「オッサンの放物線」 #16どこへ行くんだろう
~連続しょうもな小説~
「オッサンの放物線」 第十六話 どこへ行くんだろう
〜この物語はフィクションであり、着地点は無い〜
2023年3月11日
いつものように朝5時半に目覚める。
私が布団を出ても、犬のピノと蜘蛛男のアーニャンはベッドで寝ている。
いつの間にか仲良くなった二人。(二人と言って良いのか。)
ベッドの上でくっついて寝ている。
猫のサスケは一人で息子の学習机の上で寝ている。
自分の昼の弁当と、動物たちの餌を用意して身支度を済ませる。
その頃にはアーニャンは天井の北東角へ帰っていく。
妖怪が一匹混じっているとはいえ、平和な朝だ。
6時に家を出る。
職場での昼休み。
姉から実家の犬が死んだと、メールが来た。
80歳の母が毎日抱いて寝ていた犬。
もう少し頑張って欲しかったが、14歳まで生きてくれたのだから仕方がない。
それから数日は母から姉に「犬がいない。どこ行ったんやろう。」という電話が続いたらしい。
私が電話した時にはちゃんと解っていて、オイオイ泣いていたのだが…。
かなり混乱しているようだ。今後が心配だ。
2023年4月4日
母を車に乗せて年に一回の脳の検査へ連れて行く。
定期検査なので特に問題もなく、姉も一緒に昼ごはんを食べる。
少しドライブして桜並木を見たあと、うちへ連れてきた。
うちは玄関前が階段なので母の脚ではかなり時間がかかった。
家に入ると床にぺたんと座り込んでしまった。
ピノを抱かせる。
「この犬やら猫やら、子供産まへんの?」
「さすがに犬と猫では子供産まんぞ。ほんで、そいつらオスや。」
子犬産んだら欲しいということだろう。
妖怪で良かったら一匹おるけど…。
帰りに姉が古い写真が実家から出てきたと、私に渡した。
「奈良シルクロード博」坊主頭の私は中学生だ。
その時の思い出といえば、どこもかしこも人がいっぱいで。
やっと空いていた定食屋の親子丼が、ひどくまずかった事だ。
「まずい親子丼ってあるんや。」
そう思った。
2023年4月13日
職場の若者達が出会い系アプリについて話している。
よせば良いのにオッサン(私)が口を挟む。
「それってさ。結局遠回りしてへんか?」
私の言い分はこうだ。
出会い系アプリで集まってくる人達同士でやり取りするよりも、何か趣味の集まりに出かけて行った方が同じ様な種類の人間同士で上手くいくのじゃないか。
すぐさま意見は却下される。
「出会い系は、そういう目的で集まってる訳やから効率がいいんですよ!」
「ああ。そうなんや…。」
効率の話されたらこの年代の人には敵わない。
ジジイはさっさと退散する。
その後、別の若者がラーメンの話をしていた。
下手な店に入るより冷凍の自販機で買ったら、どこそこの名店のラーメンが食べられるからそっちの方が良いらしい。
その話を遠目に聞きながら、シルクロード博の時の親子丼の事を思い出していた。
まだ若かった父と母、坊主頭でふてくされた顔をした私。
散々歩いて食べた、まずい親子丼。
電子レンジで1分の名店のラーメン。
俺達は一体、どこへ向かっているんだろう。
2023年4月23日
姉から、また招集。
今度は母を連れて奈良へ。
奈良は母の故郷で、母の姉が住んでいる。
母の姉は入院中。
母の妹も誘い、御見舞へ。
今のうちに三姉妹を一度会わせておこうという計画。
久しぶりに従兄弟たちと会う。
その内の一人とは30年ぶりだ。
お互いの母親の髪が真っ白な事を驚きあうが。
自分たちにも白髪が混じっている。
当たり前だ。
時は流れているのだから。
人は生まれて、どこへ向かうんだろう。
2023年4月9日
話は前後して左右する。
久しぶりに長い距離を走る。
家から一庫ダムを越えて妙見山へ、そしてダムに戻り湖を一周して帰る。
50kmのコース。
夏の様な陽気。
ジリジリと腕に日光が差し込み、腹の底から疲労感が湧いてくる。
久しぶりの感覚をゆっくり味わう。
コース終盤。
この道をタッキー兄やんと渋柿を噛りながら走ったことを思い出した。
キャプテンと初めて出会った、村岡の登り坂を思い出した。
みんなで走った淀川を思い出した。
フルマラソンの沿道の声援やエイド、どこからか聞こえてくる音楽や太鼓の音を思い出した。
結構長いこと走ってきた。
これから一体、どこへ行くんだろう。
知明湖に架かる鉄橋を渡る。
欄干の上に、ルカがデビルマンの様に腰掛けていた。
口はケツなので分かりにくが、目は優しく微笑んでいる。
見上げると、ひらひらと手を振った。
ルカの向こう側の空はずっと青くて、山は茫々と緑だ。
さて。
湖一周、おかわりしよっか。
今日は60kmだ。
つづく。