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1杯のリンゴジュース


ちいさかった私と…
もっと ちいさかった弟へ…

あの時 ドキドキしたね
怖かったね 不安だったね

でも  とても  おいしかったね


ちいさな手を、ぎゅっと握りしめ、
何時間もかけて、
やっと… やっと…
リンゴジュースを飲むことができた。

親も知らない。 ナイショの話。

私たち(姉弟)の心は、あの夏、大冒険をしていました。



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空港のロビーで、
大きなリュックを 背負ったふたりは、
その時、小学生でした。

父の仕事に同行するため、
オーストラリアに向かう飛行機を見て、

「ほんとに飛ぶの?
 こんなに重くて、大きな飛行機が?」

想像もできない
数々の初体験を前に、
心を不安で、いっぱいにしていました。





背の高い人々の列が、ゆっくりと動き始めます。





なんの心の準備もできないまま、
ちいさな私たちは、その列に混ざり、
搭乗する飛行機へと…
ゆっくり、押されるように、向かいました。

飛行機のドアが見えてきて、ちょっと怖い。。

通路は少し揺れるし、
すきま風が、ヒュっと体にあたるのです。

揺れる ・ 風 ・ 高い場所 ーーーーー


それは、観覧車に乗る前の緊張と、
少しだけ、似ているように感じました。

私の緊張は、ほんの少しも、とけぬまま…
飛行機に近づき… ドアの中へと、入りました。
初めて乗った機内は、、すごかった。



かっこいい! 宇宙みたい!



一気に、胸が高鳴りました。
カーブした壁面、白い天井、光るライト、大きなスクリーン。窓、窓、窓!

こんな場所が、あったの!!?

ワクワクしながら、弟と一緒に、
チケットに書かれた数字を見て、探して、
自分たちの座席を見つけて座りました。
立派なイスは、映画館のようでした。

「すごいね。すごいね。」
「すごいね。すごいね。」

私たちの興奮はやむことなく、
巨大で重いはずの飛行機は、
驚くことに、空へと向かって、
本当の、本当に・・・ 飛んだのです。




『飛んだーーーーーーー!!!』




夢をみているようでした。
自分の体が、空に押されるように傾いて、
ぎゅっと、ベルトをつかみながら、
弟と一緒に、窓の外を……
離れていく地面と、近づく雲と、大きな空を見つめていました。

すごいスピード!なのに、
髪が激しくゆれないことが、不思議でした。





あ、れ・・・・・?





私は、異変に気づきます。
ついさっきまで聞こえていた言葉が、
『日本語』が、全然聞こえないのです。

機内には、何人かの客室乗務員さんがいました。

新聞や、雑誌をわたしたり、
ブランケットをわたしたり、
人が、動く姿は見えるのですが……
すっかり『日本語』が、消えてなくなっていました。


日本語を話す 客室乗務員さんは、いなかったのです。


心臓がドキドキ、、急に不安になり、、
「 しずかだね…… 」
弟と、こっそり、話しました。
静かにしなきゃいけない場所なのかな、と思ったからです。

大きなイスに、
ぴったり背をつけて、頭もつけて、
その場に慣れようと、頑張ってゆっくり、呼吸をしていると、


カタ カタ カタ ……


客室乗務員さんが、何かを運んできました。
それは、飲み物のようでした。

「なにか、くるよ。」

弟と私は、身構えました。
周りの様子を、ジッと見ました。
飲みたい飲み物を、自分で伝えなければいけないようです。

「くる… くるよ? どうしよう??」

私たちの順番も、
じきにやってくることが、
なんとなく、わかりました。



客室乗務員さんは、日本語が話せません。
私たちは、英語が話せません。



あせって、困って、困りすぎて、、
少し離れた席にいる父の姿を、探しました。

父は、

天井に向かって大きく口を開き、
頬の筋肉をだらりとゆるめ、
目はしっかりと閉じていて、
それらは、確実に・・・
眠っていることを示していました。


『父が爆睡している。』と、確信しました。

『親は意外と、あてにならない。』と、学びました。


私の頭の中では、うまく処理できない
学びの交通渋滞がおきていました。赤信号!
とまって、とまって! 止まりません。。

わ~、自分たちの順番がきてしまう、、
「どうしよう! どうする??」
弟と相談しました。そして、弟がいいました。



「コーラって、えいご?
 ぼく、コーラがのみたい。」



それだ!!!!!!!



弟を誇りに思いました。
至福の時間が近づいてくるのを感じました。
そして、
私たちの順番がきます。
眠っている人たちの邪魔にならないように…
ちいさな声で、いいました。



「・・・コーラ」



私たちが受け取ったのは、でした。
弟が、目を丸くして驚いています。

「み ず が、きた。。」


なんで?????


私も弟も、水が、苦手なのでした。。
「飲める?」と弟に聞くと、
「う~ん、、」と困った顔をして、コップを置きました。



「・・・声が、ちいさかったのかな?」



もし次があったら、
もっと大きな声で言ってみよう、と話しました。しばらくして、



… あ! きた。
… また、きたかも!



客室乗務員さんが、またじわりじわりと
近づいてきます・・・
でも、何だか様子が違います。
今度は、首を、右に左にふりながら、、
こんなことを言っています。


「ティー オァー カフィ」

「ティー オァー カフィ」

「ティー オァー カフィ」



「・・・」



全然、分からない。。
でも、コーラが無さそう…
ということだけは、何となく分かりました。

先ほどの水が残っていたためか、
私たちは、
ティーも、オァーも、カフィも、
受け取ることはありませんでした。



ちょうどその頃、機内食も運ばれていて…
何が入っているのか、
食べられるものなのか、
不安に不安を重ねていた私たちですが…

お皿にかぶせてある銀紙を
エイっ!と、めくると、
グラタンが出てきたのでホッとしました。
まだ温かくて、おいしかったです。

飲み物の心配が、頭から離れてくれず、
ゆっくりゆっくり、かんで、頂きました。





飛行機に乗ってから、
だいぶ、時間が経っていました。
時々お水を少~し口に含んで、過ごしていました。
もう、このお水しか飲めないみたいだ。そう思っていました。でも、


きたんです。
飲み物の、カタカタが!
最後のチャンスかもしれない、と思いました。
もう本当に、のどが渇いていました。


「自分で言える?」弟に聞きました。
「うん。」と弟は答えました。

「コーラ!」

前回よりも大きな声で、弟は言えました。
私は弟がとても誇らしかっ、、え、、、



水が、きました。



なんでぇーーーー!!!???


説明しよう。
水は英語で「ウォラー」← コーラと似ています。
コーラは英語で「コ~ク」←「コック」じゃないよ。要注意。

コ~クと言ったら、コーラをゲットできたかも。
でも、私たちはその時、英語を話せなかった。一言も。

・・・本当に?


あ!!! その時、見えたんです。
カタカタの中に、
リンゴジュースが、あったのです。

りんごはたしか… たしか… アップ ル…


「アップル!」



私は言いました。
私の手に、コップ一杯のリンゴジュースが、届きました。


お、 お、 おいしい・・・ ( ;∀;)


絶対に絶対にこぼさないように、
両手でしっかり、緊張しながら持って、
弟と一緒に、飲みました。
本当に、とてもとても、おいしかっ、

その時です!

うしろの方から、
元気なおばちゃんの声が聞こえました。


「グリーン・茶ー!」



ひゃ!!!!! び、び、びっくり。
それは、久しぶりに聞こえた日本語なのでした。

「今、ちゃって、きこえたね。」
「グリーン茶って、きこえたね。」

その発音は、私たちのよく知っている
「かめはめ・波ー!」
と、そっくりだったのです。



弟と笑いました。 たのしいねって。



緊張が、一気にとけた、瞬間でした。
グリーン茶!の一言で…
がらりと楽しい思い出に変わったんです。
緑茶のおばちゃん、ありがとう。


ちいさかった私と…
もっと ちいさかった弟へ…

ドキドキしたね 緊張したね

でも  とても  たのしかったね



むりに話さなくても きっと 大丈夫



ぎゅっと握った ちいさな手を
ゆっくりひらいて ほしいものに向けてごらん…
「これが ほしいのね」って
わかってくれる人が いるかもしれないよ



あなた達の ちいさな手が 懸命にえらぶ
その味が…
その先の未来が…
おいしく 楽しいものでありますように

乾杯!

きっと明るいと願う… 未来で待っています。







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