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村長の引継ぎ⑤

《運動会の準備》

 まだ季節は春で、夏に向けてのゴミ施設再建工事と、来年度春に向けての小学校分校の話を推し進めていきながら、五月は村を上げての運動会の準備が急務だった。
 夏祭りや秋祭りもあるものの、小学校がない分、子供らの歓声を聞ける、そうしたイベントが村の重要行事だった。

 役場から自転車で十分ほどの自宅に寄るのは週一で、あとは新村長としての仕事が目白押しだった。運動会の実施パターンは村長室の棚に整理されており、ここ十年はメニューが変わることはなかった。
 子供から大人まで全員参加で、赤白対抗の昔からの綱引きや騎馬戦に加え、この村特有の木登り競争や、綱渡り競争など、危険な競技もあった。数年前にどちらも怪我をした大人がいたが、あまり頓着せずに同じ競技が繰り返されていた。

 問題は赤白の分け方だった。これが諍いの元になりやすかった。かなり昔は村の東西に分けてやっており、村の分布から南北に分けたこともあったり、くじで決めたこともあったりして、一度そうした分け目を変えると、公平不公平の意見が出やすくなっていた。
 居住地で決めると、どうにもその方面の団結はできるもの、他は反目しやすくなり、村に悪い事件が起きれば、他方のせいにしたりして、よくない歴史もあった。
 一方くじ引きでは団結することもできず、運動会の盛り上がりが最も低くなったやり方だった。
 なので、居住地の位置で決めるものの、東西南北の分け方は毎年四十五度ずつ時計回りにしていき、人数バランスが悪くなる場合は、境界になる家で調整することで、向こう数年の計画とした。

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 赤白の分け方を決めたら、代表を決め、それぞれの事務局を決め、競技の参加者を決める段取りになっていた。今年は、東西パターンで、丁度私の家が境界なので、数の少ない西軍になることで、大方が決まっていった。
 東軍代表は、旧村長の息子の山形一雄が立ち、西軍代表は、山那家の隣の菅原さんの親父さんとなった。菅原さんは足自慢で、けもの道を通っての街の往復はお手のものだった。ただ、農協の用事がてら、パチンコをしに行っているとの噂もあった。そこは主婦たちの情報網から知っている河野さんの話だった。

 村の運動会は五月三十一日の日曜日で、村の真ん中にある唯一の丸い広場が会場だった。数日前から主婦たち中心に草むしりが始まり、固くなった土の表面を掘り返して、ローラーで平坦にしていった。

 運動会を明後日に控えた夜に、役場の連中と運動会代表と事務局が集まった。恒例の前夜祭なのだが、割と真剣な催しでもあった。
 広場の中央にドラム缶を立て、燃えた石炭の上に薪をくべていくと徐々に火柱が成長し、ドラム缶の上方が真っ赤になって鉄が溶けるのではないかというほどになっていった。
 
 副村長は、赤い炎の反射で太った鬼のような顔つきになっており、それを見た役場の連中全員が笑いを押し殺して、行事の進行を見守っていた。
 鮒嶋さんは、東西に分かれた代表らに目配せし、では始めましょうと大仰に手を振った。

 赤い帽子を被った山形さんと白い帽子の菅原さんは、広場の東西に分かれて腕を組んで対峙し、山形さんはポケットからメモを取り出し、この度の村の運動会においては、代表山形一雄は全力を尽くして戦うことを誓います、と菅原さんに向かって照れくさそうに宣誓し、次に菅原さんは老眼なのかメモを遠くして、同じ文章を棒読みした。
 その昔はもっと厳かなやり取りがあったようだが、ここ数年は印刷された口上が引き継がれており、ドラム缶の焚火を見ながら、そのやり取りを皆で眺めていた。

***

 審判やスタート・ゴール係は公正を期して毎度村の議員の役目だった。一競技数名ずつで、全部で計七競技だったので、実はそれほど大きなイベントではなかった。
 毎年の運営マニュアルは以下の通りだった。

 1.開会の挨拶(村長)
 2.事務局からの注意事項(副村長)
 3.徒競走
 4.木登り競走
 5.綱引き
 6.騎馬戦
 7.綱渡り競争
 8.昼食・休憩
 9.玉入れ競争
 10.リレー
 11.採点
 12.閉会の挨拶(副村長)

 各競技の人数は昨年とあまり変わらず、参加者の上限年齢の議論はあったが、七十歳でも足腰が強健な者もいて、競技によっては子供が得意な分野もあり、それぞれのチームの作戦で競技者は決められた。重複は三競技までで、男女は公平な人数参加となっていた。ときには六歳の子が木登りで一位を取ったり、騎馬戦は大人子供混合だったり、綱渡りは女子が得意だったりと、色々な組み合わせがあった。

 運動会の日まで、村のあちこちで練習する風景が見られた。木登りをしている子供、木の間に張られた綱渡りのロープ、神社を周回してのバトン渡しなどなど。
 
 運動会の道具は、役場の倉庫から会議室に運び込まれ、埃が払われ、赤白に並べられ、村会議員らが手分けして準備を進めていった。
 安田さんは絡まった万国旗を解くのに夢中になっていた。
 河野さんは、布が綻びている玉入れの玉を丹念に縫っており、途中で雨予報を放送しに行き戻って作業を続けていた。
 しばらくすると有線放送の拡声器から雑音が響いており、よく聞くと副村長の独り言や鼻歌のようだった。今年はよー、おらの息子はリレーだべー、あー走れよー、頼むよー、赤の命がかかってるだよー。
 河野さんが気がついて大急ぎで放送室に走り込み音声入力を切って、この鮒公!あほー!と怒鳴った。鮒島さんは、ずり落ちた眼鏡上げて彼女を見たが、なんの剣幕か全く分からず、若い女は怒りっぽいねー、と事務作業を続けた。

【村長の引継ぎ】
最初の話:
村長の引継ぎ①《着任の日》
前の話:村長の引継ぎ④《村長の仕事始め》
この話:村長の引継ぎ⑤《運動会の準備》
後の話:村長の引継ぎ⑥《村の運動会》

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