もし僕が共産党員だったなら
もし僕が左利きだったなら。
あなたの僕に対する態度が、今と変わることは無いでしょう。
「なんだよお前左利きだったのかよ!」と思って、僕を煙たがるようなことは、きっとしないはず。
もし僕が牛乳アレルギーだったなら。
あなたの僕に対する態度が、今と変わることは無いでしょう。
それどころか、優しいあなたは僕に気遣って、乳製品を避けやすい料理や、お店を選んでくれる気がします。
もし僕が実家から1番近いショッピングモールを「イオン」と呼んだなら。
あなたの僕に対する態度は、きっと今までと変わらず、「あれはジャスコだ」と言い返してくれるでしょう。
意見は違くても、笑いながらくだらない議論が始まる様子が目に浮かびます。
もし僕が精神疾患を持っていたなら。
あなたの僕に対する態度は、今と変わらないでしょうか。
心のどこかで、あなたは僕を「精神疾患の人」だと思ってしまうんじゃないでしょうか。
それは軽蔑でも差別でもないことはわかっています。
それでもあなたは、心のなかで、僕の病気を知る前とは、違う感情を抱くのではないでしょうか。
たとえ、そうではなかったとしても、僕は「変わってしまうんじゃないか」という不安を抱えます。
もし僕がゲイだったなら。
あなたの僕に対する態度は、きっと変わるでしょう。
地元の公園で缶チューハイを飲みながら、「巨乳派か貧乳派か」みたいなくだらない話をすることは無くなって、スタイルの良いインスタグラマーを僕にシェアしてくれることも無くなるでしょう。
もし僕がフェミニストだったなら。
あなたの僕に対する態度は、表面では変わらないながらも、言葉選びは変わるでしょう。
もしかしたら、婚約者のことを「パートナー」と呼ぶようになるかもしれない。
もし僕が共産党員だったなら。
あなたの僕に対する態度は、今と変わらないでしょうか。
※ ※ ※
議員秘書になりました。
と言っても、まだ駆け出しで、名刺の肩書きも「秘書」ではないし、仕事の内容も「The下っ端」って感じで、「議員秘書です!」なんて偉そうには言えないですが。
しかし、「あぁ、そうなんだ…」みたいなリアクションは既に十分すぎるほどにいただきました。
政党名を言えばなおさらです。
逆に、「この人は将来''先生''って呼ばれる人にならからな!」なんて紹介されたこともあります。
小さい時から縁のある、身近な大人だっただけに、少しショックでした。
前からクラウドファンディングをしたり、署名活動をする度に、「お前はそっち側か」みたいなことを言われる機会は多々ありました。
ただ、今回はそれが「職業」になってしまっただけに、少し大きいような気がしています。
何をしていても、僕は僕です。
畏友の話によれば、サードプレイス(家でも学校でもない場所)で若者支援をする支援者の中では「社会的地位は一旦括弧に入れて」語られるようです。(引用元は文末に)
これは若者支援に限らず大事なことな気がしています。
世の中に、''その人の立場を表す言葉''は溢れすぎているけれど、それらは全て、「一旦括弧に入れて」人と関わりたいです。
関わって欲しいです。
※本文には、創作を含みます。
(引用したnote)