枝
ランドセルに木の枝が入っていた。
何の木かはわからない。長さは10cmくらいで、先が二股に分かれいる。にぎるとヒンヤリと冷たい。少し強く握ると暖かく、微かに生命を感じた。ただ、それは手のひらの温もりである事はわかっていた。
デコボコとした表面はかさぶたが固まったようでもあり、恐竜の皮膚のようでもあった。恐竜を思わせるさわり心地を気に入り、僕はそれを勉強机に飾る事にした。
勉強机にはいくつもの先客がいる。
母の旅行土産のクッキーが入っていた空き缶と、そこに入れた鉛筆たち。消しゴムも入れたが取り出し辛くて、缶の底で黒くなっている。
迷路ばかり描かれた自由帳。細かくページいっぱいに描かれているが、手のひらで擦ってしまい、黒ずみ、ゴールへの道は塞がれている。
学校で使う教科書とノート。忘れ物が止まず、全てをランドセルに入れるようになってから、それらは勉強机から姿を消した。ブックエンドだけが寂しそうに倒れている。
一番のお気に入りの恐竜図鑑。何度も読み、乱暴にページをめくった事もあり、ボロボロだ。カバーは首の皮一枚の状態で本にしがみつき、破れたページは適当な箇所にまとめて挟まれている。好きな恐竜が描かれたページは意図して破った。図鑑は本棚には戻されず、机の中央を陣取り続けた。
木の枝は、その恐竜図鑑の隣に飾られた。
木の枝を見ながら恐竜図鑑を読むのが、楽しかった。樹皮を撫でては、恐竜に触れていると錯覚をした。いつか恐竜に変身して動くのでは、と思った。
そして、ある夜、夢を見た。
空を飛ぶ僕は、地上を丁寧に一歩ずつ歩く恐竜を眺めている。穏やか表情で哲学的な瞳をし、未来に想いを馳せているように見える。
夢中で下を見て飛んでいたせいで、正面の何かにぶつかった。視界におさまらないほど巨大な樹だ。樹齢は世界と同じくらいだろう。樹にとって身体のほんの一部であろう一本の枝が、恐竜のように大きい。よく見慣れたその形は、夢の外では机の上で小さく謙虚に座る、あの木の枝のそれだった。
全身を使い必死にその巨大な枝にしがみつく。力いっぱいくっつくと、身体が枝と一体化していく。やがて僕は枝になる。
地上を見ると、恐竜たちは地面に埋まっている。太陽を見上げ、そのまますくすくの伸びやかに育っていく。
ああ皆、樹になるんだ。恐竜たちも、僕も。
目覚めると机の上に木の枝が無かった。母が捨てたのだろう。
膝に出来たかさぶたがとても痒い。かさぶたは、なんだか懐かしいさわり心地だった。