本当に怖くない猫の話 part.2
何でも屋は、ある女性に猫のお見合いを頼まれた。成功報酬20万円の仕事だ。他人様から見ればずいぶんとバカバカしいような話かもしれないが、彼は少し張り切っていた。子どもの頃に飼っていたオス猫が近所のボス猫になるくらい強く、それでいて捨てられた子猫を見つけて助けて育ててやるくらいに優しかったのだ。生きていれば、女性の賢い飼い猫の良い伴侶になったに違いないと思った。
「この子を、お見合いさせたいという話でしたよね?私も猫友ができるのは願ってもないことですよ」
とはいえ、生きていない猫のことを思っても仕方がない。何でも屋の話を聞き終えた男性は、非常に乗り気になった。しかし、何でも屋はなるべく出されたお茶に目を落とすようにしながらも、部屋の中の様子を無意識に観察して失敗したなと考えていた。まるでゴミ屋敷だ。猫部屋にしているという一室だけが立派なキャットタワーがそびえたって小綺麗にされているが。2LDKのリビングはいろいろな布切れでごった返していた。なんでも大学を卒業した後趣味が高じて現在は服飾の専門学校に通っているのだという。それはブログで書いていた自己紹介の通りなのだが、猫部屋ばかりの写真をあげていたのか、もっと部屋を可愛らしく飾っている女性のイメージだった。依頼人と歳は近そうだが、無精ひげにピアス、腕に入れ墨ではなかなか友達として紹介しづらい。
ともあれ、猫は写真の通り身ぎれいにされていて、男性の手作りの首輪は可愛らしい。賢いかどうかはソファでずっと寝ているので分からなかったが、体格は普通より大きめだ。
「猫友と言いますか。パートナー探しですよ」
「ん?それって、繁殖じゃなくて猫を譲ってくれって話ですか?この子まだ生後半年くらいで去勢もしてないし、ちょうどよいと思ったけど、猫を譲れっていうなら話が違うな」
男性の顔色が変わり胡乱気な目で見られると、何でも屋の目は自然と泳いだ。男性の目力が怖かったせいもあるが、女性が猫のパートナーを探しているというのは、もしかしてもう1匹猫を飼いたいという話だったのかと今更ながら気づいたからだ。品種は問わないとは言っていたが、もう少しどんな猫が好みだとかも聞けばよかったと後悔した。成猫でなくともよいのだろうか。あるいは、あまり歳がいっているとお迎えが早いからだめかもしれない。そもそも女性の飼い猫は今何歳くらいなのだろう。気にはなったが、とりあえず、この男性との交渉を終わらせなければ、女性に連絡することもできない。
「それはお話次第ということになるかと思います。まずは、依頼人は飼い猫と相性の良い猫をお探しということなのです。賢くて優しい器量の大きい猫をね。ブログで拝見してお宅の猫であれば、女性のお眼鏡にかなうのではないかと思ったんですよ」
何でも屋が真面目くさっていうと、渋るかと思っていた男性は悩んだ素振りでうつむいた。
「・・・実際のところ、こいつが幸せになるのなら、俺なんかよりずっと裕福なところに婿に行った方がよいかとも思うんですよねえ」
男性はそう話を切り出すと、とつとつと話し始めた。
男性は大学を卒業してのち、半年前までアプリの開発やHPの作成などを請け負うプログラミングの会社に勤務していた。忙しい仕事の合間を縫って資格講座にも通いいくつかの資格を取り、PCやデザインのスキルアップもして将来は独立してフリーで仕事をしようと考えていた。だが、資格を取り終えると、子供の頃はまっていた人形収集に再度はまってしまった。人形の服とというのはなかなか売ってないので、それを自分で繕ったり作ったりしているうちにネットフリマでちょこちょこ販売できるまでにはまってしまった。身に着けた仕事のスキルの方がずっとお金は稼げるのに、人形の服飾にはまって徹夜して身体を壊すようにまでなった。心配した職場の同僚から猫を飼うことをすすめられた。保護猫の譲渡会で一目ぼれした白猫は服を着せてもそんなに嫌がらなかった。もらったのが冬だったせいかもしれない。これまで作った人形の服でサイズが合うものを着せてネットにサイトを作ってアップしてみたら、予想通りの反響が得られた。アフィリエイトと猫服の販売の内職で収入が得られることを確信すると上司の遺留を振り切って、服飾の専門学校に入り、自分の望むような生活ができるようになった。今年で卒業も決まっており、何なら学校から就職先まで世話をすると言われている。だが、自分磨きと趣味に没頭したあげく、猫と狭い世界で自分は生きているのではないかと時折不安になるようになったのだという。販売目的の服を着せ帰られて、猫は果たして幸せなのか。食べるものもおもちゃも病院代も人間の自分よりずっと金をかけてやっているのに、幸せにしてやっている自信がない。今後就職してもしばらくは都心で生活して、一戸建ての広い家に引っ越してやる見込みもないのだ。結婚もできずに30歳を超えて、自分とだけ暮らすのは猫に寂しい思いをさせてやしないかと不安にもなる。だが、たとえまたフリーで独立できたとしても、これ以上動物を飼っても十分な世話をしてやれる自信がない。それでなくても、学校に行く間やたまの仕事の商談で出かける間は猫に留守番を強いている。
男性の悩みを聞きながら、最初は親身に聞いていた何でも屋は馬鹿馬鹿しくなった。彼の人生はいたって順調だ。服飾の仕事の才能がある割に自分の身だしなみには気を遣っていないらしいが、見た目もそこそこ少し太り気味ではあるが中肉中背で背は何でも屋がうらやましくなるほど高い。婚活をすれば収入も才能もあるのだから、すぐに相手は見つかりそうである。多少内向的かもしれないが、猫を可愛がってやるだけの優しさもマメさもある。仕事と家庭の両立もできそうだ。婚活ももう1匹猫を飼うことも、ただ男性の勇気が足りないだけという気がした。猫に服を着せるのが可愛そうになったら、人形の服作りに戻れば良いだけだ。何より男性のそばで当の飼い猫は来客に少しの警戒もなく幸せそうに着せられた服を抱きしめて眠っていた。心配のしすぎである。猫なんてたいていこっちが寂しがるよりずっと留守番が得意な生き物なのだ。ある程度家でできる仕事ならなおのこと、猫を寂しがらせているという心配などほぼ杞憂というものだ。
大体、何でも屋なんて何にも取り柄がないのだ。仕事を辞めても特に趣味も特技もなくて何にもできない。特に何をするという目的もないから日銭稼ぎに何でも屋を名乗っただけだった。俺に対する嫌みか?と男性に対して何度も口を衝きそうになったが、男性が彼の境遇など知る由もないことは分かっていた。
「と、いうわけなんですよ」
暗澹たる気持ちでアパートに帰った何でも屋は、男性の長い話を文章に起こすのが面倒だったので、事の次第を女性に電話で説明した。女性は動画の見合い相手候補の猫を見ながら時折相槌を打って淡々と聞いていたが、最後は「否」と答えた。
「男性が猫をお譲りするか、わからないからでしょうか。それとも、子猫だから?」
猫の見合いの話なのに、男性の話をしすぎたせいで早急に結論を出されてしまったのだろうかと何でも屋は慌てた。猫自体は手入れの行き届いて聞き分けの良さそうなおりこうな猫だった。
「別に年下がダメというわけじゃないですし、猫友でも良いんです。それで将来的にはどちらかにお譲りするというのでも、本人たちが望むならそれで良いでしょう。でも、その飼い主がそんな風なら猫も頼りなさすぎます」
「と、いうのは?」
「うちのリンちゃんは、人間なんかに幸せにしてもらわなくても十分に幸せになれるくらい賢いんです。私が突然死んでしまっても、その辺の虫や鳥を狩って生き延びるでしょう。私、リンちゃんを幸せにできているかなんて心配したこともございませんわ。服だっていやなら着せないし、面白がるようだったら、着せます。リンちゃんは、自分で正しい判断のできる猫ですもの。まあ、でもその飼い主さんが乗り気ならキープということではダメかしら。その猫がもう少し大きくなって、その男性が学校を卒業して生活が安定したら、一度お会いしたいわ。けどねえ、ぶっちゃけていえば私今無職なんです。親の財産で暮らしていますから、その男性の価値観からすれば、私みたいな暇な女の道楽に付き合ってはいられないんじゃないでしょうか。忙しいのが好きみたいですし、もしよろしければ、お忙しいときには猫をお預かりしますから、一度環境を見に来てほしいと言ってみてください」
女性の話で、何でも屋はその飼い猫がリンという名前であることと、女性が現在無職であることを知った。何でも屋からすれば、なんとなくその女性の方が共感できたのだが、果たして、男性は何回かやり取りをしたものの、猫を連れてくることはなく、1年後には結婚して郊外に一軒家を買って移り住み猫と幸せにくらしたということだ。