こうかと悩んだ時だ。
例えば60歳を過ぎて定年退職する時期だ。
やりたいことがあるから少しでも若いうちに定年退職をする道と、雇用延長を満了する65歳あるいは70歳まで退職しない道だ。
誰もが迷いながら進む人生の道!
人は二つの道を同時に進むことはできない。
しかしどの道を進んだとしてもその先に何があるのかは想像するしかない。
思いもしない崖が待っていて迂回を余儀なくされることもあれば、誤って砂漠に迷い込むこともあり得るということだ。
母と娘が選んだ道
家族がいると自分一人で道を変える判断をすることは難しくなる。
家族もその道に同行させることになるからだ。
経済的若しくは精神的な面でも道連れとなることは明らかだ。
また家族が選んだ道にも理解を示さなければならないことがある。
我が家でも何度かそのようなことで意見が分かれたことがあった。
娘が大学を卒業し就職した時だ。
上の息子たちは大学を卒業してすぐに就職したが故郷に帰ってくることはなかった。
我が家は田舎なので子供たちは全員京阪神の都会で学生生活を送ったが、娘だけが故郷に帰って就職したのだ。
息子たちが故郷に帰ってこないことに関しては私も妻も理解していた。
前々から「世界中どこで暮らそうと文句は言わない」とまで公言していたほどだ。
ところが娘が故郷に就職が決まった時には私は嬉しかった。
娘の部屋をリフォームして帰ってくるのを待ち受けたほどだ。
そして当然妻も同じ心境だと思い込んでいた。
娘が我が家に帰って数年が経過したころ妻が言った。
「そろそろアパートを借りて自立しなさい」
娘も一人暮らしに憧れが沸いてきた頃でその言葉を受け入れた。
私は「経済的に考えても無駄だろう」と反対した。
アパートを借りようと思うと職場との距離も遠くなるからだ。
もちろん家賃も無駄としか言いようがない。
しかも我が家には使わなくなった部屋がいくつもある。
しかし妻は引かなかった。
妻は「私の疲労や心労も考えてみてよ」と反発した。
実家生活をしている娘はどうしても母親に甘えてしまうものだ。
母親は娘の起きてくるのが少し遅いだけで仕事に間に合うのか心配した。
休みの日に遊びに出たまま帰ってくるのが遅くても心配しなければならない。
もちろん食事や洗濯も母親が手を出してしまう。
娘も口うるさい母親と一緒にいるよりも独立する方が自由になれるのは分かっているのだ。
そして娘は実家を出て一人で新生活をする道を選んだ。
父親の私はさみしかったが本人が選んだ道なら仕方ない。
その結果自立心も養われたのだろうか、今は結婚して故郷からも出て行った。
私たち夫婦は二人になってしまったが、見えないところに住んでいる息子や娘の心配をすることもなく自分たちだけのことを考える日常になった。
明るく照らされた道はない
日本人の健康寿命は男性が72歳だ。
この数字の算出方法はよく知らないが、最近世間で取りざたされている人生100年時代が私たちの世代でないことだけは理解できる。
現在10代の人たちが人生を終える頃は100年時代になっているというのが真相のようだ。
私も定年退職をいつしようかと考えていたころ自分の人生を70代と仮定した。
60代前半で定年退職したとしても10年は健康で好きなことができると考えていた。
サラリーマン人生から定年退職によって違う道に進路変更したが、その時は道の向こうにほんのりと照らされた明かりが見えた気がしていた。
しかし現実は多くの人が崖っぷちに立たされることになった世界的パンデミックが待っていた。
パンデミックという崖は私の前だけに現れたのではないから、まだその崖から転落しなかったというだけでも運が良かったと言うほかない。
あと数年経過して70代になった時、自分がどんな道を歩いているかは想像するしかないが、今と同じ道を進んでいるなら良しとしたいところだ。
毎日そこそこやることがあり、そんな生活を楽しめる日常だ。
もし道を変えるとするなら少し脇道に入る程度だ。
どれだけ楽しそうに見えたとしても、危険を顧みず頼りない吊り橋を渡ることはないだろう。
ただ安全そうな脇道であったとしても慎重に歩くに越したことはない。
一歩一歩丁寧に進むことが最後の人生には相応しいと思えるからだ。
「人生に正解はないが、これから歩む道は多くある」と言うのが私の実感でもあり戒めだ。
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