文章で旅をする
空想旅行と言ってもあまりピンとこないだろうが、一度やってみると驚くほどの幸福感を得られた。
本を読んで得られる幸福感に劣らぬものだ。
いやそれ以上だ。
さあ旅に出て幸せになろう。
どんな人にもお勧めの旅を紹介しよう
定年退職してアジアを歩いてみようと思っていたが、そう度々行けるものでもない。
予算が掛かるからだ。
どれだけ貧乏旅だと言えども、東南アジアに一度行けば十数万の出費は覚悟しなければならない。
しかも私が定年退職した後、コロナという世界的なパンデミックで、アジアを歩くという夢は中断されることになった。
最初に旅をしたのはスイスだった
もちろん空想の中の話だ。
スイスの西に人口2万人にも満たない小さな町がある。
そこに1ヶ月滞在する作り話を書いたことがある。
まるでコロナを予見していたかのような内容だがそうではない。
その時は空想旅行を目的にしたのではなく、定年退職者が海外でリモートワークをやったらこうなるというイメージ例を文章にしようと考えたのだ。
つまりただのブログネタだった。
書いていくうちに楽しくなった
その時はブログを書くのも飽きてきて、外出することもままならずやることがなかった頃だ。
一日に1時間程度日記を書くようにスイスでの日常を想像した。
高温多湿の日本を飛び出した定年退職者が、これまで勤めていた会社の仕事をリモートで請け負う内容だ。
場所はジュネーブから近いレマン湖畔のニヨンだ。
文章にするため毎日ニヨンのことを調べた。
グーグルマップでフランスやイタリアとの位置関係や、アルプス山脈の位置なども調べた。
毎日ニヨンをストリートビューで巡って想像した。
こうしている内にニヨンの土地勘まで付くようになり、しまいには空気感を感じるほどまでになった。
小説を読んだ時に行ったこともない場所のイメージを頭の中で作り上げるように、スイスの片田舎のイメージを記憶に留めていった。
それは例えばパッケージ旅行で一度スイスを訪れたことがある人と比べても、それ以上にリアルで長期的な記憶として深く残るものだった。
当時のブログ記事(2019年)
ジュネーブの最高気温は7~8月で25度前後だ。
そのジュネーブから北に30キロほど行くと、山と湖に囲まれたニヨンという田舎町がある。
7月の終わりから8月の終わりまでの1か月間をそのニヨンの安宿に宿泊して仕事をすることにした。
朝は15度にもならないので少し寒いが近くのカフェテラスでホットコーヒーを飲みながらノートパソコンで日本のニュースを見て過ごす。
目の前にはキラキラと朝日に輝くレマン湖が広がりアルプスからの南風が心地いい。
一通り日本のニュースに目を通したのでそろそろ出社することにしよう。
Zoomにログインして本社のチームに顔を見せる。
ノートパソコンのディスプレーには本社チームの顔ぶれが並んでいるが、気のせいか疲れた顔をした人も目に入る。
それもそのはずだ。
こちらの清々しい朝とは違い、日本は既に午後の3時なのだから疲れているのは当然だ。
WEVカメラに向かって音声チャットするのは控え、敢えて文字チャットで「おはようございます」と入力した。
「おはようございます、そちらの天気はどうですか?」と返してきたのは本社のチームリーダーだ。
WEVカメラを湖の先のモンブランの方に向け「見ての通り快晴ですよ、少し寒いですが」と言うと「羨ましいですね、日本は34度湿度80%ですよ、外に出ようとは思いませんよ」と返事が来た。
朝の挨拶が終わり「今日の資料はいつものフォルダーにまとめてありますからよろしくお願いします」というリーダーのチャットを最後に仕事に取り掛かる。
あと2時間はこのカフェテラスで仕事をする予定だ。
カフェの人もほぼ毎日コーヒーやパスタなどを注文してくれるので、いつも笑顔で接してくれている。
フォルダー内にある営業部から回ってくる見積書や提案書の確認をし、問題点を抽出して訂正案を提出するのが私の主な仕事だ。
特に注意をして確認しているのは営業利益を上げる要素を探し出すことだ。
昨日の書類からは50万円程度利益アップに繋がる訂正案を提出しているが、今週中に結果が返ってくるだろう。
この訂正案が本社チームの会議で認められ、契約に結び付けば私の取り分はその25%だ。
定年退職していているのでフルコミッションで委託されている業務だ。
長年勤めて培った経験と勘を定年退職後も使っているだけで、会社にとっても不利益はない。
次の土日はフランスのリヨンまでレンタカーで足を延ばす予定だ。
スイスは交通量も少ないので運転はしやすいはずだが、交通ルールには厳格な国なので特に注意が必要だ。
話の続きを少し
ブログで公開したのは、定年退職後にこのようなリモートワークがあれば最高だという文章なのでここまでにした。
しかしこの話には続きがあるのでその一部を紹介しよう。
ニヨンに来て10日目、いつものカフェでいつもの朝を過ごしていた。
今日はブリオッシュパンとコーヒーを注文し、リモート会議に顔を出した後見積書や図面をチェックした。
同じホテルに10日も滞在し、同じカフェに毎日1回以上来ていたらもうニヨンの住人と言ってもいいだろう。
もちろんカフェで働く女性とも顔見知りだ。
最初の頃はボンジュール程度の短い単語でお互い挨拶していたが、最近は相手の言葉が長くなってきた。
フランス語が分からない私は構わず日本語で話すことにしていた。
お互い理解できないから、相手も笑顔でコミュニケーションする以外ない。
しかしこの日は客が少なかったこともあり、スマホを取り出して日本語翻訳で話かけてきた。
私が「こんにちは」や「さようなら」と言うので日本人だと分かったのだろう。
「ここにはいつまでいますか?」と聞かれたので、私もスマホの翻訳アプリを使い「あと20日くらいいます」とフランス語で返事をした。
ここニヨンにはお城や博物館、史跡などもあり、毎日街歩きをしているだけでも飽きることはない。
一度ニヨン城のテラスで日本人観光客に会って話をしたこともある。
非日常を想像する幸せ
このようにいくらでも話を想像して膨らませることができる。
もちろん旅小説風に味付けをしたり、冒険心を煽るような想像も自由自在だ。
書いた文章はたまに読み返すことにしているが、他のブログ記事と違い書いた時に想像した風景が蘇るので再び非日常感を味わえる。
その記憶は文章の中以上の情報も蘇らせる。
例えばニヨン城のテラスからの視界だ。
レマン湖畔から見ると少し高台に建つニヨン城のテラスから見えるのは、中世のヨーロッパにタイムスリップでもしたかのような赤い屋根と青いレマン湖の風景だ。
この空想記事を書いた時、ストリートビューで何度もこの風景を見たので記憶に残っているのだ。
見ただけではなく想像とはいえ、そこでの出来事が非日常だったことで深い記憶になったのだろう。
記憶だけではない。
想像して書いている時も読み返している時も、他ではなかなか味わえない幸福感に包まれる。
しかもこの文章を書いている時は何より楽しいということだ。
Noteなどのブログ記事を毎日更新しているような人は経験しているだろうが、毎日文章を書くという行為はネタ探しだけでなく苦しみを伴うことも少なくない。
私もそのひとりだが文章を書くことに疲れ継続できないという人もいるだろう。
私も定年退職後多くの文章を書いてきたが、この空想だけの旅物語が一番楽しかった。
いや、いまだにそうだ。
今後も旅情報を盛り込んだ物語をこのNoteに書き込んで行こうと思う。
ノンフィクションもフィクションも何でもありの旅の物語だ。
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