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ボイスレコーダーの男③

《巡りの果て》

 私は今朝の男に電話した。あり得ない現実について共感がほしかった。彼は仕事中で、別の者が出て、おーいという声が聞こえた。彼がいたということは私だけの記憶の迷路ではなかった。
 彼が電話に出て、今朝のボイスレコーダーの続きについて、先ほどの出来事を伝えようとした。すると「今朝は悪かったね。拾ったときから壊れていたようだったよ。その後、音声は聞こえるようになったのかい?」という話を始めた。
 「今朝の喫茶店で聞いた男の声のことですが・・・」
 「いや、本当に、最初から音がでなかったんだ。仕事があったんで、終わったら交番にでも届けようと思っていたよ。まあ偶然だけど、落とし主に戻ってよかったよ。申し訳ないけど仕事中なんでね。まあ、録音の仕事頑張ってくれや・・・」で、彼の声は途切れた。

***

 夕刻になり、ホテル2Fのビュッフェで食事をし、その後は、静かな夜が流れ、翌朝はカーテン越しの光りで快晴だとわかった。
 チェックアウトまでに仕事道具と生活道具をコンパクトにまとめ、明日のホテルの位置を確認した。そこまでたどり着くのにローカル線と飛行機とタクシーと船で、乗り継いで行かなければならなかった。
 床にNo.3のボイスレコーダーが落ちたままで、気味が悪いと思いながらも、機器が番号順に収められている専用のバッグを取り出した。
 既にNo.3の機器が入っていた。どういうことだろう。裏面の赤い油性マジックの筆跡を確かめた。微妙に違うようで近づけてみると全くそっくりの字体だった。そうすると、中身はやはり鳥の声と男の声に分かれるはずだった。私は意外と冷静になっており、むしろ2台あった方が現実的だと思った。その方が自分の記憶に合っていた。
 つまり、やはり、私の行動を予想してみせた人物が、私の宿泊先を知っていて、本物の機器の方をホテルに届けたに違いなかった。だとしたら、私がホテルに戻ったときには既に部屋には2台あったはずだった。同じように見えた機器を代わる代わる再生していたに過ぎなかった。

***

 私はホテルのアンケート用紙に縦横十字の線を書き、上下に本物と偽物、左右に喫茶店とホテルとに分けてみた。そして時系列に自分がいつどこにいてどの機器の音声をきいたのか、謎の人物がいつどこでどうしたのか点と点をつなげていった。
 私は仕事柄、天気予報や納入する音声の長さや鳥の種類毎の居場所や鳴く時刻など、一人で計画的に判断しなければならないことも多く、今回もそうしたやり方で乗り越えられると信じていた。
 しかし、何度点と線を描いても無理があった。結論は、私=謎の人物ということだった。これであれば喫茶店での偶然の出会い以外は全て説明がつけられた。
 私は念のため財布に入れているレシートを確認した。やはり私は数日前に量販店でボイスレコーダーを1台購入し、100均で布袋も購入していた。なぜ追加で買ったのだろう。そしてなぜNo.3と記入したのだろう。
 そして、何のためにもう一人の私は私を怖がらせたのだろう。
 今日から夜までは移動で忙しかった。仮に身近に謎の人物がいたとしても、仕事をやめるわけにはいかなかったし、手を抜くわけにはいかなかった。
 チェックアウトし、近場のローカル線に揺られながら、今の私はどちらなのだろうと窓の外の田園風景を眺めていた。

ボイスレコーダーの男①《拾った男》
ボイスレコーダーの男②《ホテルでの再生》
ボイスレコーダーの男③《巡りの果て》←今ここ
ボイスレコーダーの男④《気になる思い出
ボイスレコーダーの男⑤《対話の試み》

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