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1歳10か月娘とワンオペ海外 トランジション期の母の感じたこと

12月の5日間、中国の杭州と、タイのバンコクに訪れました。
28歳になる私と、1歳10か月になる娘との二人で。夫は日本で留守番です。

娘にとっては2回目の海外、2回目のタイです。

ベビーカーなし抱っこ移動、深夜便の旅行はたいそう疲れましたが、濃ゆい思い出になりました。

バンコクのサファリワールドに。日本では考えられないショーや展示方法にびっくり!

私にとっての旅の意味

大前提、旅に意味づけはしなくてもいい。

意味なくふらっと出かけた先で見つける宝物もたくさんあるはずで、そんな宝物に気付ける自分でいたい。

ただ、振り返ると私自身、人生のフェーズごとに旅に意味があることに気が付きました。そのすべてが、価値観を刻み、更新する旅でした。

  • 大学生:新しい景色を求めて。できることが増えることが喜びだった。

  • 社会人前後:何者かになろうとして社会に疲れてしまった自分の逃避行。

  • 産後:出産で感じた自分自身を更新する手段。


今回は、「私と娘ふたりだからできることを感じ、どんな景色が見えるかの実験」でした。

何より自分自身のライフチェンジを意味する転職の前だったので、人生の第二幕の節目を作る意味合いも込めていました。

XXと考えてしまう自分自身から自由になりたい

唐突ですが、1年半前の話です。

産後、4か月ほど経った頃。
毎日家で寝て起きて、近所を少しだけ散歩して。寝て起きる。

赤ちゃんと一緒のルーティンで変化のない日々に飽き飽きしている自分がいました。目の前の子は毎日変化しているのに、そこに喜ぶ心の余裕がない。

閉塞感を感じていたところ、この本に出会いました。

著者の「おぐにあやこ」さんは、新聞記者で育児休業中。
同じ会社で同様に働いていた夫について、「妻に育児休業を取らせ仕事に全力投球する夫は、あまりに不条理な存在だった」そう。
おぐにさんは、夫を妬み、男女の性別役割分担に腹を立てるのをやめたい。育休を楽しみ、夫や男性たちに「うらやましい」と言わせたい。そして、「子供がいるから何もできないと思う自分から、自由になりたい」と赤ん坊と二人で旅に出ようと決めたそうです。

https://www.hayashibara-shouten.com/2020/04/20/baby-packer/


ああ、私と同じ感覚だ。

「子供がいるからなにもできないという自分から自由になりたい」んだ。

自由がないことが嫌なのではなく、そう感じてしまう自分、
子どもを都合よく言い訳にしようとしている自分が嫌なのだ。

そう気づいてしまったら、行動するしかありませんでした。

以前、妊娠発覚でキャンセルしたプーケットへの新婚旅行を、娘とともに行けばいい!そう決めて、缶ミルクやおむつに重装備で、妊娠中に予定していた旅程以上の旅を実現しました。
(育休中で自由な時間が増えたことで現地滞在日数が倍以上にw)

タイのヤオヤイ島にて。圧巻の景色でした。
まだミルクしか飲まない子を連れて、ローカルマーケットで買い物です。

0歳5か月の娘を連れた約2週間の海外旅行は、自分自身の思い込みで制限をかけ、言い訳している自分に気づかせてくれる旅でした。

「私は娘を産んで、実はもっと自由になれているのかもしれない」

「自分の想像しえない景色に娘が連れて行ってくれているんだ」


ふたりでどこまでいけるか

1歳10か月になった娘は、自我も芽生え、言葉は発展途上ですが、双方向でコミュニケーションが取れるまでに成長しました。

自分でご飯を食べ、服を脱ぎ着して、おはよー!こんにちはー!と挨拶もできるように。

私は職場への復職や休職を経て、もっと自分の命を感じたい。
先々の不安を考えるより、今ここを生きたいと思うように。

そんな私と娘は、まだ互いに未熟だけど、それぞれが意思を持って生きようとしていました。

今の娘と、今の私で、二人で旅に出てみたい。
彼女と見る世界を、思い切り味わってみたい。
(重要:2歳になるまでは、海外航空券が安い!!)

そう思って、数時間後に出国するフライトを予約し、急いで準備をしてその日のうちに成田空港を立ちました。

冬で娘の体調面など不安なこともありましたが、「あなたは衝動的に行動したらいいものを持って帰ってくると思うよ」と私に深い理解のある夫が、最後に背中を押してくれました。


行ってみてどうだったか

各国の「思いやり」にたくさん触れられた

タイも中国も、子どもにやさしい方ばかりでした。

泣いている娘にお菓子をくださったり、疲れた母を気遣って抱っこしてくれたり、当たり前のように優先席を譲ってくださったり。
(日本では、意外と優先席を譲ってもらえないケースもあります)

バンコクのMRTにて

タイでは、子連れで2時間のマッサージにチャレンジすることもできました。

個室でマッサージを実施してくれる、アソークの「Health Land」にて

学生時代のバックパッカー旅では孤独にもなりがちですが、子どもがいたからより人々の温かみに触れられました。


子供の成長に驚かされる

娘は旅行に行くと、その後ぐんと成長している気がします。

娘は三語文が出てくるようになったり、感嘆詞「わ~きれい~」「わ~すご~い おおきい~」などが出てくるようになりました。

一緒に飛行機を見て感動したり、同じ体験をして気持ちをシェアできる喜びはひとしおでした。

知らない土地や新しいものに触れる子供の姿を見られる

娘は人見知りせず、やや緊張しながらも楽しんでいるように見えました。子がのびのびと目の前にあるものに触れていく姿は見ていてうれしかったです。

杭州の西湖。曇っていましたが風情ありです。娘「おおきい~。」連呼。
お姉さんに抱っこしてもらい、ポニーとご挨拶。@バンコク

「母子 私たち」を感じられる

数か月前までは歩きもままならない赤ちゃんと母という感覚でしたが、1歳10か月の娘はもはや少女。

二人が協力しながら、旅路を楽しむことができました。
二人のきずながぎゅっと深まったような旅でした。

これから成長していく私たちがどんな世界を見ていけるのかたのしみです。

節目を彩る「通過儀礼」としての旅

今回の旅行は、私自身にとって転職を前にした大切な節目でした。

これまでの自分に区切りをつけ、新しい自分として人生の第二幕をスタートさせるための「通過儀礼」のようなものだったなと振り返っています。

旅を考える中で思い出したのが、ウィリアム・ブリッジズの著書『トランジション』です。

この本では、これまでの生き方を終わらせ、新たな生き方を始めるまでの移行期間を「ニュートラルゾーン」と呼び、その間に経験する「通過儀礼」の重要性を説いています。

このプロセスを経ることで、「終わり」にけじめをつけ、新しいスタートを切る準備が整うのだと。現代ではこうした通過儀礼的な機会が減っていると指摘されており、その必要性が強調されています。

本に関してはこちらのnoteがわかりやすいです!

また、本の以下の文面も印象的です。

本当の願望にもとづいて行動するということは、「世界にたった一人しかいない私という人間が、ここにいる」と宣言しているようなものである。それは、成人したころには想像もできなかったほど深い意味において、自分自身になることでもある。

トランジション ――人生の転機を活かすために フェニックスシリーズ (p.208)


この旅は、これまでの私の生き方──「人の目を気にする」「評価されようとする」「効率を重視する」──に終止符を打ち、「私が私として存在するのだ!」と宣言する一つのきっかけだったのかもしれないと感じています。

娘と過ごしたこの時間は、まさに私の人生における通過儀礼だったのか。
な~んて。愛娘よ、母のわがままに付き合ってくれてありがとう。

帰りの飛行機にて

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