定年退職と農業
はっきり言おう。
私は農業が嫌いだ。
田舎に住む爺のくせにだ。
いや田舎に住む爺だから嫌いになったのだ。
定年退職したら農業という取り合わせ
田舎に住む私の周りでは定年退職したら農業に勤しむ人が多い。
なぜなら田畑を所有しているからだ。
この地域では定年を早めてまで第二の人生を農業に託している人も稀ではない。
都市部から農業をやるためにやってくる青年もいるくらいだ。
私が農業を嫌いになった理由
最近は農業をやったことがない人も増えている。
田舎の故郷へ帰った時、祖父や祖母が農業に精を出している姿を見る程度だ。
たまに芋掘りを手伝って「楽しかった」と言って帰っていく。
私がまだ小学生だった頃、土日になればたんぼにいって祖父の手伝いをした。
私の家は稲作を中心にした兼業農家だった。
農家と言っても最も中途半端な3反(約30アール)程度の稲作をやっていた。
中途半端と言っても家族が1年間食べるだけの米は充分採れ、余った米は農協に買い取ってもらっていた。
辛かったのは農繁期だ。
常識だが春は田植えで秋は稲刈りをしなければならない。
昔は田植え機やコンバインのような機械はなく全て手作業だった。
田植えは親戚まで駆り出され一列に並んで腰を曲げ苗を植えた。
もし今それをやれと言われたら30分で音を上げるだろう。
秋は稲刈りをして、稲木と言われる竹などを組んだ櫓に稲を掛けて天日干しをする。
乾いたらそれを降ろして脱穀していた。
楽しかったのは高い稲木に登ることくらいだ。
とにかく体中が痒かった。
嫌いになった理由はそれだけではない。
我が家の田んぼは、当時のその地域の主要道路(県道)と鉄道に挟まれていた。
春のゴールデンウィークや秋の連休は、その道を通って家族で遊びに出かける人も多かった。
通りがかった同級生に見られて学校でからかわれたこともあった。
日曜日に野球をしようと誘われても「家の手伝いがあるから」と断ったこともある。
農業の理想と現実
私も農業の全てを嫌いになった訳ではない。
アザミの咲く畦道やのどかな風景の中で土いじりをして、気が付くと西の空が赤く染まっていたりするような一日だ。
土づくりから始めてまるでフルーツと言ってもいいようなトマトを栽培してみたり、誰にも負けないようなナスを作ってみるのも楽しいだろう。
米や野菜をとことんこだわって作ってみたい気持ちもよくわかる。
もし私も都会育ちで農業未経験者なら農業に憧れていたかも知れない。
そして私が定年退職した時には使える農業機械はほとんど残っていなかった。
もし定年退職後に稲作を再開しようと思うならトラクターやコンバインなどを買わなくてはならない。
しかし農業機械ほど高価で稼働率の悪い機械はない。
我が家の3反たんぼを、手ごろな機械で田植えをしたとしたら半日も掛からず終わってしまうほどだ。
1年間に半日も稼働させない機械に何十万も出すことになる。
稲作をするなら田植え機だけではない。
花粉症でホコリを吸いたくないからとキャビン付きのトラクターや、キャビン付きのコンバインを買うとするなら数百万円の支出は覚悟しなければならない。
この地域では特産のネギを作っている農家も増えたが、見ていても決して楽しそうだとは言えない。
一年のうちでも最も暑い真夏に苗を植えて、最も寒い真冬に収穫しなければならないからだ。
草引きなどの手作業も決して楽だと言うことはない。
機械化されている方も見受けるがヘクタール単位の面積だ。
定年退職者が趣味の範囲でできることではない。
定年退職後に農業をやる条件
私は定年退職後に農業をやろうとはしなかったが、もし農業を楽しめるならと考えたことはある。
3反程度のたんぼで米を作るのは割に合わないどころの話ではない。
まさか手作業でやるほどの体力にも自信がない。
もしやるなら機械を必要とせず収穫は気候のいい時期の作物がいい。
誰にも作れないようなものを想像しながら、作業に没頭できる日々を過ごせる農業がいい。
そして農協や道の駅などに出荷するのではなく、消費者に直接届くような販路を見つけられることだ。
収益は生活基盤を年金だけに頼らなくてもいい程度でいい。
できれば農繁期シーズンではない冬に、10日ぐらい東南アジアにでも行く程度の余裕もほしい。
このような条件に合う作物を考えてみたが、そんな都合のいい農業が見つかるはずもない。
最もこの理想に近いと思ったのは果樹だったが、相対的に果樹は収穫できるまでの時間が長すぎる。
つまりは私のような横着者にできるような農業はないということだ。
そう言えば家の庭に生えている一本の金柑を収穫する時期だ。
定年退職後に毎年金柑の甘露煮を作るのが、農業嫌いな私の楽しみになっている。
鳥が先に収穫しないよう不織布を掛ける徹底ぶりだ。
昨年剪定したせいか今年は実も大きくて味も期待できそうだ。
定年退職後から金柑栽培に目覚めていたら、また違った人生になっていただろうと思う今日この頃だ。
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