人魚の恋
この浜に来るのは久しぶりだ。
先日海で助けた男に会いに来た。
私たちからは女しか産まれない。
だから子供を産むには人間の男の精が必要なのだ。
寒い冬の海で漂い、体温を失いかけていた男を浜辺に送った。
身分の高い男なのか、たくさんの人間が大声で呼ばわりながらその男を探していたので、浜から私はすぐに離れた。
それから間もなく私はこの浜を訪れた。
歌を歌う。
「くうーくきいーー」
人間にはこうとしか聞こえないはずだ。
聞こえていたとしてだ。
この声は慕う男に届く音だ。
突然浜の岩陰からたくさんの兵士が現れ私は捕らわれた。
とんだ不覚だ。
はね返して逃げようとしたが、香のような匂いとともに私は眠りに落ちた。
気付けば夜具の上だった。
その国の王だと言う50がらみの男がいとおしそうに私を見ている。
すぐに横に座り、私の首に接吻した。
「くう・・・」
私たち人魚は人間とは比べ物にならない力を持っている。
人間の男をふりほどくことなど造作もないことだが、力が入らない。
会いたい男がいるのに、切ない気持ちがあふれてくる。
しかし、私たちは「精」を得る相手に出会えなければ人間の形にはならない。
人間と交わるには人間と同じ姿になる必要がある。
どうするのだろうといぶかしく思う。
男はいとおしそうに首から肩に、鎖骨にそして乳房にまで舌を這わせてくる。
なぜか懐かしい気持ちが内側から湧いてくる。
その瞬間、下半身のうろこが人間の足に変化していく。
驚く私に嬉しそうに男が覆いかぶさってくる。
ああ、そうか。
私たち人魚の寿命は長い。
私がこの男を浜に送り届けたのはもう何十年も前のことか。
私にとっては先日のように感じたのだが。
「もう、どこにもやらんぞ。」男が嬉しそうに言う。
私たち人魚は人間の男の精を受ければ、それからの寿命も人間と同じになる。
一生をこの男の側で送ることになるだろう。
本当は女しか産めないはずの私から、
なぜか男の子が産まれるように感じながら、私はその王の精を受けた。
それはそれとして、
浜に何十年兵を配置して私を待っていたことやら・・。