海鳥のサンクチュアリは楽園にあらず(天売島にて)
海鳥の楽園、と言われる日本海に浮かぶ孤島、天売島に行ってきた。札幌から高速バスで、日本海オロロンラインといわれる日本海に沿った北に向かう国道を走ること3時間、羽幌に到着、高速船に乗り換えてさらに1時間。到着後、民宿で出された海鮮尽くしの豪勢な夕食を平らげ、日没前の岬を目指す。善知鳥(うとう)の帰巣を見に行くのだ。
天売島は善知鳥が80万羽生息する日本最大の繁殖地。子育ての時期、夕方、一斉に何千という鳥たちが、島の高台にある巣穴で待つヒナに餌を与えるために海から戻って来る。一日一回だけのヒナへの給餌のタイミングなので、親鳥によっては口いっぱいに小魚をくわえている。岬の灯台近くに待機している我々の頭すれすれに飛び、背後の草原の巣穴に飛び込んでいく。壮大な眺めだ。
日が暮れ、辺りが薄暗くなったこと、まだ善知鳥の帰巣はとまらず、頭上でビュンビュン善知鳥の羽音がしているとき、見物客の中から歓声があがった。見ると大きくなったヒナが巣穴から這い出し、よちよち道路を横断している。目指すのは50メートルくらい下の崖下の海。明るいうちに這い出ると、海鳥の食物連鎖の頂点にいるオオセグロカモメに見つかって食べられてしまうのだという。道路を横切ったヒナは再び草原に身を隠し、海に向かって降りていく。夏の北国の夜明けは早い。3時ごろには明るくなってしまうので、そうするとヒナはまた草陰に潜んでカモメから身を隠し、暗くなるのを待って再度海にチャレンジしていくのだそうだ。善知鳥の親たちは、ヒナが大きくなってくると、巣立ちを促すためにわざと餌を持って帰ってこなくなるという。
「無事に海に着きますように!」思わず祈ってしまう。
翌朝、同じ道を歩いてみると、信じられない光景があった。
あちこちにカモメに食べられてしまったヒナの残骸が散乱している。内臓を食べるらしく、頭と羽だけが残されている。絶句する。
ボートで海に漕ぎ出して、様々な海鳥を観察する。ウミネコ、「オロロンライン」の由来となったウミガラス、ウミウ、そして善知鳥。キュートな赤い脚を持ち、海面上の低い位置を、パタパタと愛嬌たっぷりに飛んでいるケイマフリは我々の最高の人気者。と、愛くるしい海鳥たちに見とれていると、海上で善知鳥のヒナをむさぼり食べているオオセグロカモメを発見する。折角苦労して崖を下って無事に海にたどり着いたのに、可哀そう・・・と思うがこれが生物界の冷徹な現実なのだ。
「ここの善知鳥は40万カップル。彼らのヒナたちのうち、生き残るのは1%くらいです。それでも4000羽。種を保存していくにはこれで十分です。これ以上生き残ってしまうと生態系が崩れ、ウミネコが生きて行けなくなったりします・・・」。ツアーガイドの青年がさらりと言う。
大自然は厳しいぞ、当然ですけどね、という当たり前のことをこともなげに目の前に突き付けられ、双眼鏡を片手に「野鳥はかわいいなあ」とつぶやいている私の甘いセンチメンタルな感情は、冷や水どころか熱湯をぶっかけられて大やけどしているようだ。
それでも、また来年もここに来たいと思う。口いっぱいに餌を抱えてビュンビュン弾丸が飛ぶような善知鳥の帰巣や、懸命に海を目指してよちよち崖を降りていくヒナの行進をまた見たいと思うのだ。自分もまた、大自然の一部であると感じるために。