村長の引継ぎ⑪
《開校式》
8:40になり、それぞれが会場に集まってきたが、校長達が遅れていた。
時間が経過し、会場に集まった子供らも関係者も少しざわついていた。
ゴミ施設前で校長と市議を出迎えようとしていた安田さんは、ふもとに続く山道を下っていくと、途中で車から降りて、えっちらおっちら上ってくる三名と会い、なんとか定刻ギリギリに会場に着くことができた。
運転した秘書の話では、黒塗りの車の車幅では、山と崖下に挟まるカーブで運転が怖くなって諦めたとのことだった。
着いて早々に校長の挨拶が始まった。
車から降りるときに山肌の斜面にスーツをこすりつけたのか、左腕が土だらけになっている校長は壇上の水を飲みほして、この大いなる自然の中で、我が大川小学校の分校ができました。分校開校に尽力して頂いた方々有難うございます。分校に通う生徒さんたち、おめでとうございます。そして、この分校は夏休みには街から来た子供たちの合宿所になり、大自然の中で大いなる人間性を養う場となります・・・。
もう高齢で白髪の校長の体躯は重そうだったが、頼もしさがにじんでいた。合宿所のくだりでは村上さんが涙をこらえていた。
次に登壇した小柄な市議は山道でのデインジャラスな体験冷めやらずといった調子で祝辞を矢継ぎ早に話した。なんと野趣あふれるところでしょう、という言い方には、なんと怖かったことでしょうとも聞こえていた。
一呼吸おいて周りを見渡し、市町村の道路問題から過疎化や少子化の問題といった、市議会でやるような話となり、途中で分校の開校式だと気が付いて、唐突に挨拶が終わった。
私は、開校までの苦労話と、分校が村の発展の礎となる旨のお礼をし、そのあとは山形君の挨拶となり、奥に立っている旧村長が誇らしげになっているのがわかった。
彼の挨拶が終わり、拍手があったが少しの間立ったまま宙を見つめ、これまで頑張って頂いた前村長にも感謝しますと、手の甲に書いてある文言を読み上げた。
副村長の歴史紹介のくだりは、彼ののんびりした口調もあってか、田舎に来たなあといった風情を感じさせ、参加者の欠伸を誘っていた。
その後の村のイベント風景上映では、河野さんのマイク越しの美声が響き渡り、村の自然や畑仕事の風景や運動会や村踊りの様子などのビデオ映像が、遠い国の映画のように見えた。
次の山田先生の中締めは、先生としての抱負が一言だけだと思っていたが、昆虫の話も追加され、生徒と新種の虫を発見した折には!といった宣言もし、分校と合宿の生徒の大喝采をもらっていた。
その後、主に角島さんと細田さんより、校長と市議向けに新築の分校と合宿所の案内があり、それと比べてみすぼらしい村役場は遠くからの紹介だけで終わらせていた。
分校の親はもちろん参加していたが、合宿の生徒の保護者も当日山登りで来られた方も二名いて、彼らと校長と市議と村役場の連中とで懇親会になった。
来賓以外は小学生用の椅子に身をかがめて腰かけ、例によってふるまわれた地酒を飲み、昼からの宴会モードになっていった。
河野さんが毎度用意しているので、悪いねと言うと、親戚がふもとで酒蔵を営んでいて、運動会の綱引きで活躍した母親が毎晩晩酌するので家には一升瓶がいつも一ダースはあるとのことだった。父親も飲むのか聞いたら、一滴も飲めません、と答えた。
***
宴会の間、安田さんが立ち往生した黒塗りの車をゴミ施設まで運転してきており、帰りは万歳三唱のなか、彼が運転してふもとまで送り、助手席の秘書の背中が寂しげに見えていた。
その後、合宿の生徒たちも出発の準備を終え、分校の生徒達の歓声の中で、また夏に会おうと手を振りながら、村上さん先頭、山田さん最後尾で下山していった。
後日、開校式の写真撮影をしていた山那さんから引き延ばした写真を頂き、分校と合宿所の前に額縁に入れて飾った。
大きなイベントが終わり、既に夕刻になっていたので、鮒島さんと河野さんにお礼を言って、私は役場の宿泊部屋で寝転んだ。
村長になって一年越しで四つの公約が実現したことに満足していた。
分校生徒の保護者名を確認するのに、村民の名簿を持っていたので、それを取り出して眺めた。独り身は少なかった。俺もそろそろだなと思いつつ、しばし畳の上でうとうとした。
外も暗くなり、懐中電灯の気配のあと、安田さんに続いて、山田さんと村上さんが戻り、明かりのついていた役場に挨拶に来た。安田さんは市議の秘書の家で夕食をごちそうになったとのことだった。
明日から新学期ということで、山田さんはこんな時間割といってスケジュール表を見せ、村上さんは、朝昼晩の支援メニューを話してくれた。
そういえば、彼らも独り身だったので、できるだけ村の子と一緒になって、こちらに居を構えてほしかった。
【村長の引継ぎ】
最初の話:村長の引継ぎ①《着任の日》
前の話:村長の引継ぎ⑩《開校式の準備》
この話:村長の引継ぎ⑪《開校式》
後の話:村長の引継ぎ⑫《結婚相手》
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?