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「オッサンの放物線」 #1フードコート

~連続しょうもな小説~「オッサンの放物線」 第一話 フードコート

~この物語に着地点はない~

2022年12月31日

今年は珍しく大晦日と元旦が連休だ。
今の仕事に就いて27年になるが、ひょっとしたら初めてではないか。
だからといって子供達が大きくなった今、特にどこかに出掛ける訳でもなく。
長男はバイトだし、末っ子は受験生だし…。

家でゴロゴロするのもアレなんで、末っ子に弁当を置いて妻と娘とショッピングモールへ買い出しに行く事にした。
めったにテレビを見ない事もあり、年末の雰囲気は一切感じていなかった。
ここへ来て、やっと正月が来ることを感じる。
「とりあえず、何か食べよっか。」
グズグズしていたので、もう13時だ。

フードコートで座席を取り、それぞれ好きなものを注文しに別れた。
食べようと思っていたラーメン屋は結構な行列ができているので辞めた。
何故か一組しか並んでいない비빔밥(ビビンバ)の店に並ぶ。
비빔밥(ビビンバ)と냉면(冷麺)のセット790円。
安い。
しかもビビンバも冷麺も好きだ。夢の共演だ。

客が少ないからか、5分も待たずにポケベルが鳴った。
ビビンバに卵をかけて混ぜ混ぜし、冷麺から食べる。
食べ始めてすぐに後悔した。
寒い…。
何かあったかいモノにしたら良かった。

あぁそうか。
だから空いとったんか。

とは言うものの、好物なので食べるのは早い。
あっという間に、残すは冷麵の汁だけとなってしまった。
たこ焼きとドーナッツを買いに行った妻と娘は、まだ席に戻らない。
人気店は混んでいる。
「なんやねん。先食べ終わるがな…。」
私は周りの人たちが何を食っているのか、観察を始めた。
悪い癖だ。

あ、あのオッサン「家系ラーメン」食っとる。俺が食いたかったヤツや。
あの女の子は讃岐うどんの店の「芋の天ぷら」齧っとる。そういえば俺、「芋の天ぷら」嫌いよな。
おいおい、その弟はこのクソ寒いのに「ざるうどん」かよ。
まぁ俺も「冷麺」やけどな!
あらまあ。あの細身の美人、あのドカ盛りの「皿うどん」一人で食べるんか?一口手伝いましょかぁ?
ケケケ。

そこへ「ドーナッツ」2個ずつと「たこ焼き」を一舟ずつ持った妻と娘が戻って来た。
「なに笑ってんの。気持ち悪いな。」
「笑ってへんわ!」

そう言いながらも私の思考は止まらない。
しかし、何でこんな事が起こるんやろう。
色んな人が色んな服着て、色んなもの食っとる…。
腹を満たすだけなら同じもので良いはずや。
ウサギは毎日ウサギの餌だけで文句言わんし、むしろそれを待ってる。
今ここにおる全員が永谷園の「鮭茶漬け」すすりながら「おさぶおまんなぁ。」とか言うてたら、世界は平和なんちゃうんか…。
でも、そんな世界。
ひとつもオモンナイよな。
ケケケ。

私は残った冷麺の汁を一気に飲み干そうとした。
「ゴホ!!ゴホゴホ!!!」
しもた。酢、入れすぎた。
むせた勢いで汁をトレーにこぼしてしまった。

「何やってんの、汚いなー。」
娘が軽蔑の眼差しで見る。
「ええやろ。トレーの上やからセーフやろ!」
負けていない。うん。負けていない。

トレーの上に置いていたレシートの端っこが少し濡れている。
ビチョビチョになると捨てにくいので、除けようとすると…。
「ん?」
濡れたレシートの下の余白にうっすらと文字が滲んで浮かんでいる。
私は始まりつつある老眼の目を凝らして、その小さな文字を読んだ。

振り向くな!!
ワタシは今アンタの後ろで
永谷園の鮭茶漬けを食べている
絶対に振り向くなよな!!!

えー!?えー!?えー!?
ナニコレ、ナニコレ、ナニコレ!!!
私は妻と娘に気づかれないように、レシートを丸めてポケットに入れた。
オイオイオイ!
これって振り向けって事よな。
振り向けって言ってるよな、おもいっきり。
まさか命まで取られんよな…。

平凡で中途半端で退屈だった私の人生に、いきなりファアンタジーでちょっぴり危険な光が差し込もうとしている。
私はそぉーーーーっと。
後ろを見た。


つづく。