【疫病に寄せて】昔話:白い村
緊急事態宣言が出されても自粛しない人々と危機感を共有している人々との間に分断が起きないか不安を覚えています。若者は過ちを犯すものです。けれども、「これほど我々が声を大にしても届かない若者には届かない」とテレビのアナウンサーの方がコメントされるようになってしまいました。「普段健康な40代が肺炎になんてなかなかないことで、中等症は重症、重傷は危篤と考えていただきたい」と感染症の専門家の医師の方が話しておられました。それほどわかりやすい説明でさえ、理解できないと思われている、分かり合えないと思われるようになってしまっているのです。
私は30代なので、テレビでいうところではもしかしたら若者の部類に属するかもしれませんが、この始まってしまった30代以上とそれ未満の心の分断の壁。これをどう理解すべきか私なりにお話にしてみたいと思います。
※思いつくまま書いてみたら、駄文でした。能力の限界って悲しいですね。
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「白い村」
あるところに医師の村と呼ばれる村があった。山間の盆地の村で薬草がよく採れたため、それを煎じて作る薬の技術が発展し、さほど裕福ではなかったものの村の若者の体は頑健で遠いところまで薬を売って商いをしておりました。
ところが、村長の長男は昔風邪を引いた時に苦い薬を飲まされた経験から、医師という生業をひどく嫌っておりました。
「どうしても都会に出るというのかい」
「都会に行って商人の家で奉公してもっとうまい商売を学びたいんだ。俺にはとうてい医師になるなんて無理だからよ」
息子は身震いしながら言いました。大きな身体をしていても臆病者で、小さい時もちょっとすりむいて血が出ただけでも泣き出しておりました。到底医師になるような度胸はないと思っていたものの、村でも食べるものは食べなくてはならないので、畑でも耕して暮らしてほしいというのが村長の願いでしたが、どうにも息子は聞く耳を持ちません。
村長は諦めて、薬草を煎じたものが少し入った袋を渡しました。
「私の知り合いの方にお前のことをよくよく頼んでおこう。これは、その方に渡す薬だ。これは普段使いのものではない。いざというときに使う貴重な薬だ。これを渡せば、その方はお前を無下にはしまい。最初にいくらかの金子を下さるだろう。お前はその金で、それからしたいようにして自由に暮らすか、それでもその方に仕えて暮らすかよく考えればいいだろう」
「なんだい。ずいぶん優しいじゃないか。日頃からやれ畑を耕せ薬草を取ってこいってうるさいくせに」
息子は村長が小金を貯めこんでいるのを知っていたので、素直に金をくれずに薬をくれたことをいぶかしく思いながらも貴重な薬なら高い値で売れるだろうと思って受け取って村を去った。
それから数年、夏の日差しの強い日に息子が帰ってきた。身体は以前より大きく丸太のようになって髭はぼさぼさ全く荒くれた風情で自分と同じような形をした男たちをたくさん従えていた。
「1年商売を覚えて戦場でなけなしの知識で傷薬を作って売っていたんだが、戦が終わると何をしていいかわからなくなった。戦で怪我をして直してやった男たちも同じく行くところがないというから、しばらく村に置いてくれ」
息子の言葉を聞きながら、村長は頭を悩ませた。息子も背後の男たちもただ戦が終わって職にあぶれただけという風貌でない。この数年の間、息子が何かよくない生き方をしてきたことは見てすぐに分かったけれども、息子の仲間の中には確かにひどい怪我をしていたり、足をひきずっている者もいたので、けが人を見捨てるわけにはいくまいと村長は息子たちを受け入れることにした。
夏と秋の間はそれなりに穏やかに過ぎた。あまり実りのよい年ではなかったが、息子が連れてきた男たちは自分たちの食い扶持の分をとよく畑を耕して働いた。
けれども冬になると、することがないとばかりに女や酒を浴びるほど欲しがり、村の若い衆たちにも賭け事など悪い遊びを教えるようになってしまった。
村の若い者の親たちは自らの子どもたちの素行を嘆いたが、冬は重い病の患者が村に尋ねてくる季節でもある。その対応に追われていい年をした息子や娘たちを諭す暇もなかった。その年は性質の悪い流行り病が近くの村であったらしく、気づいた医師の一人が、熱病の症状の者は村の外で治療すると触れを出したが、荒くれた若者たちの幾人かが隣村へ遊びに行って病をもらって帰ってきてしまった。その疫病はあっという間に医師の村にも広がった。村民たちは互いを励まし、まだましな症状の者に薬草を取りに行かせようとしたが、症状の軽い若者たちは春になっても畑を耕す元気もないと咳き込みながら遊んでばかりいた。
村長はとうとう息子を呼び出した。
「このままでは村は滅びるかもしれぬ。この村が滅びて医師がいなくなったら、近隣の村もあるいは国でさえ無事でいられるかわからないだろう」
父親の言葉にこれまでの己の素行を悔いた息子はさめざめと泣いた。村を出てから到底父には顔向けできぬ悪事をたくさん働いた。簡単だと思っていた商売は上手くいかず、村に帰るまでは父から教わったなけなしの医術が身の助けになっていた。
「私はどうすればいいのでしょう」
「この病は自然治癒より方法がない。弱い者から次々と亡くなるさまは悲惨である。もう村の者たちは若者を毒でも盛って殺しかねないところまで来ている。どうにかいうことを聞かない者たちを追い出さなければならない」
「しかし、身体もいうことをきかないのですから、それこそよほど金がなければ出て行かぬでしょう」
首を振る息子に村長は一計を案じた。
「どうにか説き伏せるだけの人数をつれて、流行り病に効く薬草を取りにいくと説明して山に行くのだ。早晩、この流行り病も国中に広がるから薬草が金になるとでも言えばよいだろう。実際咳に効く薬草が生えているから、咳のひどいものを連れていってお前が煎じて飲ませれば信じるに違いない。その上で、偶然を装って山から金を掘り出せばしばらくみなそちらへ行って動かないだろう」
「父さん、あの場所を教えてしまうというのですか」
息子は驚愕した。この村には確かに金の採れる山があるが、それを知る者は村長を含め口の固い幾人かの者だけだ。とり尽くせば金はすぐなくなってしまう。作物の実りが悪い時や患者が多い時にいざという時だけ頼っていた。看病するのには食べ物も人手も必要だ。そのいざという時の金山を荒くれたたちに差し出してしまうというのは今後の村の存続にも関わってしまう。
「なあに、もうそれほど金も採れなくなっていることだ。それより思ったほど金が取れないとわかれば、またなんのかのと金のことを言い出すだろう。その時には、お前を預けた商人のところを頼りなさい。そこに預けた貴重な薬がまだあれば、売って金にするといい。その頃には若い者たちも病はすっかり癒えているだろうし、他人に移すこともないだろう。金を持って都会に出れば、もう二度と村に戻ってくることはないさ」
息子は父の言葉が自分に二度と戻ってくるなと言っているようで胸が痛んだ。しかし、今の村の現状を救うには連れてきた若者たちやそれに染まった者たちを村から出すことが肝心だ。息子はすぐさま、荒くれ者たちを金山へ連れていった。
「すげえな。咳が出なくなったぞ。この薬は救世主だろうもんな」
「すげえな。金の採れる山じゃんか。これで一生遊んで暮らすっど」
これまでも遊んで暮らしていた若者たちは金を求めて一生懸命山を堀った。初めは少しの金でも喜んでいたが、そのうち大体出尽くしたと分かると、その金をどう分けるかということになった。
「この村の山の金なんだから、村のために使うべきじゃなかっかよ」
病が癒えた若者の中にはそう主張する者もいた。しかし、村に金を残すか自分たちで山分けするかもめる前に、都でとりあえずもっと良い商売をしようと持ち掛ければ、どうにか若者たちの対立も収まった。
そして都に着くと、息子はすぐに商人のところへ行った。わずか1年で出て行った恩知らずを侘び、かつての薬を返してもらえないか祈るように待っていれば、商人は確かに薬をまだ持っていた。
「親が子のために煎じた薬をどうして他人が使ったり他人に売ったりできましょうか。あなたも今や立派なお医師様になられたようで良かったことです」
商人はにこにこと笑顔を見せてそんなことを言った。息子はもらった薬に愕然とした。そんな妙薬なら、村に持ち帰って病人たちに飲ませて一人でも治療できないかと考えていたのだ。医師にはならない、今はなれないと思っていたのだが、その代わりの金は自分が薬を煎じて稼ぐつもりであった。
商人から返された薬は腹下しの薬だった。”うちの子はよく腹を下します。商売が嫌になったといえばそれはどうせ腹痛に違いないから、薬を渡せば気力も持ち直すでしょう。よろしくお願いします”という父の手紙が添えられていた。
それを読んだ息子はもう矢も楯もたまらず村に帰りたくなった。同じく村に帰りたいという若者の幾人かを連れ、金のすべてを都に残る者たちに渡して彼らはただ旅路を急いだ。季節はまた廻って冬になっていた。
けれども、故郷の一つ前の村で足止めをくらった。
「おまえさんたち、あの村には行けねえよ。この冬が終わるまで、村には入るなというお達しだ」
「なぜだ。冬に村に入れなければ病の者たちが困るだろう」
息子たちは悪い胸騒ぎがした。
「無事な者たちはもうみんなこの村に避難しているよ。幾人かの医師様も女子供も全員預かっている。お医師様たちは病封じをなさるとおっしゃった。何人たりとも通すわけにはいかねえよ」
どんなに押し問答をしても、村人たちは若者たちを故郷の村に帰らせてはくれなかった。そして、冬が終わり、春になって村に行くと、村には一人の医師が立っていて「他の者はもう皆死んだ」と言った。
もちろん村長も死んでいた。若者たちは呆然とした。救うべき故郷に人はなく、医術を学ぶべき尊い医師も少なくなってしまった。
「若者には未来を生きる権利がある。過ちはやり直し、村はまた作ればよい。都から病をもらってくることもあれば、素晴らしい経験をしてきたこともあるだろう。あまり気に病むな。わたしたちにも若い時があり、苦しい時も過ちを犯したときも同じようにあったのだから」
村長と変わらない歳のただ一人の生き残りの医師はそう言った。いつまでも若々しかった風貌はたった一年で皺が増え、髪は真っ白になっていた。そんな見た目になっても、彼はまだ頑健で若者の手を握る手は彼らよりはるかに逞しかった。
父を失うほど、故郷を失うほどの過ちが許されてよいものだろうか。息子の心は業火に焼かれたが、もはや後悔しても何者も生き返っては来ない。
戻ってきた若者たちは、その医師に従って医術を学び畑を耕し、やがて妻帯したが、その子たちは再び都会に憧れて戻ってくることはなく、やがてその村も優れた医術の伝承も無くなってしまったということだ。
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