全員、善人。
「平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。」
夏目漱石さんの著書『こころ』の一節です
私が「こころ」を初めて読んだのは中学生のころ。読書にはまり始めた私は、小学生の頃はかいけつゾロリシリーズやハリーポッターを読んでいたのに、急に「有名な日本作家の小説を読むべき」という謎の考えにとらわれて夏目漱石や森鴎外、芥川龍之介にばかり手を出しました
今考えればおかしなものです。中学1年か2年で夏目漱石の『草枕』に手をだすなんてどうかしています。「山路を登りながらこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角この世は住みにくい。」なんて、今読めば理解できるけど中学生が理解できるものじゃありません。これで読書が嫌いにならないでよかった…
『こころ』も当時はほとんど理解できませんでした。ようやく理解ができたのは確か高校2年生くらいの頃。全文それなりに集中して読みましたが、冒頭に引用した文章はなんとなく印象に残っています。
この文章の前後を書くとこうなります
「田舎者は都会のものより、かえって悪いくらいなものです。それから、君は今、君の親戚なぞの中うちに、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」
文脈からも前後からも、冒頭の文章は「この世の中、良い人ばかりではない。普段は良い人間だと思っている人も、化けの皮が剥がれて悪人になることもあるのだから気をつけなさい」という警告に近いものだと私は解釈していました
でも、ついさっき偶然Twitterの「青空文庫から抜粋するbot」さんのつぶやきで冒頭の一節を見ると違う見え方がしたんです
私はTwitter、Instagram、LINE等々一通りのSNSをやっていますが、コロナの流行が問題になった去年の4月ころからSNS上で(特に匿名性の高いtwitterで)心ない言葉をはく人が増えたように感じます。自粛している人が自粛していない人間をたたいたり、あべこべに自粛していない人が自粛している人を馬鹿にしたり。オリンピック選手がツイートすれば「こんな状況下でオリンピックに出ようとしているのか。辞退しろ」とリプが飛んできて、医療従事者の方が辛い心情を吐露すれば「それが仕事だ。お前だけが辛いと思いな」と叩かれる…。今やSNSは悪人だらけです
でも、その人たちが100%悪人かと言えばそうとも限りません。家に帰れば優しいお父さん/お母さんとして子供に無限の愛情を注いでいるかもしれないし、ご両親のお世話をしているかもしれない。職場ではたくさんの人の命を救ったり部下のミスを怒りもせず修正してあげたりしているかもしれないし、買い物に行けば店員さんに笑顔で「ありがとうございます」と言っているかもしれない。
何もSNS上の悪者だけではありません。道に平気でごみを捨てる人だって、お店で店員さんのちょっとしたミスを怒鳴りつけるクレーマーだって、あるいは殺人者や放火魔といった犯罪者だって…100%悪者じゃないと思うんです。もちろん、だからと言ってポイ捨てやクレームや犯罪が許されることはありません。でも、彼等にも善人としての一面がある
そう思うとちょっとだけ優しくなれる気がします
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