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【短編?】人生の大半を〇〇として過ごすなんて耐えられない ~広告デザイナー編~

人生の大半をパソコン機器のピンポロいう起動音やブンブン稼働を続ける音を聞いて過ごすのは耐えられないと、最近”もなか”は思うようになった。

あまりにもせわしない。2019年末に未曾有の疫病が流行り出してから、出勤は週に3日と変わったが、楽しかったリゾートワークも早々に飽きてしまった。

そう何もかも、現代的なヒトとしての生き方に飽きてしまったのだ。

軽井沢とか函館とか指宿とか観光地の有名どころは大半行って過ごした。そのすべてが会社の経費である。

もなかは特別だった。会社にいればすべてが快適だという気がする。そして、最近は一人住まいのアパートに帰るのも億劫になった。

「猫でも飼えばいいんじゃない。家に帰るのが待ち遠しくなるよ」

会社の昼休憩で何も食べずに真正面に座っている”リキ”は、そんな提案をした。彼は仕事中にいつも栄養のつく腹持ちの良いお菓子を食べたり野菜ジュースを飲んだりしているので、お昼ごはんを食べないのだ。会社の部署に来るのも出るのも、いつも一番早くて遅い。そんな仕事中毒の彼が、昼休憩の1時間パソコンデスクの前から離れるようになったのは、もなかのせいであった。

曰く、彼はもなかと過ごしたいから昼休憩をとって、残業を伸ばすのである。

”女王様の横暴”

リキと付き合いだしてから、もなかは社内でリキと話す度にそんなことを言われているのに気づいた。だから、リキと会社で話すことが億劫になって、彼を避けるくらいだったのだが、仕事の業務連絡も滞るとリキから苦情を言われ、昼食を一緒にとるようになった。ソーシャルディスタンスや感染対策のために一緒の食事は3人以下しか認められていないので、大抵のところリキと二人である。

「猫を世話する暇なんてあるわけないでしょ。旅行にだっていけなくなるし」

「必要な時は預ければ良いんだよ。そもそも仕事に行きたくなくなるくらいだから、旅行だってそんなに行きたくなくなるかも。必要なのは癒しだよ、癒し。それに、さすがにもう引っ越したら」

リキは今日機嫌が良いようだった。いや、彼はここ数か月ずっと機嫌が良い。念願かなって大手の取引先の広告プロジェクトに参加できるようになってから、彼の口は急に滑らかになった。これまで温めていた企画や希望があふれ出しているという感じである。周囲はもなかが彼に時間のかかる仕事を押し付けていると思っていて、実際その通りだが、それすら彼の望むところなのである。

最近食欲もなくいたずらにコンビニパスタをかき回しながら、リキの提案にもなかも一瞬乗り気になった。会社にいれば、ビルの1階にコンビニがあり、社内には無料のコーヒーとウォーターサーバーもあって冷蔵庫も電子レンジもあり、11階には24時間のジムもあってシャワーが浴びれて、およそ生活において不自由するということがない。入社した時から借りたままのアパートは狭くて物が溢れて万年床で、ペット不可だ。引っ越しすれば気分も変わるかもしれず、ペットを飼えば会社が家より居心地が良いという今の状態から抜け出せるかもしれないと思った。

ただ、その夢想も次のリキの科白で霧散した。

「ペットの世話が無理そうなら、僕が世話をしてもいいよ。僕も猫を飼っているけど、姉と二人でアパートを借りているからそろそろ出たいとは思っていたんだ。僕の猫だから連れてきて良いだろうし、新しい猫を飼っても良いよな」

楽しいそうに話すリキの顔をまじまじと見つめそうになって、もなかは慌ててフォークの先に視線を集中した。

同棲の誘いとしてはハッキリしている。プロポーズとしては遠回しであるが、そういうことは以前からほのめかされている。もなかが決断を下せばことはとんとん拍子に進むだろう。

だが、ふと、もなかは違和感を覚えてしまった。

「どうしたの?」

「仕事の続きをしたいと思って。このパスタは席でつまむ」

もなかがプラスチックのパスタの容器の蓋を閉めて立ち上がると、リキもすぐに立ち上がった。窓辺のテラス席に来る時に手に持っていたコーヒーは半分も減っていない。その黒々とした液体の中身が目に入ると、もなかは頭痛がひどくなってくる気がした。

ー仕事をすれば、きっと気が紛れる。

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