会社に行かなくてもいい自由は自由ではないと実感する時!
サラリーマンの定年退職者と言っても誰もが裕福なわけではない。
十分な退職金と年金を受け取り、老後の経済的心配もなく暮らしている人は多くはない。
多くの人が不安を抱えて老後生活に入っていったに違いない。
こんな自由な生活はお金には変えられない
年金生活と言ってしまうとどうしても経済的な生活を思い描くことになる。
厚生労働省の調べでも年金だけで生活できる高齢者世帯は44%なのだそうだ。
生活でさえままならないのに、そんな老後生活をどうやって楽しむことができるんだと考える人も少なくないだろう。
しかし意外に老後生活を楽しみながら生活している人も少なくない。
老後生活に不安を抱えている人の多くは、これから老後を迎える人たちなのかもしれない。
現実に年金生活に入っている私たちは、否が応でも生きていかなければならないということだ。
老後の夢を楽しみながら叶える
考え方さえ変えれば定年退職後の生活は夢のような人生だ。
お金がないからとうずくまって何もせずに生活している老人はいないだろう。
実際は自分のできることをやりながら生きている人がほとんどだ。
楽しいと感じることは人によって色々だ。
家の中で読書や料理をすることが楽しいと感じる人もいれば、外に出て体を動かすことが楽しいという人もいる。
できることをやりながら生きるとは、裏返せばできないことはせずに生きるということだ。
私の場合は、できないことの中にやりたくないということも含まれている。
無理に仕事をしてまでお金を稼いで好きなことをしようとは思わないということだ。
例えばこの前、韓国にひとり旅を決行した。
旅は定年退職後に憧れていた私のやりたかったことのひとつだ。
もちろんこれにはお金が必要だ。
年金は我が家の生活基盤なので私の夢に使えるお金ではない。
この旅を叶えるために思いついたのではないが、定年退職後に少しずつ始めていた身の回りの整理でフリマアプリを使って行っていた。
意外なものが意外な金額で売れることもあり、フリマアプリに出品することも楽しんでいた。
この売り上げが10万円程度になったのでひとり旅の予算に充てることにした。
韓国を5日間で釜山からソウルまで縦断するひとり旅の予算をその10万円とした。
そもそも他の国では予算が足りないから韓国にしたのだ。
やればできるものでこの5日間の海外旅の予算を10万円以内で収めることができた。
この予算目標を設定したことでタクシーに乗ることも許されないといった貧乏旅になったが、返ってそのことで旅のハードルが上がり楽しめたのだ。
自由こそが贅沢で楽しい
この旅で学んだのは自由の楽しさだ。
家の中で暇を持て余していたのでは感じることができない自由だ。
定年退職後の会社に行かなくてもいい自由は、本来の自由ではないということを学ぶことになった。
この旅で縛られたのは予算だけだ。
しかしそれが自由の楽しさを実感させてくれることになった。
まるで文化の違う国でその土地の人と同じように路線バスや鉄道で移動すること自体が自由である証だ。
例えば韓国の有名な観光地では、日曜日ということもありどこのレストランも満席状態だったが、ランチのためのレストランは諦め少し時間をずらして入ったカフェでチキン(唐揚げ)とビールを注文した。
予算を気にして注文したわけではないが、歩き疲れていたこともありこのチキンとビールは普段酒を飲まない私が最高だと感じるほど旨かった。
そのカフェの席から見える裏庭の風景や聞こえてくる音が、まるで小説の中にでも入ったような非日常感を体験させてくれる。
そよ風は優しくこれ以上ない心地よさを提供してくれた。
そしてそんな場所にいること自体が自由だと感じるものだった。
家で一人で過ごしている時とは違い、何故か客観的に自分をとらえることができるような気がした。
旅の途中だったがこの自由こそが楽しいと感じたのだ。
言い方を変えれば、自由に旅をして自由に行きたいところへ行くこと自体が贅沢過ぎる楽しさでもあった。
このようなひとり旅は若い人の特権のような気もしていたが、60代後半の私にも体験できることが分かった。
何かに縛られてこそ感じる贅沢な老後人生
サラリーマン時代はたまの贅沢が楽しみだったが、老後の人生でもそれは同じだ。
我が家ではたまに夫婦で出かける日帰り旅がたまの贅沢だ。
しかしこの贅沢は一人の時に感じる贅沢とは少し異質なものだ。
夫婦の距離感といった内容のテーマでNoteを書いたこともあるが、普段はべったりと一緒にいるわけではない。
定年退職後、家ではいつも一人で何らかの作業をしている。
その一人の時間をどうすれば贅沢な幸せに変えることができるのかということだ。
旅で学んだひとりの自由は家で何もせずにぼーっとしていることではない。
最低限何かで制約された自由だ。
例えば今もこの文章を書いているが、書いても書かなくても時間は同じように過ぎて何も変わることはない。
この記事が売れて収入になることもない。
しかし今日は書くことに縛られることで、ひとりでいる自由が楽しいと感じられるのだ。
先ほど書いた旅の話も書くことで再び脳内で記憶として再生される。
自由を満喫した思い出を再び呼び戻すことで幸福感を得られるというわけだ。
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