『ZEROISM』1
【あらすじ】世の中の不平等、非常識、快楽、悪徳などをすべて抹殺しようとする謎の集団『ZEROISM』。その活動に気づいた元外事警察官の外川数史と新妻、純菜。そして親友の警察官たちが、人々の愛と幸せを守るために戦う物語。第一話は、12歳の少女を救った男(外川)がその少女が17歳になり婚約したのを嗅ぎ付けたZEROISMが外川を殺そうとする話。外川たちがZEROISMと戦うきっかけになった序説のような恋愛ストーリーです。
●障害者の表記は、途中、障碍者に変えましたが、後で【障害者】に統一していきます。
◆
第一話「歳の差婚」
「一人、捕まえてきました」
小太りの男が、すました顔で立っているスーツの女に言った。
雑居ビルの二階。下は開店前の居酒屋になっている。
捕まえられた四十歳ほどの男は、ソファの上に投げるように押されて背もたれに頭をぶつけた後、頭を抑えながらソファに座った。女が彼を覗き込むようにして見た。
「あら、わりとイケメン。少女を誘拐しようとしただけのことはあるわ」
軽蔑するように言った。
「イケメンなら、そんなことはしないと思うけどな」
疲れ切った表情で彼は答えた。声も小さい。首の辺りを自分でさすっている。どうやら、後ろから殴られて連れてこられたようだ。
「五年前、永熊駅のホームにいた当時12歳の棚橋純菜をホームから連れ去ろうとした。目撃者によると、体も触っていた。純菜はあんたをお兄ちゃんだと言ったみたいだけど、言わせたんでしょ。その後、あなたが駅のどこかに連れ去った」
「何か飲み物はないですか。首を殴られたからか喉が苦しい。喋りにくい」
「仕方ないわねえ」
女に目配せされた小太りの男が、事務所内にある自動販売機のペットボトルの天然水を購入して手渡す。同じような体格の男がもう一人、女の隣に立っていた。
「元小結の高結庸良と元前頭…なんだっけ…」
「土戸です」
「だそうよ。ボディガードかな。あなたみたいなロリコンにはボディガードは必要ないけどね」
天然水を飲んだ彼は、
「純菜の話か」
と苦笑いをした。
「もうすぐ下校時間ね。部活には入ってなくて花嫁修業中。高校を卒業したら、なんとあなたと結婚。そう婚約者ね。あなたは33歳。ま、ありえない歳の差ではないけど、少女を誘拐未遂、痴漢もして、その少女と結婚できた経緯を聞いて、わたしが納得しなかったら、二度と街を歩けない体にしてあげる」
「彼女のご両親と一緒に住んでいる。俺がこの時間にいないと、彼女はとても心配する。ちょっとだけ返してくれないか」
彼は手を伸ばした。スマホを奪われていた。
「LINEだけならいいわ。純菜のアイコンを見せて」
画面を見せて、短文を打ち込んですぐに返した。その時、
女…高洲響子がスマホを受け取ろうとしたその手首を外川が握り、強引に引っ張った。ソファの角に体をぶつけた高洲響子は小さな悲鳴を上げた。元力士たちが彼に襲い掛かった。だが彼は持っていたペットボトルの飲み口で力士の目を突いた。それは強烈な突きで、目が潰れたのか力士の一人は部屋の隅まで転がってうめき声を出した。
「目が、目が…」
もう一人の力士ももう戦意喪失だった。口の中にペットボトルが突っ込まれていて、息ができなのか顔面蒼白になっている。
「水が気管に入ったと思う。体力があるんだろ。肺の力で押し出せ、死ぬぞ」
ソファの角に尻もちをつくように座った響子が、呆然としている。
「この事務所、ZEROISMの支店だろ。おまえ、上から何番目だ」
「え?」
「ボスがどこかにいるんだろ。おまえは何番目だ」
「あ、あんた、誰?」
「ロリコンの痴漢だろ。おまえがそう言ったじゃないか」
彼は水を詰まらせた力士の鳩尾を思い切り、蹴った。スニーカーのつま先が鳩尾に食い込んだ瞬間に元力士はペットボトルと水を吐き出した。目を突かれた元力士はその右目から血を流していた。
「警察、呼ぶか。秘密結社みたいなのが一般人をまさに誘拐してきたその事務所に警察を呼ぶか」
「外川数史…棚橋純菜の父親が経営するカフェの従業員…兼、娘の婚約者…」
「…しか、知らないんだ。ご愁傷様です。ボスの名前は?」
「……」
響子が唇を噛んだ。
「言えないか。まあ、今日は許してやるよ。女だから許してやる…なんて思想も潰したいんだよな、おまえらは」
「な、なんでわたしたちを知ってるの?」
「この社会のすべての悪と不平等を撲滅…いや抹殺か消し去ることを目的にした妙な組織。俺みたいなおじさんが、高校を卒業したばかりの女の子との結婚も許さない。歳の差婚は十歳まで、だけど50歳の男と35歳の女ならいいらしいな。70歳と50歳とか。おっと、逆もいいのか。20歳の男と35歳の女はいいんだ。ようは男を抹消したいだけだろ」
「38歳の狂暴なあんたと、18歳のか弱い女の子との結婚は裏があるのよ。痴漢をして、その後、ホテルに連れ込んでストックホルムシンドロームみたいにしたんじゃないの。純菜さんの両親はそれがばれるのが恥ずかしくて、あなたに脅迫されている。わかりやすいわ」
「それ、妄想って言うんだ」
外川はそう言うと、響子の頬を思い切り、ビンタした。
「これがあんたたちが目指している平等なんだろ。耳の鼓膜が破れたと思う。あのデブと一緒に病院に行け」
真っ赤に腫れた頬を抑えた響子は肩を震わせ、
「あんた、誰なのよ」
と、また言った。
「純菜に手を出したら、おまえ、あのデブみたいに目がなくなるぞ」
彼はそう言って、事務所から出て行った。
開店前の居酒屋の椅子に座っていたスーツを着た中年の男が、
「武器も持たずによく入ったな」
と言って、店主に頼んだビールを飲んだ。
「警官が職務中に飲んでるよ。スマホを使おうと思ったら取られた。けっこうピンチだった。助けにきてくださいよ」
「助けてって言ったら一応、行くつもりだった」
「言ったよ。スマホ」
外川が彼の正面に座って、グラスビールを注文した。
「上が騒がしかったけど、開店する前に帰ってくださいよ、刑事さん」
店主はうんざりした顔でそう言いながら、外川にビールを持ってきた。
森長栄治がスマホを見たらLINEに、「助けて、元力士がでかい」と入っていた。
「LINEは女専用なんだ」
「純菜に送れって、上にいる何番目かのボスに言われたから送ったんだ」
「俺、純菜ちゃんじゃないよ」
「純菜はちゃんと家に着いた?」
「杉浦が見てるんじゃないか。なんだ、その手は…」
外川が右手を森長の前に出した。
「報酬。ドリンク剤十日分」
面倒くさそうな顔で、胸のポケットから封筒を出した森長は、
「奴らを潰さないと純菜ちゃんのような子が増える。頼むよ」
と言った。テーブルの上に『発達障害の子どもと向き合う方法』という本が置かれた。
「奥さんがいるのに、女専用のLINEがある森長さんも、上にいる女から見たら発達障害か精神異常者ですね。連中が、森長さんを世の中から抹殺してくれますよ」
「仕事が嫌になったら、お願いするよ。パーフェクトに道徳的な人間とパーフェクトになんでもできる人間以外は、すべて発達障害や心の病にしようとしているのも奴らだ」
「人類史の勉強でもして偉人たちの生活を調べてほしいもんだ。モーツアルトもニーチェもドストエフスキーも皆、ボロボロだぜ」
「あの手の新手のリベラルは今しか見ない。今日の女ボスはフェミニズム担当か。降りてきたみたいだ。行くぞ」
ZEROISMの連中が降りてきた足音を聞き、机の上に五千円ほど置いて二人は外に出た。救急車がやってきたのを興味のなさそうな顔で見て、
「もう、知ってると思うが、外事の腕利きだったおまえの辞職を曖昧にしてあるのは俺だ。恩着せがましいが、細かい案件もまた頼む」
と言い、タクシーに乗って消えていった。
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小説『ZEROISM』第一部
警視庁外事四課と公安一課の刑事が、謎の組織『ZEROISM』と極秘に戦う本格刑事ドラマ。歳の差婚、同性愛、動物愛護、虐め問題…。天才、外川…
普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。