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小説『衝撃の片想い』第二部【再会】④「女の顔」1

【登場人物】
佐々木友哉 奥原ゆう子
宮脇利恵

桜井真一
末永葵 アダム・ワシントン 伊藤大輔 横山明日香(回想)

小早川淳子 リュウ・ミルノ
松本涼子

[カバー写真のモデルと本物語は関係がありません。写真は【女の顔】の舞台になる阿武隈川です)

「すばる銀行も遠目から見ると、立派な建物だな」
友哉は、涼子と桜井と一緒に、銀行の前にあるホテルの部屋にいた。友哉は手に双眼鏡を持っていて、すばる銀行の正面玄関を見ている。
「涼子ちゃん、仕事は?」
「ダンスのレッスン終了。今日はもうお休み」
涼子がいつものようにふて腐れた顔で言う。ふて腐れているとはいえ、目は笑っているか、時々笑みを零す。
「なんで、踊らない歌手がダンスのレッスンをするんだ」
「それなりに踊ってます」
桜井を睨み付けると、
「涼子ちゃんが一番怖い」
と真顔で顔を背けた。そうして男を睨み付けた後も、目を逸らすと嬉しそう、そう、とても嬉しそうに笑ってる。それを知っている男たちは彼女を嫌わないのだろうか。今なら、友哉と桜井、彼女のイベントに来るファンたちだろう。
「出てきた。テイレシアスのボス、若月翼…。なかなかのイケメンじゃないか。隣の男…」
友哉が目を丸める。隣に立っているスーツ姿の男は、マスクをしているが、有名な政治家だった。
「長野誠一郎じゃないか」
桜井が声を上げた。
「誰?」
「正木総理の言う通りか。現役の官房長官だ。毎日のようにテレビで記者会見をしている。姉妹でバカだな」
「お二人は、上野動物園と南紀白浜の動物園にいるパンダの名前を知ってますか」
「知らない」
口を揃えて言うと、
「バカだな。男は」
と、涼子が不敵な笑みを零した。
「アタッシュケースの中身は、現金か。なんでテイレシアスが与党の官房長官から金をもらえるんだ」
友哉が首を傾げると、
「脅してるんじゃないか」
と桜井が言った。
「正木総理はそんなニュアンスだった。だが、それなら、公安のおまえが気づいてるだろう」
「そうなんだよな。若月翼もテイレシアスの名前も、俺のところまで上がってこない。テイレシアスは、涼子ちゃんから聞いて、やっとだ」
最初は、末永との新幹線での会話を隠していた涼子。
だが、伊藤大輔刑事の立場を気にしたのと、末永の話の規模が大きすぎたから、一人では抱えきれずに、友哉と桜井に相談したのだった。
「わたしの手には負えないけど…」
涼子が本当に怖い顔をし、桜井はその彼女の顔をじっと見た。
「この人が本気になったら、なんとかセラピストは一撃だ。あの女は知らない。この人は、世界屈指の天才なのを。未来の力を借りなくても、無差別殺人事件も止めた。もう、女の邪魔もトラブルも懲りた。あなた…」
「なんだ?」
「さっさと片付けて。テトリスを」
「テイレシアスだ」
「…んー、なんでもいいの! ジェノサイドは許さない。人を虐めるのも」
涼子はそう言うと、桜井の顔を見て、
「桜井さんも飲んでばかりいないで頑張ってよ」
と釘を刺した。桜井が「はい。すみません」と頭を下げた。
「涼子、落ち着け。桜井、すばる銀行ほどの老舗なら、政治家の隠し口座もあるだろうが、長野個人の金か。それを若月に渡すのか」
「政治資金パーティーで集めた金の一部じゃないか」
――友哉さん、部屋に向かってマフィアみたいな連中が走ってるよ
友哉が首を傾げていると、ゆう子から通信が入った。
「なんで、ここにいることがばれるんだ」
友哉が目を丸めると、涼子が、
「あ、わたしのスマホだ」
と言って屈託なく笑った。位置情報をONにしてある画面を見せると、友哉と桜井が、苦笑いをした。
「回復のために連れてくるこの子たちが、逆に足手まといになっている問題に、そろそろ気づいた方がいいぞ。元気な時は俺たちだけでいいんだ」
桜井がそう指摘すると、涼子が、
「わたし、回復行為なんかしないもーん」
と、無邪気に笑った。昔の利恵はそれが本気だった。涼子はずっと嘘である。セックスが苦手なだけで、愛らしさや色気は見せてくれる。
ホテルの扉がスペアキーで開けられた。ホテル側が渡したようだ。友哉と桜井が顔を見合わせて、きょとんとしている。
「何をそんなに驚いているの?」
涼子がそう口にした時には、もういかつい男たちが四人、部屋に侵入していた。
「撃つな。話し合いたい」
友哉が声を上げると、彼らは涼子に銃を向けたまま、
「話し合い? なんの話だ」
と言った。口にしたのはリーダーの男のようで、プロレスラーのような体格をしていた。
「ホテルがスペアキーをなんでおまえらに渡すんだ」
「警視庁から許された」
「警視庁の人はここにいるけど…」
友哉がやや失笑しながら桜井真一を見た。極秘に動いている桜井真一は、警視庁では部外者のようになってしまっている。一度、死んでいるから存在が曖昧なせいもあった。
「キャリア組の記憶を消したから、おまえが暗殺されることはないが、架空口座の件やロスの件などを蒸し返してきたから、佐々木友哉って誰だ?って記憶を消された連中も言い出している。事情聴取はずっとあるだろうよ」
桜井がそう説明する。
「ほう、おまえが噂の佐々木友哉の相棒か。例の生き返った奴だな」
リーダー格の男が桜井を見て、何度か頷いた。
「おまえら、俺たちを倒せると思ってるのか。この余裕を見ろよ」
友哉がそう嘯くと、リーダー以外の三人の男たちが、顔を蒼くした。
「余裕など見えない」
「俺が教えたいのは、警視庁がなぜ必死になっているかってことだ。必死になってもう一年以上。俺は生きているし逮捕もされない。わかるか、坊や」
「あなた、120%勝てるからって挑発したらだめです」
涼子の言葉に、桜井がため息を吐いた。
「ムカつく連中だな。120%はこっちだ。俺の名前はソバット。もちろん、通称だ。俺や末永葵、そしてボスに手を出したら、大変な事態が発生する。120%、俺たちが勝利する理由はそれだ。熊を殴り殺すおまえとケンカで勝てるとは思っていない」
「あなた、熊さんもいじめたの?」
涼子が口を尖らせた。
「今のはかわいい。熊さんは失神させただけだ」
「何をイチャイチャしてるんだ。おい、その銃を捨てろ」
「大変な事態を教えてくれたら捨てるよ」
友哉はPPKを手放す気はない。隣には涼子がいるのだ。
「それは言えない。正義の味方のおまえが動き出すからだ」
「なんだ。テイレシアスが俺をスカウトするんじゃなかったのか」
「これがスカウトに見えるのか」
銃口を床に向けて、一発発射した。思わず、桜井が彼らを撃とうとするが、それを「やめろ!」と、ソバットが叫んで止めさせる。桜井の動きを止める迫力があった。
「わたし、分かっちゃった」
涼子が余裕綽々の笑みを浮かべているのを見たソバットは、
「さっきからなんだ、おまえ。アイドル歌手がその態度」
と顔色を変えた。友哉も銃弾にたじろがない涼子を見て、呆れ返った。
「この愛らしさに免じて許してくれないか。涼子、何が分かったんだ」
「あの銀行の地下の金庫に核爆弾があるの」
涼子がそう言うと、ソバットたちが目を丸めた。真顔だ。
「涼子ちゃん、核弾頭はあの銀行の地下金庫には入らないなあ。水素爆弾ならあるかも」
桜井が苦笑いをしているが、友哉は神妙な面持ちになっている。
――ゆう子、若月翼はアフリカで何をしているか、分かるか。
「調べてます。密輸をしている様子はないけど、末永葵と何度も出向いている。末永葵が自分はカウンセラーだと、税関で説明して、薬を見せている様子が監視カメラで見られるけど、その薬は抗鬱剤とかで、なんなく通ってますよ。気つけのための液体の薬は没収されています。栄養剤だと説明して粘っている」
――没収された液体の薬を追跡してくれ
「分かりました」
ゆう子がいったん通信を切った。
「おまえたちのボスは末永葵と一緒に海外に行く時に、山ほど抗鬱剤を持っていかないといけないほど病んでるのか」
ソバットに問うと、
「そうみたいだ。またアシスタントのハッカーが調べたのか。何者だ。奥原ゆう子がそんなことを出来るはずはないし」
と彼が答えたら、涼子が、ぷっと吹き出した。友哉が思い切り、涼子のお尻を叩いた。
「触るな、痴漢」
「佐々木友哉、ふざけてないで、我々から手を引くと誓え。おまえがそれなりに強いのは分かっているから、我々も無駄に戦いたくない。もし、戦ったとしたら、勝つのは我々で、そのかわいいアイドルも死ぬことになる。それでもいいのか」
「涼子も死ぬ? ほう、本当に東京でテロを起こすのか。それは止めたいなあ。愛している女がテロに襲われたら助けないと泣く親友がいるんでね」
トキのことだ。
「え? 愛してるの?」
涼子が頬を赤くした。
「へー、涼子ちゃんも恋する女の子らしい顔をするんだ」
桜井が笑っている。
「昔、結婚の約束をした女が目の前にいて、好き、好き言うなら、愛は消えない。今度、いなくなったらもう知らない」
「はーい」
――友哉さん、愛するアイドルとのお取込み中、失礼します。わたしが南アフリカにあるダイヤモンドの工場と軍事倉庫のような施設を前に見ていた履歴を出したら、その中に若月翼がいたんだ。そこから、AZを逆探知されて、マンションの周辺までは信号がきていた。
「それは想定していた。そのマンションに俺が出入りしているから、俺が奴らを調べたと勘違いされて、末永の事もあり、奴らに狙われてるんだ。そのマンションに奥原ゆう子がいることくらいは分かっている奴らだが、色恋に惚けている女優がハッキングしているとは思えなくて、俺が狙われたわけだ。南アフリカで若月が何をしているのか分からないのか」
「なんか耳障りな言葉が混ざってたけど…。えっと、ダイヤモンドをもらったりしている」
「何と交換している?」
「書類。契約書かなあ。マネーとかアクトレスとか書いてあるから、日本の女優さんとの交換かもね。さすがに、有名女優じゃなくて、引退したAV女優かな」
「ますます、分からない。それがなんで、官房長官をお供させるんだ」
友哉は、ゆう子に引き続き、若月翼を調べさせることにして、通信を止めた。
「ソバットくん、僕らは手を引く。松本涼子は元婚約者だ。死なせるわけにはいかない。その前に、桜井刑事がトイレに行きたくてずっと我慢している。手錠と銃を置いていくから、トイレに行かせてやってくれ」
「分かった。トイレは仕方ない。日本で言う武士の情けだ。行け」
桜井が首を傾げながら、部屋のトイレに向かって歩き出すと、その瞬間に、友哉と涼子が部屋から消えた。転送したのだ。桜井が、「え?」と言って、二人がいなくなった部屋の一角に振り返った。
ソバットたちは目を剥いていて、部下の一人が体を震わせて、拳銃を落とした。
「このままトイレに行っていいかな」
「い、行けよ。おまえを殺すつもりもない」
ソバットは声を震わせながら、部屋から出て行った。

「強引。ここはどこ?」
涼子が無機質な廊下を見回して言う。
「頑丈な地下室だ。さすが、最大手」
近くのエレベーターの扉が開いて、制服姿の小早川淳子が現われた。
すばる銀行の地下室。薄暗いが、淳子は利恵のように落ち着いて、ゆったりと歩いてきた。
「奥原ゆう子さんから富澤社長に電話があって、わたしがきました」
「銀座の時よりも大人になっている」
「佐々木さんは自分のオーラが眩しくない?」
「あいにく、鏡はあまり見ないんだ」
二人の会話を聞いていた涼子が、つまらなそうな顔をした。
「富澤さんは? よく一介の従業員がここに入れたね」
「中に佐々木さんがいるって言ったら、一人で行くように言われました。自分は邪魔だと思うって」
なんとなく言いながら、淳子は不思議そうに涼子を見ていた。
「その方は?」
涼子を見て訊いた。
「アイドル歌手の松本涼子だ」
「ああ、どこかで見たことがあるかと。…あなたが…。利恵から聞いている」
淳子が涼子を見たが、すぐに、
「銀座で買ってもらった洋服は結局、自分で使ってて、佐々木さんと、またこうして事件か何かの協力ができるのが嬉しい」
と言い、友哉を見つめた。
「涼子と淳子さんは初対面か。挨拶」
友哉が涼子の頭を押すと、涼子は頭を下げて、
「松本涼子です。銀座の無差別殺人を止めた時に手伝って、女になったの?」
と顔を上げて、淳子を睨んだ。淳子は落ち着いている。
「何を言ってるんだ、涼子。彼女は桜井とか、ああいう男が好みだぞ」
「わたしの知り合いのアイドルが、デブ専だったのに、細マッチョと結婚したよ」
「そうして、女にケンカを売る癖をやめろよ」
「ケンカじゃない。淳子さんが、あなたを女の目で見たから、婚約者として釘を刺したの」
「女の目を見せた気はないけどな。あなたよりも恋愛経験があるから、いい男を見たら、そういう顔になるのかもね。それをいちいち気にするなら、あなたは佐々木さんから、それほど愛されてないかもしれない不安が大きいのよ」
年上の口調で淳子は言った。
「なに?」
言い返された涼子が、淳子に向かって一歩、足を踏み出した。
「あなたがいない間に、佐々木さんが愛した女は利恵。利恵が病気で脱落したからって、元の鞘に都合よく戻れると思ってない? それを自分勝手って言うの」
「……」
涼子が目を見開いた。淳子からの思ってもみない反撃だったのか、返す言葉を無くしている。
「涼子。誰彼かまわずケンカを売っていると、こういうことになるんだ。淳子さん、涼子はいつもこうだ。すまない。この地下室に金庫はある?」
「そりゃあ、ありますよ。だけど、わたしも本当はこんなところに入れません。なんかすれ違った金庫番の人も、わたしに気づかないんだよね。わたしから声をかけないと、ほとんどの人がわたしを無視。なんで嫌われたのかな」
淳子の言葉に、友哉と涼子が苦笑する。
「佐々木さんたちも、どうやってここに入ったの?」
「近いから疲れなかった。何しろ軽い体だ」
「軽い? 軽いとここに侵入できるんですか」
淳子が首を傾げたら、涼子が、
「無差別殺人事件を未然に防げる能力がある男と一緒にいたのに、なんにもその男のことが分からないなら、女の顔はやめて、このスパイごっこを楽しんで」
と言った。
「……」
淳子は涼子の顔は見ず、首を少し傾げて遠くに目を向けていた。
「涼子、いい加減にしろ。淳子さん、金庫はどこかな」
淳子が、
「たぶん、こっち」
と言って、二人を案内した。
友哉のリングが赤く点滅を始めた。
「ほら、核爆弾だ」
涼子が言った。
「今度は核爆弾?」
淳子は心底、うんざりした顔になった。連続殺人鬼に殺されそうになり、無差別殺人事件を止める協力をし、今度は自分が勤める銀行の地下に核爆弾があるかもしれない。その経緯を聞いた涼子が、
「まあ、それを聞いたら、わたしたちの友達って気もするかな」
と苦笑した。淳子も、似ている笑顔を作った。
金庫室の前に到着する。映画でよく見る大金庫室ではなく、入口は小さい。
「富澤社長以外に、この金庫を開けられる人は?」
「副社長と…」
淳子が言葉をいったん飲み込んだ。
「日本平等学会の会長とその愛人か妻のような人…らしい」
――日本平等学会? 正木総理が口にしていた
「富澤社長が困っていて、その件で佐々木さんがきたと思っています」
すると、涼子が、
「その宗教法人は有名ですよね。テイレシアスじゃないんだ」
と言うと、
「ああ、それですよ。別名テイレシアス。富澤社長がさっき教えてくれました」
と淳子が言った。
「カルト宗教かと思ったら、数年前から拡大した巨大宗教団体か。野党に政党もある。官房長官に接触するのも簡単なわけだ。長野は正木総理にはテイレシアスと言っていて、日本平等学会とは言わなかったのか。ただ、正木総理はそう予想はしていた」
「今のところは、銀行のお金の被害はないけど、その官房長官とテイレシアスの会長が愛人の女と勝手に入るから、社長は佐々木さんになんとかしてほしいみたいです」
「懲りない女だ。愛人の名前は末永葵。利恵の恋愛観を狂わせたセラピストだ」
「末永…あの心療内科にいた…。利恵をカウンセリングしたのに、全然利恵がまともにならなくて、わたし、窓口で何度冷房を止めたか。じゃあ、ますます手伝いますよ」
淳子が、金庫室の前に改めて立った。
「これも淳子さんの顔と網膜認証で開きそうだ」
「なんでだろうなあ」
淳子が、金庫の脇に設置されている網膜での認証装置に顔を合わせると、金庫の扉が開いた。
「女性は一人しか登録してしてなくて、非常時には網膜以外の、つまり顔の認証だけでも開くようになっている。きっと、末永葵だと思われてるんだろう。君がぼんやりした女だから」
「天然とか言われたことはないですよ」
金庫室は、ワンルームほどの広さで、壁の一角は鍵が付いた引き出しがつらなっている。
「待て。入るな」
友哉が、金庫室の端に目を向けた。テレビのリモコンほどの機器が、四方の壁に設置されている。後付けのようだ。
「昭和からある金庫室にやっつけでレーザー検知機を設置したようだ」
「ああ、入ると警報が鳴るのね」
「肉眼では見えない。警報だけならかまわない。富澤社長が知ってるのだから警報器は作動しないはずだ。スプリンクラーの横に設置してある箱のような機器。あそこから、警報と同時に何か出てくる。麻酔薬だと思う。すぐにゆう子が無効にしてくれる」
友哉がそう言うと、ゆう子から「警報は、富澤社長が無効にしてあって、その毒物が出る装置も作動しません。電話で聞いたら、危険な物を置かれてあるみたいで、それが何か分からないから、友哉さんに調べてほしいって」と連絡が入った。淳子が、
「奥原ゆう子さんって、女優じゃなかったんですね。世の中、怖いな」
と苦笑した。
友哉が、リングの点滅の強弱を使い、室内を歩き回っていると、大きめの引き出しがついたボックス型の金庫の前で、リングの赤い光が強くなった。特別な台の上に置かれている。
「眩しいなあ」
涼子がそう言うと、淳子が「銀座では嵌めてませんでしたね、その指輪。眩しいです」と言う。
「見えるの?」
涼子が声を上げた。
「だから、目が潰れるほど眩しい。なんの武器ですか」
「そこの警報装置と同じだ。涼子、おまえが淳子さんとケンカをしたら友達みたいになったから、リングの光が見えるみたいだが、淳子さんの視力が0.1落ちた」
「治してあげれば? 緑色の光で」
友哉が、小さなダイヤル式の鍵をPPKで撃つのをためらっている。額に汗をかいているのを見た涼子が、
「お願い。普通に暗証番号を入れて」
と、神妙に呟いた。
――ゆう子、若月翼、末永葵ら、テイレシアスの幹部の誕生日を順に教えてくれ。
ゆう子から聞いた数字を順番に、ダイヤルを回すが、ロックは解除されない。
「あなた…」
「なんだ?」
「持って帰れば?」
「え?」
涼子の提案に、友哉が絶句した。
「持って帰って、普通に壊せば? とんかちとかで」
「と、とんかち? そうだな…」
笑いをこらえている淳子に友哉が、
「今日、若月翼が来店したのを見た?」
と訊いた。
「見ました」
「何日置きにやってくる?」
「滅多にきませんよ」
「そうか。じゃあ、持って帰るとするか」
ボックス型の鉄の箱を慎重にカートの上に載せて、金庫室から運び出した。
「もろばれですよ」
淳子が監視カメラを見て言うと、
「廊下の監視カメラはすべて止めてある。ゆう子が」
と友哉が笑った。
「とりあえず、淳子さん、あなたが運んでくれないか。怪しまれないと思うから」
「え…。こ、これを?」
爆発物かもしれない箱を見て、淳子が絶句してしまう。
「いいじゃん、一度、死んでるし」
「は?」
「涼子、悪ふざけがすぎるぞ」
「はーい」
銀行の外に出ると、桜井真一の車がやってきて、
「おい、さっきのやり方はひどいぞ」
と本気で怒った。だが、淳子を見ると、
「やあ、今度、お茶でもしよう」
と、顔をほころばせる。
「佐々木さんとケンカしないなら」
「しない、しない。俺たちは前世から兄弟みたいに仲良しだよ」
「じゃあ、デートしましょ」
淳子が満面の笑顔で桜井の誘いに応じた。友哉が、嬉しそうに二人を見た。
「なんだ、男なら誰でもいいのか。疲れるケンカをしてしまった。昔の利恵さんみたいな女か…」
涼子が肩を落として、後部座席に乗り込むと、淳子が箱を渡して、
「聞こえたよ。わたしは利恵になるの。すばる銀行の梅と桜の花だったの、わたしと利恵はね。なのに、わたしは頑張っても頑張っても利恵に勝てない。利恵、佐々木さんに嫌われたと思ったら、また大事にされている。ありえない、あの子。親友だと思っていたけど、憧れに変わった。あの子はわたしの憧れの女よ、悪い?」
と言った。
「利恵さんになる?」
「利恵の愛した男は誰だっけ?」
「え?」
淳子は涼子の耳元でそう言うと、軽く涼子を睨んで立ち去って行った。その後ろ姿を見た桜井が、
「彼女、利恵ちゃんに歩き方が似てるな。利恵ちゃんも今はショートだし、同じ洋服を着ていたら、後ろ姿じゃ、見分けがつかない」
と言う。すかさず涼子が、
「様子は似てるけど、かわいい顔に死相が見えていますよ」
と言い、淳子をじっと見た。
――あの女、ただ者じゃないな。トキさんたちとは一切関係ないこの時代の人間だって、ゆう子さんから聞いていたけど、違うんじゃないか。くそう、女の邪魔もトラブルももう懲り懲りなのに
と思い、友哉を見るが、彼は桜井に、「良かったな。淳子さんとデートだぞ」と笑っているだけだった。

…続く


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山宮健(里中李生)
普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。