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【不思議な話】虫の知らせ

むし【虫】 の 知(し)らせ
なんとなく良くないことが起こりそうな気がすること。予感がすること。
※洒落本・真女意題(1781)「氷川から来た子と名ざしよふしたも、大かた虫のしらせだろう」
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について


「何か怖い体験ってしたことない?」と聞くと、たいていはないという返事が返ってくるのだが、「でもあのとき…」と続くことが少なくない。

それはどれも「虫の知らせ」を感じた話だった。


わたしの知人が学生時代に友人たちと北海道旅行にでかけたときのこと。

当時はまだ携帯電話も普及しておらず、旅行に出た相手と連絡を取るのは一苦労だった。

その日、知人は目当ての観光地へ向かうのに朝早くに宿を出た。まだ眠たい目をこすりながらキャリーケースを曳く。

おかしい。

キャリーケースのタイヤが妙に引っかかったり横にそれたりしてなかなか前に進めないのだ。

買ったばかりだがもう壊れてしまったのか?とひっくり返して確認するけど、問題は特になさそうだった。

また曳いてみるが、やはり引っかかる。

「まさか…」


妙に嫌な予感がした知人は宿に引き返し、電話を借りて実家に連絡を取る。

電話に出た母の声は明らかに動揺していた。ついさっき、もうすぐ退院するはずだった祖母が急変してそのまま亡くなってしまったというのだ。

亡くなった時間を聞くと、ちょうどキャリーケースと格闘していた時間とほぼ一緒だった。


「あれはばあちゃんが、いかないでって引き留めたのかな」知人はそう語った。



また、別の知人からはこんな話を聞いた。

死んだ人が家族へ自分の死を知らせにいくのを見たというのだ。

知人が子どものころ、学校からの帰り道にある丘の前に差し掛かったときだった。

この丘は足場が悪く、雑木林になっていて村の人間が足を踏み入れることはほとんどなかった。

ましてや日も落ちてすっかり暗くなったこんな夕方に登っては、転げ落ちたりでもしたら大変だ。


だが、いる。


白い服を着た女の人がこちらに背を向けて立っていた。

「見覚えがあるような…」知人が様子を窺っていると、女性は突然獣のような速さで丘を下っていった。その方向にあるのは、知人の父の同僚Kさんの家だ。

そういえば、あの後ろ姿はKさんの妹だった。

Kさんのところに用事があるんだな、でもあんなところで何をしていたんだろう。


知人が家に帰り、家族で食卓を囲んでいると、Kさんの奥さんが訪ねてきた。玄関で母とやりとりすると、そのまますぐに帰っていった。

「Kさんの妹さんいたでしょ、病院でさっき亡くなったって」


そんなはずはない。Kさんの妹さんがついさっきKさんの家へ向かうのを見た。

しかし、そのとき知人は気付いた。

あんなに物凄い勢いで下っていくのに、一切音がしなかったのだ。



虫の知らせとは、死者が大切な人を思う気持ちのことなのかもしれないとわたしは思う。

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