君の弾丸を 消したい
ーーー レイモン、私を覚えていますか?
私は、きっと忘れない。
レイモンは、とても、やさしい時間をくれた人でした。
高校1年生のとき、
突然、ブラジルからやってきた男の子。
それが、レイモンでした。
サッカー部の大勢に囲まれた、人気者。
これが、私が最初に抱いたイメージで、
クラスが違っても耳に入ってくるほど、
話題の転校生でした。
当時は、空前のサッカーブーム。
Jリーグが発足され、
スターチーム、ヴェルディが誕生。
テレビは連日サッカーの話題であふれ、
弟は毎日、カズダンスをまねていたし、
私もカズがゴールを決めると
すべてを忘れテレビ画面に見入っていた。
三浦兄弟、ラモス、武田、
北澤、本田、アルシンド、
ジーコ、井原、ラモン・ディアス……
サッカーに詳しくない私でも、
スター選手の名前が次々とあがる。
それだけ日本が、サッカーブームに沸いていた時だった。
私の通う高校でも、サッカーは大人気で、
サッカー部の部員数は、
100人をかるく超えていたと思う。
サッカー部だけ、部室が大きかった。
サッカー強豪校には、ブラジルから
たくさんの留学生がきていたらしい。
そんな中、
ブラジルからレイモンがきて、
サッカー部に入った。
それはとても、自然なことに思えました。
ーーー なぜ?
ーーー どうして?
レイモン、ごめんね。
私は、まだ話したことも、ない。
そんな頃から、
あなたを苦しめた、ひとりだったのかもしれない。
サッカーが好きで、
サッカーの経験者。
だったのかもしれない。わからない。
レイモンは、
レギュラーに、選ばれなかった。
校庭で、
サッカーの練習をしているところを
見たことがある。
ひとりだった。
一度じゃない。
レイモンは、ひとりで、
サッカーの練習をしていた。
あんなにたくさんの人に囲まれていたのに、
なぜ・・・?
言葉のかべが、あったのかもしれない。それも、わからない。
わからないことが、悲しいほどに多いけれど、わかることもありそうだ。
たとえば私が、遠い国へ転校して、
「日本人だから、折り紙得意でしょ?」
「日本人だから、相撲部へ入って。」
「弓道見せて!」「柔道教えてよ!」
こんな時、私なら、どうしたかな …
きっと、困っただろうな。
レイモンは、ブラジルから来た、
サッカーと日本語が、ちょっと苦手な男の子。
・・・だったのかもしれない。
ーーー 高校2年生。
ーーー 私は、レイモンと同じクラスになった。
私は、高校の教室が苦手だった。
整髪料、化粧、きつい香水の匂い・・・
窓を閉め切った教室にいるのは、つらい。とても、苦痛だった。
中学のときは、こんな匂いなかったのに。
田舎の中学校で、男子も女子もなく、
木登りをして、水遊びをしていたのに。
そこに化粧も、香水もなかった。
中学のメンバーに、もどりたい。。
メンバーチェンジを、お願いしたい。
そうすれば、きっと… きっと… !
それも、わからない。
中学を出て、新しい匂いを身にまとう。
そんな時期に、いた、だけなのかもしれない。
私だけ、流れについていけなかったの?ーーー
そうなのかな… でも…
きつい香水のただよう教室に、
香水をつけていなかった生徒も、きっと、いたはず。
私の心と嗅覚が、その時それに、
気づけなかった。だけ、なんだろう。
挨拶をしても、返事がない。
クラスの男子と目も合わさず、挨拶もしなくなった。
それが私の、高校2年生だった。
高校3年生は、もちあがりで全員同じメンバー。
2年2組が、3年2組になっただけ。
高校3年生の、秋、 ーーーーー
私は初めて、レイモンのとなりの席になった。
レイモンは、時々テニス部の男の子と、
野球部のSくんと、一緒にいた。
野球部のSくんは、明るくて話し上手な人。
私も、会うたびに、Sくんとは話をするようになっていた。
「お、は、よう。」
レイモンが、声をかけてくれた。
席替えをした翌日のことだった。
照れていたのかな…? 少し笑っていた様子。
「おはよう」
私も、レイモンに、挨拶をした。
4文字のことばを、伝えた。
この瞬間から、私の高校生活が、変わっていく・・・
教室の最前列にならんでいる、私たちの机。
レイモンが窓際で、私はそのとなり。
レイモンは、窓の外をながめていることが多かった。
でもいつも、鉛筆を(時々ゆらしながら、)手に持っていた。
あ・・・
1日だけ。鉛筆をもっていない日があった。
私は、消しゴムひとつと、シャーペンを貸した。
1日だけ。私には勇気のいることだった。
⦅ 私の持ち物… いやじゃないかな?⦆
1番シンプルな柄のものを、選んで、渡した。
「ありが、とう」
レイモンは、受けとってくれた。
少し、笑っていた。 とても、嬉しかった。
それから、何日も経って…
高校生活、最も印象に残る、出来事がおこる。
突然、アンケート用紙が配られた。
クラスの女の子がひとり、黒板の前に立って説明をはじめた。
「もうすぐ卒業なので、卒業文集にのせるためのアンケートを行います。それぞれの項目に思い当たる人の名前を書いてください。書き終わったらこの箱に回収します。」
えっ…… いやだ。。
とっさに、そう思ってしまった。
きらわれる自信しかない私は、焦ってしまった。すぐに、全項目を見た。
【頭がいい人】【スポーツが得意な人】【面白い人】【やさしい人】【器用な人】【料理が得意な人】… いろいろあった。他にもたくさん。
ホッとした。 マイナスな項目がなかった。
・・・ あれ?
ふと顔をあげると、レイモンの様子がおかしかった。
おでこをさわったり、足をさすったり、
頭をかいたり、手をかいたり、高速で、
もじもじ、かくかく、不思議な動きをしていた。
あ! そうか、
アンケートの文字が、読めないのかな?
ぱっとレイモンを見ると、ぱちん!と目が合った。
さらに動きが加速するレイモン …
モジモジ カクカク モジモジ カクカク ……
ど、どうしたんだろう??こんな姿は初めてで、
漢字のところ、かな、
ふりがなをふったら、わかるかな、、
そんなことを考えながら体の向きを変えると、
レイモンが、不思議な動きを継続しながら、
アンケート用紙を、スッと、こちらに向けてきた。
あ・・・
レイモン、もう、書いていたの?
ひとつの項目だけ、 あ、
わたしの、なまえ ……
【やさしい人】のところに、ひらがなで、私の名前が書かれてあった。
え、レイモン、、
わたしの名前、知っていたの?
わたしの名前、書けるの?
【やさしい人】・・・ わたし???
わたしは、たった一度、
消しゴムと、シャーペンを貸しただけだった。
朝の「おはよう」を伝えただけだった。
本当に、わたし・・・?
もじもじ、かくかくしながら、
レイモンは、私に、言いました。
「ゆま、さん、やさしい」
初めてでした。
この時私はレイモンに、
初めて、名前を呼ばれたのです。
『やさしい』という言葉の意味が、
私には、とても難しく、、
あまり理解できてはいなかったけれど、
なんとなく、イメージするものはあり、
私も、レイモンの名前を書きました。
机の上に、アンケート用紙をしばらく置いていたんだけど、気づいてくれたかな……(自分から見せることは、結局、できなかったんだ。。)
このあと、わかったことがあって。
私は、泣くことに…
隠れて何度も、泣くことに… それでも、
おさまらない感情が、ずっとずっと、続くことになる。
帰宅しようと教室から出たとき、
同じクラスの女の子から、声をかけられた。
「ゆまちゃん、レイモンと話していたね。
仲良くなったの?」
「あ… うん。朝の挨拶をするくらいだけど…
最近少し、話すかな。。」
そして、この時、 初めて知るーーー
「レイモンさ、最初、
転校してきたとき、
サッカー留学だと思わなかった?
ちがうんだって。
レイモン、銃で撃たれたんだって。
危険な目にあったから、安全な日本へ、
逃げてきたんだよ。」
え・・・・・・・・・・
私は、ことばを失いました。
視界がまっ白になったような、
時が止まったような、
そんな、 感覚になり、、
しばらくして、
その話は、噂ではなかったようで。
知っている子は、何人もいたようで。
レイモンには、 体に傷が・・・
すごく すごく 気になるけど、
レイモンには、聞けなかった。
深い傷にふれてしまうようなこと、できなかった。
聞きたいことはたくさんあった。
けど、
聞けなかったし、 聞かなかった。
レイモン・・・
ブラジルで、サッカーをしていたの?
サッカーは、好きだったの?
お友達はいた?
どんな遊びをしていた?
それとも、
ずっと …… 病院にいたの?
私は、銃で撃たれたことがない。ーーーーー
きっと、痛かったよね…
怖くて、震えたのかな…
悲しくて、立っていられなかったかも…
視界が飛んで、ゆがんで、息をするのも、つらかったのかも…
痛みも、怖さも、悲しさも、衝撃も、わからない。
体に刻まれた痕も、心の傷の深さも、
わからない。 何ひとつ。 わからない。
わかるのは、
自分の心が震えていること、だけだった。
私は叫ぶように想った。願いがかなうなら…
レイモンの心にある…⦅ 弾丸を、消したい。。⦆
無知な私に、なにができただろう。
私にできることは、少なかったのかも。
何ひとつ、なかったのかも。
でも、その時、私は変わった。
毎朝、
自分から挨拶をするようになった。
「レイモン、おはよう」
毎朝、レイモンの名前を呼んだ。
毎朝、笑顔をかわすようになった。
少し、話すようになり、
少し、教え合うようになった。
それは、楽しくて、とても、とても、
あたたかい時間だった。
⦅ レイモン、不思議だよ ⦆
私、香水の匂いが、苦手じゃなくなっていたよ。
レイモンは、もしかしたら、
クラスで一番、香水をつけていたかもしれないのに。
それだけじゃない。
私が抱えていた数々の苦手が、
桜が舞い散るよりさきに、吹き飛んでいました。
レイモンに、
どんな変化があったのかはわからない。けれど、
春の陽のように笑っていたレイモンに、
私は、きっと、
人生を左右する、大きな変化をもらったんだ。
レイモン・・・
私の夫はね、出会ったとき、
趣味のひとつが、香水だったんだよ。
高校2年生の私だったら、確実に、
「無理!」と逃げ出していただろうね。
苦手は、いつか、好きになることもある。
これを知ってからは、
『苦手』と出会う恐怖が和らいだ。
『今は苦手』と時間で捉えるようになった。
出会いは、未来を変えるんだね。
レイモン、ありがとう。
もうすぐ、今年の桜が、咲きそうです。
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