見出し画像

エスプレッソにこそコーヒー屋の全てが詰まってる


みなさんは「エスプレッソ」という飲み物に、どんな印象を持っていますか?

味が強くて苦くて、目が覚める飲み物。

そんなイメージで、日本ではエスプレッソを日常的に飲む人は、ごくわずかな気がします。僕は東京でコーヒー専門店をやっていますが、1日の中でエスプレッソの注文は本当に数えるくらいしかありません。

僕はこのエスプレッソにこそ、コーヒー屋の技術も仕入れ力も思想も、すべてが詰まっていると感じます。そしてうまいエスプレッソは魂が震えるほど感動があります。おいしいドリップを飲んだ時の感動を遥かに凌駕します。

そんなおいしいエスプレッソは、なぜすごくて、どんな感動があるのか。
今日はエスプレッソの魅力について語り尽くしてみようと思います。



濃いのにうまい凄さ

エスプレッソは、短時間で濃く抽出したドリンクです。
どのくらい濃いのかというと、ドリップの約8倍ほどの濃度があります。(ドリップに溶け込む水以外の成分の比率は1.1-1.3%なのに対し、エスプレッソは9%ほど)

8倍濃いとはどういうことかというと、酸味や甘味といった1つ1つの味も8倍の強度で感じられ、味のバランスの崩れがあった場合それも8倍の強度で感じるということです。


例えば仮に、あるドリップコーヒーの味わいをレーダーチャートで表したとしたら、


8倍にするとこうなります。


もちろんグラフなんかでコーヒーの味わいは表現できないし、どんな味の要素があるか挙げきれないのですが、何が伝えたいかというと、ドリップくらいの薄さでは見えなかった味の要素の差分・バランスの崩れが、濃くなることで一気に認識できるようになるということです。

イメージとして、8倍濃くなることで、酸味と甘さの差分さえも8倍強く感じられ、ドリップくらいの濃さならちょっと酸っぱいだけだった抽出のコーヒーが、エスプレッソになった途端、鬼酸っぱい味に感じられたりします。

東京のSniiteのエスプレッソ。おいしい。


そんな「濃い」エスプレッソで「うまい」と感じられるということは、圧倒的にバランスを崩さず抽出できていて、濃くても心地いいほど美味しさが詰まってる、ということなんです。「濃いのにうまい」が一番難しいし、一番すごい。


うまいエスプレッソとは

うまいエスプレッソってどんな味なのか。
これは表現が難しくて、言葉にするのがもどかしいので、ぜひ一度震えるエスプレッソを体感して欲しいのですが、コーヒーの美味しいと思う甘さや果実感や香りが爆発していて、でもバランスよく引っ掛かりがないということが挙げられると思います。

スーッと感じる繊細なエスプレッソもあれば、まるっと入ってくるトロトロな質感のエスプレッソもあります。共通して言えるのは、尖りや鋭さがないこと。
濃いから尖りはよりキツく感じるので、「ああ、うまい」と感じるエスプレッソは、仮に先ほどのようなレーダーチャート的な味わいのグラフがあったとしたら、非常に丸く表現されると思います。

ドリップよりも味わいのバランスがシビアなエスプレッソで感動があるということは、豆ごとの個性、フレーバーがしっかり出ているということになります。

個性というもの。
バリスタによって、コーヒーを飲む人によって、何を持って個性なのかという捉え方の違いはあるかもしれません。でも基本的には文字通り、そのコーヒー特有のもの。その豆が持つ個の特徴のことが個性です。

当然個を際立たせすぎるとバランスは崩れます。バランスよく丸めすぎると個性や違いは穏やかになってしまいます。

濃くてうまくて感動のあるエスプレッソとは、バランスと個性という矛盾する2つを成り立たせたドリンクで、どのポイントで成り立たせるのかがお店の技術とコンセプトですし、どんな感動を伝えたいかというコーヒーへのスタンスが凝縮した1杯なんです。

ベルリンのBonanzaのエスプレッソ。おいしい。


エスプレッソが難しいわけ

エスプレッソの抽出は、ドリップよりも難しいと僕は思っています。

エスプレッソは、エスプレッソマシンという9気圧がかかるマシンでつくられます。ただお湯をかけるだけでは到底お湯が通過しないくらい細かく挽いて押し固めた粉に、圧力を加えて無理やりお湯を通過させる仕組みです。
圧力の中で短時間で少ないお湯でもコーヒーの成分は抽出され、結果的にエスプレッソがわずか30秒ほどでできあがります。

コーヒーは、お湯と粉の接触によって、成分の出方が変わります。
ドリップで考えると、例えば2分の注ぎのうち1秒ブレるくらいでは、さほど変化はないと言えますが、エスプレッソを淹れる30秒の中での1秒は、比率的にも非常に大きいブレになります。たった1秒抽出秒数が違うだけでも、出来上がりの印象、酸味や甘さのバランスは全然違うものになってしまうんです。これが本当に難しい。

これ以上エスプレッソ抽出について語るのもマニアックになってしまうので、興味ある人以外は読み飛ばしてもらえたらと思いますが、ボタンを押したらあとは止めることしかできない、というのもエスプレッソが難しい要因です。
抽出秒数は、セットした粉の状態で決まってしまうんです。あとは抽出ボタンを押して、狙った重さのエスプレッソが落ちるタイミングで止めるだけ。一定の圧力で、一定の量のお湯が通過したら止まるということは、かかる秒数は、どれだけ細かく粉が詰まってるかなどによって決まります。ドリップのように途中で注ぎを緩やかにしたり早めたりということが、エスプレッソでは一部の高性能マシンを除きできないのです。



マニュアルでの抽出秒数のコントロールができないエスプレッソマシンでは、どんな豆をどんな挽き目で何gつかって、どんな強さで押し固めるか、という「変数」をいかにブレなくコントロールするかという技術が必要になってきます。1日を通しても落ち方は変わるし、豆が切り替わったら豆の密度や水分量が違うため、同じ挽き目であっても全然違う落ち方になっていきます。

微々たる変化に細かく対応して、その豆が持つポテンシャルをわずか30秒で最大化させる。バリスタの技術がバチバチに詰まっているんです。そんなエスプレッソを300-400円でさくっと楽しめるなんて、本当にすごいことです。ありがたい飲み物です。


オスロのMoccaのエスプレッソ。おいしい。


バリスタの毎朝の調整

コーヒー屋はどうやってエスプレッソを美味しくしているかというと、毎朝エスプレッソのレシピを微調整しています。どこまで細かく調整するかはお店によって異なると思いますが、基本的には豆のエイジングや豆の種類が変わることで落ち方が変わるので、毎朝豆の状態をカッピングなどで確認し、挽き目、抽出温度などを調整しています。

例えば、焙煎後日数が経ってより甘さが出てきて「よりボリューミーに余韻長くまとめよう」という意思で調整することもあれば、「酸味が綺麗に感じられるからこそ果実味が甘さで潰れないように抽出しよう」とか、「繊細な風味が特徴だから濃度や質感も少し繊細に整えるために抽出する液体量を増やして落としてみよう」のような感じ。

その日の豆の状態によって、バリスタが意志を込めてエスプレッソを何ショットか落として、レシピをばっちり決めてからコーヒー屋はオープンしているんです。家でエスプレッソマシンがあっても、毎日ベストなエスプレッソ落とすために何十gもなかなか豆を消費できません。お店で最大限調整してくれているエスプレッソには、そこでしか飲めない価値があると思います。

ベルリンのFive Elephantのエスプレッソ。おいしい。


僕が飲んだ感動エスプレッソ

僕は単に、美味しいエスプレッソが好きです。たった3口でこれだけコーヒーの美味しさを楽しみ尽くせるドリンクはないと思っています。

もちろん、自分の好みに合わないエスプレッソや、忙しい中で調整が追いついていないような味のエスプレッソもあるかもしれないし、バチバチに期待を超えてくる震えるエスプレッソもあります。


僕が飲んだ中で最初に魂が震えたのは、ロンドンのTAP COFFEEで飲んだエスプレッソ。リンゴの蜜のように甘くて花のような香りがぶわっと広がって、後味は1時間くらい甘い。そんな感動のエスプレッソでした。その味を目指してお店のエスプレッソはしばらく、豆の選定から淹れ方まで研究していました。実はTAP COFFEEは店舗を別会社に売却し、今は当時の味わいは飲めなくなってしまいました…。思い出のエスプレッソです。

TAP COFFEEのゴッドショット


もう1つ鮮烈に覚えているのは、メルボルンのArtificer Coffeeのエスプレッソ。こんなにスルスル飲めて、フレーバーが爆発してて、甘くて、飲みやすいエスプレッソはなかなか簡単にはつくれません。最初はエチオピアの豆で注文したのですが、あまりに美味しすぎて、ケニアの豆でも連続で飲んでしまいました。飲みやすいのに濃厚。個性があるのにまるい。最高のエスプレッソでした。

Artificerのエスプレッソ。華やかで飲みやすくて、飛行機代払って行く価値があります。


もちろん日本にも美味しいエスプレッソはたくさんあります。どのコーヒー屋も感動あるエスプレッソにするために魂を込めて朝調整しています。
もし、ラテがおいしいお店があったり、ブラックコーヒーの味わいが自分に合うお店があったら、最初は濃さに慣れないかもしれませんが、勇気を出してエスプレッソを注文してみてください。そして魂震えるエスプレッソにぜひ出会ってみてください。あの感覚は人生を動かします。

オスロのTim Wendelboeのエスプレッソ。壺に入ってでてきた。


お店の根幹であるエスプレッソ

先ほど話したように、これほど抽出のコントロールが難しくて、濃いからこそ味わいを整える難易度があるエスプレッソがなぜ大事なのか。

もちろん濃くて美味しくて感動するという体験もあるのですが、濃いからこそ様々なドリンクのベースになっています。ラテやアメリカーノ、カフェモカ、マキアートといったエスプレッソドリンクの根幹です。だからこそ、その美味しさがドリップ以外のほとんどのメニューの美味しさに直結してるんです。

エスプレッソがうまいからこそラテがうまい。


ちょっとしたブレでエスプレッソの味はブレてしまうので、1日の営業を通してバリスタは張り付いて、常に最適な抽出ができるように調整しています。

どんな豆を使っているのか、どんな焙煎をしているのか、どんなエイジングでどんな状態で抽出するのか、抽出ではどんな調整をしているのか、なにをもって美味しいと決めるのか。
お店のすべてが詰まったエスプレッソ。濃くてうまい、店でしか飲めない体験。

ゴッドショットに出会える確率は少ないかもしれないけど、みんなぜひエスプレッソを飲んでみてほしい。

僕らの魂はここにあるんです。





さいごに

SNSのフォローやコメントお待ちしております!

Twitter: @yuma_lightup
Instagram: @yuma_lightup


エスプレッソの調整について動画で紹介しています!


Podcastでもエスプレッソの美味しさについて語りました!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?