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『ZEROISM』4

第四話「オスカー・ワイルド」

棚橋純菜の通う都立中学校の校長室に、手首に包帯を巻いた川上貴子と校長の木戸納が生徒のデータが載ってるファイルを捲っていて、校長は受話器を手にしていた。
「『じゅんな』という名前の生徒はうちに、三名いて、顔や体格に見覚えがあるのが1年2組の棚橋純菜です」
と校長が誰かに電話していた。純菜が保健室から出た時に、外川が、「純菜、教室にスクール水着を取りに行きなさい」と、その時だけ口にした。それを覚えていたようだ。
「防犯カメラは?」
「すべて壊されていました」
「一緒にいた男の正体をその生徒に言わせるんだ。そこらにいるナンパ男じゃない。麻薬密売の連中の仲間にして一緒に刑務所に叩き込む。麻薬捜査課の君寄刑事には、その男の名前が判明したら、動くように待機させている。徒堂建設と麻薬密売グループは別件だった。それが繋がっているが公になったらまずい」
「わかりました」
校長が受話器を置くと、川上貴子が手首をさすりながら「なんで防犯カメラが全部壊れているのよ」と悔しそうに言った。
「赤坂のパーティーで知り合った金持ちの青年実業家が麻薬に絡んでいることくらい、なぜ分からなかったんだ。いい迷惑だ」
「知ってたわ。パーティーはほとんど乱交だったから。だけど覚醒剤じゃなかったのよ」
「はあ? いい歳して何をやってるんだ、君は」
校長は呆れ返った顔をして、また誰かに電話をした。十分ほどすると純菜が、担任と一緒に校長室に現れた。担任は若い女性教師だった。
「連れてきました。棚橋さんが何か」
「この子の成績は?」
川上が訊いた。
「優秀です。学年で三位です。上の二人は塾に通ってますが棚橋さんは小学生の頃から塾にも行ってないので、親御さんがしっかり勉強を教えているのでしょう」
「そうかしら。小学生の頃は登校拒否をしていて、かなり問題児だったって噂よ」
それを聞いた純菜が、
「大衆はなんて寛容なんだ。天才以外のすべてを認める」
と言った。
校長の木戸、川上貴子、担任の佐野友恵が目を丸めた。
「なにそれ? わたしたちが大衆であなたは天才って意味?」
川上が、積年の恨みがこもったような目で純菜を睨んだ。
「佐野先生は違いますよ。あなたたちです。ちなみにこれはオスカーワイルドさんの名言。そんなことも知らないんだ」
純菜は校長と教頭の川上に視線を投じた。
「佐野先生は帰っていいです」
「え? でも…」
「帰りなさい」
校長にも命じられ、佐野友恵はしぶしぶ出て行った。
「わあ、人質だ」
「その通り。あの日、一緒にいた男は誰? 電話番号を知ってるなら、電話でここに呼んで」
「知らない。校門の前でナンパされた」
「呼ばないと、かわいい顔に傷がつくけど…」
川上貴子が鞄からカッターナイフを取り出したのを見た校長の木戸が真顔で、「おいおい、それはやめておきなさい。犯罪者集団なのか、君が入会したゼロイズムは」と言って、思わず立ち上がって、川上の手を押さえた。川上は仕方なく、カッターナイフをしまい、息を殺していた純菜は深呼吸をした。
「わたしたちは正義よ。怖がらせてごめんね」
「どこが正義だ」
純菜がそう言い返すと、また川上の顔色が変わる。
「棚橋くん、少しは口を慎みたまえ。校長の私が困るんだ」
「すみません。女同士のケンカです」
「だから…」
校長の木戸がうんざりした表情を作った。気を取り直した川上が、
「あなた、三丁目の『菜の花』の娘でしょ。毎日、登校していてすぐに帰宅してお店を手伝っている。休日もね。ふしだらな行為をしている様子はないのよ」
と言う。
「じゃあ、話は終わりですね。わたしは巻き込まれだけです。授業が始まるから戻っていいですか」
「だめよ。男の名前は?」
「知らない」
「お店の横に空き地があるわね。そこを買い取って、大型マンションを建設させてもいいのよ」
「……」
純菜が身構えた。
「二年くらいかけて建設しようかしら。ずっと工事の音と工事車両が邪魔でお客さんはこなくなる。お父さんが、脱サラして構えた大切なカフェ。コーヒーは美味しいらしいわね。前に、料理の種類が足りないことを雑誌のレビューに書かれて経営が困難になった時には、美人女子大生をバイトに雇って切り抜けた。今は、お母さんと女子大生とあなたがバイトをしている。あなたもかわいいから、コーヒーを運んで行ったら、男たちはメロメロみたいね。そのロリコンの男たちもわたしたちがすぐに淘汰するから…と言っても、まずはあなたの店に行くのをやめさせるために、お店を潰すことが先決だし、素早くできるわね」
「なんで教頭先生が土地を買ったりできるんですか」
「大きい建設会社とお友達なの」
「ふーん、校長先生は、教頭先生が生徒のお家に嫌がらせをしてもいいと思ってるんですか」
「君には分からないと思うが、文部科学省と今、相談していたところだ。警察にも言ってある。暴力事件じゃないか、あれは。それくらいは分かるよね。君とあの男がお友達だったら、君も警察にいろいろ話さないといけないんだ」
「んー? ここに覚せい剤の人がいたような…」
純菜が首を傾げた。
すると、川上が、
「バカね。何が天才よ。そんなの、簡単に口を封じられるの。それに防犯カメラが壊れていたから、彼も映っていない。あなたたちが来る前に映っていたのは消去したわ」
と笑った。すると、純菜が笑い返した。
「困ったなあ。天才でもないのに、天才になりたがるおばさんは」
純菜が校長の机の電話機を指差した。
「なんだ?」
「裏」
「裏?」
校長が電話機を持ち上げて、裏を見たら盗聴器が付けられていた。
「万が一に、そこにも」
今度は校長の椅子の裏を覗くような仕草で見た。
椅子の裏にも盗聴器がしかけられていた。
「筒抜け。脅迫、なんかの隠…隠…なんだっけ…。それを政治家さんと結託。それが筒抜け。あの時の男に」
と言った。
電話が鳴り、校長が手を震わせながら、受話器を取った。
「高田だ。先ほどの話はなかったことにしてもらいたい」
文部科学大臣だった。
「その生徒は卒業するまで手厚く保護したまえ。でないと、大変なことになる。私の地位も、あなたの校長の椅子も」
と言い、電話が切れた。
「ど、どうしたの?」
川上貴子が校長に訊くと、
「大臣からだ。この子を卒業するまで手厚く保護し、今日の話もなかったことにしないと、私のクビが…。もちろん、あなたも…」
と言い、頭を抱えた。そしてそのまま机に向かって、
「なんでこんなことに私を巻き込んだ!」
と怒鳴った。川上が思わず後ずさりをした。
純菜が「ひい」と芝居がかった悲鳴をあげて、校長室のドアまで逃げた。
「私はどうでもいいんだ。プールの前を通りかかった大人たちが生徒を見ようと、ああ、盗撮さえしなければ。それくらいは教職員と警備員に頼めた。なんだ、あのへなちょこの塀は。私が何回、報道陣に頭を下げて言い訳したと思ってるんだ。女子が着るズボンタイプの制服を衣料メーカーに大量に注文するように高田先生と一緒に押し付けてきたが、私立のかわいい学生服の学校に、成績の良い女子が全部行ってしまって、うちには地元優先の子供しかこなくなったじゃないか。進学率を見たまえ。うちから偏差値70以上の高校に行く子もほとんどいない。君らが妙なことばかりするからだ」
鬼の形相だった。純菜が扉の前から、
「校長先生、わたしが良い高校に行くから安心してね」
と言うが、純菜の顔は強張っている。
「ああ、棚橋くん、君には大いに期待している。もういいから、授業に戻りなさい。後で佐野先生にも謝っておく。君の彼氏みたいな男にも…、ああ、そうか、あの男はこれを聞いてるのか…」
思わず、また電話機の裏を見て、盗聴器を叩き潰した。
「壊すのが遅い」
純菜はそう笑って、校長室から出た。

「あなたにも、娘と息子さんがいらっしゃる。あの校長室で棚橋純菜という少女がどれほど怖い思いをしたか察してください」
総理官邸、文部科学大臣室。そこにいたのは森長栄治だった。
「なぜ、こんなくだらんことに外事が絡んでるんだ」
高田は大臣の椅子に座っていたが、イライラしているのか、さかんにペンで机を叩いていた。
「絡んでるわけないでしょう。こんな、おままごとに」
「ままごとだと」
「くだらないこととご自分で言いましたよね。それをままごとと、私が言い直しただけです。今から私が持ってる盗聴器の一切を切ります。…あの少女の命を守るために、私が買った五年ローンの八百万円のベンツが全損です。誰に弁償してもらおうかと考えた末に大臣に白羽の矢をたてたわけです。あの校長にしようかと考えましたが、あまりお金がないようで」
「手抜き工事の塀に潰されたベンツは君のだったのか。外事がそんな目立つ車に乗っていた罰だ。傑作だな」
「間抜けとしか言えません。この間抜けに、大臣からプレゼントはないでしょうか。本当はゼロイズムに請求したいのですが、大臣も知らない?」
「どこかに固まっているカルト集団なら、君らがすぐに見つけるだろ。バラバラのようだ。請求書を百枚くらい配って歩いてはどうだ」
「純菜という少女と一緒にいた男が校長室に盗聴器を付けた。川上貴子のスマホを校庭に放り出した瞬間に。そのスマホも私が持っている。大臣の電話番号も入っていた。麻薬の密売グループと仲良く並んでましたよ。これは脅迫ではありません。あのまま川上貴子がスマホを持っていたら、逆に彼女たちに大臣が脅迫される。私は国家のトップの一人を助けたのです」
「分かった。ではそれも含めて、今の川上貴子たちとの会話の録音を消去したら、私が壊れた君の愛車を新車でプレゼントしよう」
「徒堂建設からの賄賂からではなく、あなたの自腹でお願いしたい」
「……」
遂に、高田が机にあったコーヒーカップを叩きつけた。カップは粉々に割れ、森長がその瞬間だけ、顔に右手をかざした。
「コーヒーは無くなったが、君の話は全部、飲む。ではあの少女と一緒に学校に乗り込んだ若い男は誰だ」
「彼女の許嫁ですよ」
「腕のたつ許嫁だな。あの娘も頭が良さそうだ」
「まだまだですよ。先回りして防犯カメラを無効にしたのは私。彼女が校庭から出ないように門の横に愛車を横付けしたのも私。許嫁と言っても歳の差があって、彼は集中力を欠いていたんで」
「外事の若手か」
「だったらどうしますか」
「どうもせん。川上のスマホを奪ったのは彼なんだろ。君らは最終的には我々の味方だ」
「その通りですよ。なぜなら、私は今日、週に一度あるかないかの休みにきました。この件はプライベートです。明日からは、国家のために全力で職務を全うします」
「分かった。君たちには国際会議の時にも総理が世話になっている。車は私が父親から譲られた遺産の一部から捻出する。相続税も払ってある綺麗なお金だ」
「さすがです。これからもよろしくお願いします」
森長は頭を下げると、大臣室から出て行った。
官邸から出てタクシーを拾おうとしたら、外川数史の愛車レクサスが、森長の前に停まった。森長が助手席に座ると、
「保健室には防犯カメラはなくて、校長室の出来事を部分編集するのは無理でしょう」
と外川が言った。
「素直に礼を言ったらどうだ。じゃあ、女子中学生と校庭でイチャイチャしていたのは?」
「熱中症です」
「ふーん、あれが? 純菜ちゃんはおまえの腕にしがみついて熱中症なのに満面の笑顔。今年の熱中症は恋に落ちるんだな。で、お礼は?」
「こうしてお迎えに参りました」
外川はそう言って頭を下げた。森長が大きく頷いた。
「純菜がカンカンですよ。早退して、電話してきた」
そう言われた森長は、
「怒っているだけならまだマシだ。普通はおまえも俺も絶縁される」
と言った。
「絶縁は困るな。あのカフェは気に入ってるんです」
「ほう、正直にカミングアウトしたもんだ。大臣には許嫁と言っておいた。しばらくその形にしておけ。今からあの夫妻に純菜ちゃんとの婚約でも申し込んで来い」
「‥‥‥」
「公安の出世頭の親族だと分かったら、政治家や警察庁は手を出せない。それくらいわかるだろ。俺やおまえの上にはキャリアがずらっといる、特におまえは、マルチに活動できる腕利きで、警視庁の有名人だ」
「許嫁でいいですよ。暫定婚約者とか。純菜もそう言っておけば笑っている」
仏頂面で言うと、
「純菜ちゃんの笑顔が見たくて、最近は菜の花に行ってるんだろ」
と森長が笑った。

翌日。

森長が、外事4課の自分のデスクで過去の犯罪資料を整理していたら、
「森長係長、暇そうですね」
と男が声をかけてきた。公安第1課の杉浦竜則、32歳だった。
「G7も当分ないし、暇は暇だが、資料は山ほどある。手伝いたいのか」
「森長さんのところの天才も暇ですか」
「たまの休日は趣味の読書をカフェでしていたが、それを邪魔する手強い天才少女が出てきて、速読すらできないらしい。彼に用か」
PCを相手にしながら、目薬をさしている外川をちらりと見た。彼はその視線に気づいて、森長と杉浦に顔を向けた。
「あの調子だ。ピリピリしている。彼は他の部署とは関わらない。協力もしない。俺もだ」
「休みの日はありますかねえ」
「休み?」
森長が大げさに杉浦を見た。
「おまえも休みがあるのか」
「な、なんですか。いくら公安とはいえ、ありますよ。月に一回か二回」
「お花畑は好きか」
「は?」
杉浦が首を傾げながら、徐に外川数史に視線を向けた。同年代だが、まるで孤高の芸術家のようなオーラがある外川を、杉浦が神妙に見ていた。PCの横に、オスカー・ワイルドの名言集があった。
「彼らがなす最大の害は、人びとを善人と悪人に分けてしまうことだ、か」と、杉浦が呟いた。
「彼ら」とはワイルドの言葉では善人のこと。だが、杉浦竜則は、
「善人ぶった奴ら」と思っていた。

「弁護士や医師が集まって、婚活をするパーティーに潜入したいのですが、駒が足りません」
会議室に連れてこられた森長と外川は、杉浦が机に置いた資料を見た。
「上の許可は得ているのか。俺たちに手伝わせるって」
「いちおう、あなたたちの休みの日にお願いしたいと伝えました。お礼は私たちが自腹で。ケンカしてるわけじゃないですから。外事と外事でもないし」
外川が資料を見ながら、
「俺の休みはしばらくない」
と言った。外川と杉浦は同年代だが、外川は主任代理。外事4課の主任が病気で長期休養中に主任代理になった。そのまま主任になるのは時間の問題で、巡査の杉浦よりも、もし課が同じなら上司になる。
「ない? 森長さんが皆でお花畑に行かないかって」
「……」
外川が森長を睨んだ。カフェ『菜の花』のことだ。
「まさか森長さんがゲイだったとは…。この案件もそれに絡んでいる」
「森長さんなら、いつも俺の車に忍び込んでくるから気を付けた方がいいぞ。君は確か新婚じゃないか」
「そうだ。困ったな。上からも言われたから聞いたんだが、頼むのはやめようか」
「女たちがハイスペック男子を狙う婚活パーティーがなんだって」
若者の悪い冗談に怒らない森長が資料を奪って、食い入るように見た。
「藤原秀一、37歳。医師。年収二千五百万円か…」
「その男はゲイです」
「だから?」
「なんでゲイが婚活パーティーに出向くと思いますか。何度も」
「バイセクシャルなんだろ、そんなの自由じゃないか。他に公安一課が困っている事情があるんだろ。早く言えよ」
「じゃあ、こちらを」
杉浦が写真を一枚、ポケットから取り出した。森長と外川、二人が見えるように机に置く。
「黒崎…忠政…?」
答えたのは森長だった。
「さすが、外事の係長。極左の指名手配犯ですよ。一般人には手は出してないけれど、仲間を二人殺していて指名手配中。こいつは元医師なんです。医師に成りすまして、このパーティーに参加している情報が流れてきました」
また写真を出した。今度は二枚。店から出てきた黒崎と藤原秀一だった。隣に若い女性も立っている。
「なぜ、ここで押さえない」
森長が訊いた。外川は黙ったままだ。
「黒崎を逮捕できずに苛立っているのは、警視総監も。当時の保守派の総理大臣が間接的に何度か狙われたもんだ。なのに、公安が手も足も出ない。だが、こんな無防備なら簡単じゃないか」
「武器を持っていて、隣にいるゲイの藤原やパーティーの度に変わる女の子たちは一般人。黒崎の周りには昔の仲間がいて、彼を護衛しているんです」
「ゲイの男と何も知らない女の子たちが、いつも人質になっている状況か」
「そうです。黒崎はメス捌きも名手だった上に、大学時代は射撃をやっていた。これが黒崎に反発して殺された仲間の一人です」
また写真を出した。眉毛の間に銃で撃たれた痕がある遺体の写真だった。それを見た外川が、
「22口径の拳銃で、離れた場所からだな。至近距離からの22口径なら鼻の上も砕ける。または目がやられる。45口径ならなおさら。仮にワルサーPPKだとして、左翼の旦那というよりもプロの殺し屋だよ」
と言った。
「おー、さすが天才。拳銃まで当てるとは」
「暴力団あたりが一番手に入れやすいからだ」
「手伝う気になったか」
杉浦が外川の顔を覗き込むと、
「ならない。死にたくないからね」
と、素っ気なく言った。
森長が首を傾げる。
「へー、外事の主任が死にたくないから凶悪犯を捕まえたくないって。それは問題発言じゃないかな」
「バカ。左翼だろ。外事四課の仕事じゃねえよ」
「森長係長が、お花畑を三人で守るなら引き受けるって言ったけど、それも、俺の…公安一課の仕事じゃないんじゃないか」
「先輩、勝手に決めないでください」
「あなたたち、大学の先輩、後輩だったか。先輩の言うことは聞かないとな、外川‥‥」
と言い、杉浦が外川の肩を叩いた。
「気安く…」
外川が彼の手を払いのけようとしたら、会議室の扉が少し開いて、女性の顔が見えた。
「南美‥‥」
杉浦の妻の南美だった。同じ公安の警察官だ。
「あなた、外事の有名人となんの話してるの? そちら、森長係長じゃないですか」
と言い、会釈をして会議室に入ってきた。
「男が三人以上になったら、なんの話をしているか、お母さんに教わりませんでしたか」
外川が言った。
「女の話です」
「そうです。もうすぐランチ。食堂で何を食べながら、彼のノロケを聞くか調整中です。森長さんはカロリーを控えてサラダだけ」
「そんな雰囲気に見えなかったけど、あなた、厭らしいことは言わないでね」
南美はそう言って苦笑いすると、会議室から出て扉を閉めた。
「すまん。死にたくないなら仕方ない。俺もだ。新婚なんでね」
杉浦はそう言うと、外川から離れた。新婚だが、「俺はやらないといけない」ということだ。外川はそれを察して、
「ふー、分かった。やるよ。俺の休みとそのパーティーの日が同じなのか」
と言った。
「そうだ。次の金曜日の夜」
「婚活パーティーか。イケメンが潜入したら、より動きやすいからな」
「まったくその通り。俺たちは女にもてる」
杉浦がそう言うと、森長が、
「俺もそれなりのイケメンだが、それよりも外川、純菜ちゃんがな…」
と口にして、次の瞬間に彼の顔に平手打ちをした。外川はそれを避けきれずに、頬を殴られてしまった。
「なにするんですか」
外川が呆然としている。杉浦も驚いて、瞬きすらしない。
「杉浦くん、こいつはだめだ。飛車角にもならん。せいぜい歩だ。実は許嫁がいる」
「許嫁?」
「そうだ。その許嫁のことで頭がいっぱいだ。奴とは戦えない」
外川が唇を噛んでいる。
「図星か。頭がいっぱいなのは、次の休みの日に、純菜ちゃんの店で本を読みたいからだ。そこにはおまえを楽しませてくれる彼女の両親もいる。おまえの癒しの場だ。その休みの日に、黒崎とやりあうことはこいつにはできない」
「そうですか。外事の天才も恋をしたら、ただの男か」
「恋はしてない。狙われるかもしれないんだ」
「ほう、お花畑はその許嫁か。分かった。じゃあ、外川がパーティーに潜入する日に、南美をお花畑に行かせておくのはどうだ。許嫁の家を見張ればいいのか」
「カフェだ」
森長が言った。
「カフェ『菜の花』だ。謎の組織に関わってしまった。弱っちょろいのか、まさに黒崎のような男が裏にいるのかも分からない。事件性もなく、生活安全課にも総務部にも相談できない。狙われる可能性も、昨日今日の話だ」
「カッターナイフを出したのに、事件性がない?」
外川が声を上げた。
「あの女がカッターナイフを純菜ちゃんに向けた話をなんで知ってるのか、どうやって総務部に説明するんだ。大臣との話し合いもついている」
「盗聴のバックアップくらい、いくらでもありますよ」
「ベンツが欲しくて大臣に会ってきたんじゃない。川上貴子が、純菜ちゃんと『菜の花』に手を出さないようにするためだ。徒堂建設の筆頭株主の一人とたまたま友達になっただけのあの女の力では動けないはずだ。これを見ろ」
森長がスマホをポケットから出して株式売買の相場が出ている画面を見せた。
「徒堂建設の株が大きく下落している。彼が売却したんだ。川上貴子とも縁を切っているはずだ。そのうち、麻薬捜査官が捕まえる」
森長が、外川を椅子に座らせて落ち着くように背中をさすった。それを見て、杉浦も椅子に座る。
「複雑そうですね。謎の組織の名前も分からないのですか」
杉浦が森長に訊いた。
「ZEROISM」
「え…?」
杉浦が目を丸めたのを見た外川が思わず立ち上がった。
「知ってるのか」
「まさか、黒崎と関わっているんじゃないだろうな」
森長も声を荒げた。
「ち、違いますよ。ゲイの方です」
「ゲイの?」
森長が思わず、外川の顔を見た。二人とも、きょとんとしてしまった。
杉浦が、公安専用の携帯電話をポケットから出した。
「南美か。俺のデスクにある藤原秀一の名刺を持ってきてくれ」
ほどなくして、南美が会議室にやってきた。
「はい」
と言って、名刺を杉浦に渡した。
「君もここにいなさい」
夫ではなく、先輩の口調で言うと、新人の杉浦南美は頷いて、椅子に座った。
杉浦が医師の肩書が印刷されている藤原秀一の名刺を机の上に置き、
「裏を」
と言った。
裏には、ペンで『ZEROISM LOVE』と書かれてあった。

…続く

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警視庁外事四課と公安一課の刑事が、謎の組織『ZEROISM』と極秘に戦う本格刑事ドラマ。歳の差婚、同性愛、動物愛護、虐め問題…。天才、外川…

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。