声がします
Zのファンだ。
Zの歌う曲は心地よい。最先端の音のようで、懐かしい要素がどこかに込められている。アイデアマンのプロデューサーが指揮をとって創られているというPVは毎回、少し謎めいていて、少し怖いところもあって、しかしそれぞれキュートだったりクールだったりゴシックだったりとテイストはめまぐるしく変わって、目が離せない。
ZのPVを動画サイトで再生するとき、コメント欄を眺めるのも私の楽しみだ。世界中にファンがいるから、Zのコメント欄は多様な言語であふれかえっている。といっても多いのは韓国語、英語だ。英語と日本語以外は一つ一つ「翻訳」の文字をクリックして、どんなことが書かれているのかをチェックする。自動翻訳だから日本語の意味が分からない言葉もあるが誉め言葉の多様さに満ち足りた気分になる。
「この世のものとは思えない」
「独自性があり真似したとしてもこんなふうに一流のクオリティを保てない」
「前世でこの子たちは何だったんだろうと思うくらいカッコいい」
「しびれて、動けません。悶絶します」
「どうすればこんなに美しくできるのですか?」
蘊蓄コメントによって私はZについてどんどん詳しくなってゆく。
鹿のようなつぶらな瞳をしたAは幼いころからモデルをやっていて映画にも出たことがある。スタイル抜群の長身Bは一見無表情だけれど実は涙もろい。子供のような笑顔が愛らしいCはトリリンガル。知的でリーダー気質のDは高校までの成績もトップで大学進学と芸能の道に迷っていた。伝統舞踊からバレエまで踊れるEは日本のアニメが大好きらしい。
Zのメンバーがハイブランドから制服、ストリートアイテムまで見事に着こなすのは専属スタイリストのファッションセンスがずば抜けているから。一見ラフだがダンススキルもピカイチ。
テレビを見ない私だけれど、スマホで曲を聴き、ときどきは動画サイトを見て、日々を過ごしていた。
そんなZが久々に新曲を出す。来日して、テレビ番組にも出ているらしい。売り上げもサブスクや動画サイトでの再生回数も、トップをひた走っている。
「どうしてZの曲は幅広い世代で人気なのか」
電車内で見るスマホで気づく。Zはヤフーのトップニュースになった。30年ほど前に日本で流行した音が使われているため、懐かしさを感じさせるのがZの曲の特徴。ファッションも昔はやったものを現代版にアレンジしていてなじみがあるけど新鮮でクールな魅力がある。普遍性のある歌詞は誰が聞いても自分のことを歌っているように感じられる。若年層はもちろん、ひと世代上の男女もZのとりこになっている、という。
動画サイトを見るのと同じ気持ちで、記事のコメント欄のほうを、にやにやしながら目をやる。みんな、また、笑っちゃうくらいにありとあらゆる種類の言葉でZを賞賛してるはず――と思いきや、目に飛び込んでくる言葉は、違った。
「人気じゃないのに嘘をつくな」
「Zのニュースばっかりで食傷。私の周りには誰もZのファンはいない」
「職場に、Zの話題となると鼻の下を伸ばしてしたり顔で語る上司がいて若者受けしようと必死なのがバレバレでイタイ」
「あんな衣装がクールだなんてありえない。とにかくダサい」
「ビジュアルがいいって、どうせみんな整形なのに」
「嫌い。ていうかもっと大事なニュースあるでしょ」
「いわれてるほどダンスうまくない。っていうか雑」
「歌下手。ていうか口バクだよね?」
「Z、何がいいのかわからない。ていうかむしろ、つぎはぎで、歌詞薄くて、全然感情移入できなくて、控えめに言って最低」
「Zペン知識ひけらかし系多くて苦手です」
「Zのファンって流されやすいだけで今流行ってるものなら何でもいいっていうタイプの人なんだと思う」
こんなかわいい子たちが、どうしてここまで言われなくちゃいけないんだろう。そしてZのファンまで悪く言われるのって何なんだ。見れば見るほどひどいコメントばかり。
コメントはたちまち千件を超えた。Zをほめるコメントには、「いいね!」の倍以上、「う~ん」の数。「いいね!」がゼロで、「う~ん」の数だけ膨れ上がってるのもある。このなかでZをほめるコメントを書いてるのは、大勢の敵に立ち向かう孤独な戦士のようだ。
しかしこんなに多くのコメント、いったいどんな人が書いてるんだろう。こういうことを書いてるのって別に、外に出ないひきこもりばかりじゃないだろう。ごく普通の日本人たちが書かなきゃここまでコメントは増えないはずだ。
電車内を見る。
「どこがいいんのかさっぱりわからない。メンバーも、グループも、見分けがつかない」
あの人なら、書いてそうだ。
「日本に来ないで」
これは、あの女性なら、書きそう。
「興味ないです」
そこでゲームしてる男の子なら、書きかねない。
まあ、誰か、書いているんだろう。
それにしても、だ。
あんな可愛くて、努力して、ダンスも歌もうまい子たちが、あれだけひどく書かれるのだ。彼ら彼女らがもし、私についてもしコメントするんだったら。
「よく人前に出られるね」
「生きてる意味ないんじゃない?」
「ていうか、死んだほうが、マシじゃね?」
何? 今の声? 私のこと?
でも、ほんと、そうだ。そうなんだ。私なんて、家から一歩も出ないほうがいいのかも。存在してるだけで迷惑かも。
「いや、違うって」
目の前に座っている、ラルフローレンのシャツを着て、ニューバランスのスニーカーを履いた男性の声が聞こえてきた。少しも口を動かしていないのに。親指で、なにかタイピングし続けている。
「あんたじゃなくて、Zのことでしょ?
どうせ、俺は、あんなふうに可愛く生まれなかったし、あんなふうに運動神経もよくないし、あんなふうに努力し続けられないし、あんなふうに愛されることなんて一生ありえないし、あんなふうにメンタル強くないってわかってるから、せめて、ちょっとでも、帳尻あわせたいってだけで。Zの人生と、自分の人生を、不公平だから、少しでも、バランスとりたいってだけ。
俺が、いくら、コテンパンにしようとしても、Zは無数に賞賛浴びて、焼け石に水でしかないんだけど、でも、その、すぐ乾いて弾けて消える水として、醜い抵抗をしたいだけなの。
あんたみたいな無名の、どこの馬の骨ともわからないような人、わざわざ罵倒するほど、落ちぶれちゃいません。だから、心配しなくていいよ。あんたは、俺とたいして変わらない。そんなこと、分かってますから。」
そうですか。そうなんだ、そうなんですね。
でももうあなた落ちぶれてると思います。あなたのほうが私よりずっと社会的地位とか高いのかもしれないし、お金とかもってるのかもしれないけれど、私、あなたみたいになるの、怖いです。
私、あなたみたいになりたくないです。あなたみたいなことはしない。などと、書いてる時点で、あなたと私、似てるけど。
「僕を軽蔑しないでください」
別の、声が聞こえる。さっきとは違う、少年のような男の声。
「僕は、これから、Zを殺します。あなたが僕を見てくれないから。あなたは、僕の、うんと近くにいるのに、Zのことばかりを見ていて、僕は、死んでるみたい。
あなたに僕を見てほしい」
誰? あなた、誰? やめなさい。私の声は聞こえる?
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