小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第一話】⑤
【謎のデバイスAZ】
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「しかも純文学っぽいのにSF的な哲学が出てくる。そこは興味があった」
「……」
「過去と今の君は違うって若い妻に言うの。それも感情的な恋愛論ではなくて、物理学的な話。文学の先生なのに物理学って。真逆」
ゆう子がおかしそうに笑った。
「そうか…」
「先生?」
急に言葉を無くしている友哉をゆう子が覗きこむ。
「俺の過去をトキとかいう興信所の奴みたいな男から聞いた。それだけで目が漫画だ」
「漫画?」
「ハート型になってる」
ゆう子は苦笑いをして、
「お芝居ですよ。やだな、女優を舐めないで下さい」
と言い、目を少し泳がせた。
「小説家を舐めるな」
間髪いれずに返されて、ゆう子が少し背筋を伸ばした。
「記者会見の話が本当で、その相手が本当に俺なら、片想いになる理由がもっとあるはずだ。深い理由だよ」
「……」
「本当ならな」
「本当なら……?」
「嘘なら帰る」
友哉がラウンジの扉を見た。
「あなたが中学生の頃……」
ゆう子が口を開いた。
「その性格でお母様に嫌われて、クラスメイトの女の子に恋をされた」
「だから?」
「家庭に向かない。結婚にも」
「はあ…。だから?」
「わたしに向いてる」
「そのストレートな告白が怪しいって訊いてる。わかる?」
ゆう子は苦虫を噛み潰したような顔をして、手元にA5サイズのタブレットを出した。タブレットはマジックで消えたトランプがまた飛び出すように現れた。
「これです」
「ほう。君にも手品ができるんだ」
「できません。勝手に出てきます。じゃじゃーん」
「じゃじゃーんの名前は?」
「AZ」
ゆう子が、「えーぜっと」と言う。
「どこで売ってるんだ?その飛び出す絵本は」
「千年先のAmazon」
「千年先から段ボール箱で届いた?」
「トキさんにもらった」
「プレゼント三昧だな。欲しいものリストでもネットに載せたのか」
「口調が怖いです」
「君は軽い」
「……」
ゆう子は少し頭を下げる仕草を作り、
「ごめんなさい。これが答えです」
と言い、AZをテーブルの上で友哉に向けた。
「あの男はそれと同じ色のもう少し小さなデバイスを持っていた」
AZは透明感がある茶褐色。陽の光にかざすと透き通りそうだ。
「そうですか。未来の人かどうかは分かりませんが、これが片想いの答えです」
「これがって言われてもな。何ができる装置だ?」
「なんでも」
「世界征服か。俺も持ってる」
友哉が小さく笑うと、
「モデルガンですよね」
真顔で言うゆう子。
「RD」
「アールディ……。ちょっと怖いです」
「俺が使いこなせれば、だ。心配しなくても世界征服に興味はない」
「何に興味がありますか」
ゆう子は力無く言った。
「君が持ってるその不思議なタブレットや俺が持ってるモデルガンを改造したRDという拳銃。それから……」
「それから?」
「君の笑わない目」
ゆう子は驚いたのか心臓がある胸に手をあてた。
「大丈夫か」
友哉がゆう子の肩に手を置くと、彼のリングが緑色に光った。
「そのリングの秘密も聞いてます。ありがとうございます。楽になりました」
「これもまだまだ使いこなせない」
友哉が大きく息を吸い込んだ。
「疲れるそうですね。そのリングを光らせると」
「大丈夫だ。この程度なら」
「わたしの目がどうかしましたか」
「君は俺の過去をほとんど知ってる。俺は君のことは人気女優、奥原ゆう子の顔しか知らない。だが、その目には過去の傷が突き刺さってる」
「誰にでも過去はあります」
「過去と未来は繋がらない」
「え?」
ゆう子が目を丸めた。
「相手によるよ」
「相手?」
「俺は君の過去を今に繋げない。未来にも」
「俺は?」
「俺が決める。これで…」
友哉が自分の頭を指差した。
「脳?」
「そうだ。さっきの小説の話だよ。時間とは何か。時間は人間が創った。このコーヒーには無関係だ」
友哉が手元にあるコーヒーカップを見た。
「あの観葉植物にも。つまり、目の前にいる俺が決める権利がある。人間の一人だからだ。君の辛い過去は今のこの時間に追いかけてこない。そう俺が決めた。パニック障害は辛いだろうけど、もっと気楽に生きろよ」
「……」
ゆう子は突然立ち上がり、
「素敵!」
と叫んだ。友哉が思わず耳に手をあてる。
「結婚にも向いてる!わたしとなら!」
目を輝かせている。友哉が呆れた表情を作ると、ゆう子が、「ふふ」と口にして、
「だから女優を舐めないでね」
と不敵に笑った。
搭乗案内の放送が流れた。
「行きましょ。口説く気もないのに素敵な台詞を作る大先生」
ゆう子はAZを手品のように消し、ラウンジの扉に向かい歩きだした。
――確かに口説く気はなかったな。それにしてもなんだ、あのデバイスは。エーゼット?
AZ…?
「先生」
ゆう子が振り返った。愛くるしい笑顔だ。
「早く行きましょう。悪い奴をやっつけに」
友哉はその笑顔に惹き寄せられるように、席から立ち上がりゆう子に向かい、歩きだした。
……続く