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久しぶりに韓国に行ったら元気になった!

私は30年程前は韓国のリピーターと言えるほどだった。
第一次韓流ブームが始まる前だ。
まだ長男が中学生になったばかりのころ家族旅行でも韓国に行った。
同じような顔をした人が住み、2時間ほどで行けるほど近い国なのに文化はまるで違う。
それが韓国の魅力だった。

ぶらっと行くひとり旅で気分転換!

コロナ禍から何となく遠出するのが億劫になっていた。
車中泊で国内はウロウロしていたが、海外となると腰を上げるのに時間がかかった。
パスポートもいつの間にか期限切れしていた。
海外に行かなくなって5年程度経過していたが、その間に体調の変化ややる気の低下で海外旅への憧れが薄れたのは否めなかった。

思い切ったひとり旅の動機

定年退職してから社会からの疎外感や孤独感には少し慣れていたが、何もしない日が何日か続くとやる気のなさの悪循環に悩まされることになった。
何かしなければと思いながらやる気が起きない毎日を過ごしていた。
続けていたNoteも一日さぼるとどうでもよくなった。

そうかといって年金生活者の私にはそれほど金銭的余裕はない。
県職を定年退職して週に3日程度仕事に行っている友人が羨ましくもあった。
中小企業に中途採用で勤めていた私は、定年後に自分に見合った仕事を見つけることもできないでいた。

一歩踏み出す勇気が必要だった。

ある日、県のHPでパスポート申請のページを見つめていた。
パスポートを取れば何年か前と同じように再び心は動き出すのだろうかと考えていた。

これまでの経験から言っても、一歩踏み出すには旅に出るのが最も近道だ。
それも豪華なグルメ旅などではなく質素倹約の貧乏旅が相応しい。

そんなことを考えていたらいつの間にかパスポートの申請用紙をダウンロードしていた。

できれば行ったことがない国や地域が良かったが、予算を考えると近くて手っ取り早い韓国になった。
韓国なら気負いせず行けるはずだと考えた。

しかし私は何年もの間列車にすら乗ったことがない。
田舎者で車依存の生活をしている私は公共の乗り物は苦手だ。
それが初めてではないにしても飛行機に乗らなければならないことも腰を上げられない要因のひとつだった。

韓国ひとり旅の一歩

結局5年のパスポートを取り飛行機の予約をしたら後へは引けなくなった。
しかしそれから段々と心は前向きに動き出した。
韓国ひとり旅を決行する二週間ほど前のことだ。

何年も車旅ばかりしていたせいか何を持って行ったらいいのか定まらなかった。
それでもひとり旅リュックのパッキングは楽しくなっていった。

ああでもないこうでもないと考えることが全て前向きだからだ。
行かない理由を考えるのではなく実行するための思考だ。
その時から既に脳は韓国にいた。

今は飛行機に乗る状況も変わっているに違いないと思い調べると、モバイルチェックインというワードが目に入った。
どうもスマホでチェックインができるようだ。
やったことがないことは億劫だが初めての経験は旅の醍醐味だ。

韓国旅の前日さっそくスマホでモバイルチェックインをしようとしたが、何度やってもできなかった。
原因はジンエアー(LCC)のチケットが片道だったからのようだ。

当日妻に最寄り駅まで送ってもらい汽車に乗った。

兵庫県の北部から汽車に乗り三ノ宮に向かった。
もちろん最寄り駅は無人駅だ。
切符の買い方も分からないワンマン列車だ。
ドアもボタンを押さないと開かなかった。

姫路駅で新快速に乗り換える時、途中の改札で切符を通すことも知らなかったから駅員に聞いた。
いつからこんな決まりになったのか知らないが、私の記憶では乗り換えに改札などなかったはずだ。
こんな無知な人間が海外に行こうとしているのだ。

魚の水を得たるごとしのように変わる時

三ノ宮からバスで関空に向かった。
1時間程度で関空に着いたが、飛行機の出発時間までまだ3時間半もある。
慎重すぎる計画を立てたためだ。

2時間半前にジンエアーのカウンターに行ったが予想に反し誰も並んでいなかった。
これまでなら通路側の席を取るが、今回は釜山という近さから窓側の席をお願いした。

ジンエアーの窓から見えた雲海

飛び立ったのはちょうど夕方で雲の上の夕日が美しかった。
しかしLCC窓側席の圧迫感は尋常ではなかった。

帰りは絶対通路側だと思っていると釜山の金海(キメ)国際空港に着いた。
出国審査も入国審査もコロナ前とは違っていた。
人が直接審査するのではなくパスポートを広げて機械に置き、カメラに向かって待つだけだ。
韓国の入国では指紋も取られたが、流れは至ってスムーズだった。

釜山の空港を出て歩道を渡り右折してモノレールの駅に向かった。
釜山には30年ほど前に二度ほど行った記憶がある。
その時とは様子が違うがやることに躊躇はない。

駅に入ってすぐ目に入ったマネーボックスという両替店でウォンを買った。
その手前にある機械で持っていたTマネーカードに3万ウォンチャージをする。

階段を上がりモノレールに乗った。
そしてモノレールの終点駅ササンで降り、ササン駅近くのホテルにチェックインした。
考えてみると日本よりスムーズに移動しているように思えた。
水を得た魚なのかとも思えた。

やはり旅はいいものだ

翌日ササン駅から地下鉄でチャガルチ駅の次のトソン駅に行き、路線バスに乗って甘川文化村に行った。
現地ツアーを申し込めば安くても数千円はするが、路線バスなどを使って自力で行けば1回の運賃も数十円程度だ。

甘川文化村は釜山で今、最も有名になった観光地だ。
近くのチャガルチ市場や国際市場には行った記憶があるが甘川文化村は初めてだった。

甘川文化村を1時間ほど歩き、来た時と同じバスと電車でササンのホテルまで戻った。
ホテルで12時指定のチェックアウトを済ませリュックを持って今度は市外バスターミナルへ行った。
ササンでホテルを取ったのはこのバスターミナルが近かったからだ。

まだ時間は11時前だ。
ここへ来たのは高速バスで慶州へ移動するためだ。
奈良と姉妹都市の新羅の都、慶州に行くのも初めてだ。

鉄道ではなく高速バスを選んだのは便利だからだ。
韓国では1時間程度の都市間移動は鉄道よりも高速バスの方が便利だ。
新しくできた新慶州という駅も慶州の街外れにある。

その点、市外バスターミナルは慶州の街の中だ。

韓国の路線バスは運転が荒いので評判は悪いが、高速バスは高速道路を通るせいかそうでもない。
3列の少し豪華なシートで座り心地も悪くない。

心穏やかな慶州の1日

釜山で多くの坂道を歩いたからか疲労感は少なくなかった。
毎日ウォーキングをしているとはいえ30分程度だからこのような旅で歩く距離は比較にならないほどだ。

こんなに歩くのは何年ぶりだろうと思えた。
しかし疲労感はあるものの気分は悪くない。
初めて来た慶州の土地柄なのか、それとも海外にいるという非日常感なのかは分からない。
古墳群がある整備された遊歩道を歩いていると、木々の隙間から差し込む木漏れ日が心を癒してくれているようだった。

私が好きな石の遺跡が見えてきた時も疲れは忘れていた。
1400年前に作られた東洋最古の天文台だ。

休憩のために入ったカフェも非日常感に溢れていた。
歴史を感じる庭の先に古いたたずまいの建物が目に入る。
そこはカフェの一番奥にある二人掛けの丸テーブルだ。

庭から入った爽やかな秋風が頬を撫でて通り抜ける。
これほど居心地のいい場所は、日本でも見つけることは難しいだろうと思えるほどだ。

既にあの憂鬱な日常は忘れていた。
今日も昨日と同じく1万5千歩は歩いている。
普通ならヘトヘトのはずだ。

しかし私の心は晴れている。
どこにもネガティブな感情は見当たらない。

来てよかったと心から思えた瞬間だ。
続きはまた今度書こうと思う。

#韓国旅行 #ひとり旅 #海外ひとり旅 #釜山 #慶州


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