「オッサンの放物線」 #6和室の天井、北東角
~連続しょうもな小説~
「オッサンの放物線」 第六話 和室の天井、北東角
2023年1月1日
実家からの帰り道、私は家族を連れてコインパーキングまで歩いていた。
まだ考えている。
でも、あの日おかしかったのって、結局カメムシがバックで歩いてた事だけよな。
ちょうど信号が赤。立ち止まって携帯で調べる。
「カメムシ バック」
検索で出てきたのは、カメムシのデザインの「かばん」だった。
結構あるよな。ケケケ。
でもこれって、「バック」やなくて「バッグ」じゃない?
「ティーバック」と「ティーバッグ」の違いと同じ理屈やね。
そして信号が変わる頃には私の頭の中は「Tバック」だけになっていた。
まあ世の中のオッサンの頭の中、8割以上はそんなもんである。
家に帰ると家族は一瞬で解散し、それぞれの部屋に行った。
一人リビングに取り残され、食い過ぎの腹を持て余しつつコーヒーをすする。
チワワの「ピノ」がこちらを見ている。
そうだ。今この部屋にいるのは「犬」と「心の清いオッサン」だけだ。
あれを試そう。
私はティッシュを一枚取って、紙縒りにした。
鼻をクシュクシュする。
「ハ、ハ、ハ…。」
まあ、そう簡単には出ない。
もう一度。
「ハ、ハ、ハ、ハックしょーーーーい!!!」
出た。
右鼻の穴から、立派なのが。
シロクマタイムだ。
しかしチワワという犬種は勇敢だ。
身体は小さいが、何十倍ものデカさの北極熊に懸命に吠えている。
「ひっこめ。」
ヒュルヒュルと熊は鼻に戻った。
「どこで使うねん。コレ…。」
私はピノにご褒美というかお詫びというか「ほねっこ」を一つあげて、またコーヒーを一口飲んだ。
色々考えるのも疲れて来たのでアニメでもみよう。
一話目からハマってしまった「ぼっち・ざ・ろっく」の続きを観る。
「ああ。やっぱバンドっていいよな。」
私も趣味でバンドをやっているのだが、年末にドラムが抜けてしまった。
ベースと二人、しばらくはユニットでやっていこうと言っているが、このアニメを観ていると本当に楽しそうにみえる。
「あ~あ!女子高生なりたいわー!!」
そっちかよ…。
正直に申し上げると、私には少々変身願望がある。
韓国のトップアイドル、IUなんか見ていると、どちらかというと「あんな風になりたい。」と思ってしまうのだ。
「女装して楽しむ。」という手もあるのかも知れないが、私は色黒で結構ゴツゴツした体格である。
おそらくコンプレックスにしかならないだろう。
IUになるには生まれ変わるしかないのだ。
でも、もし生まれ変わってトップアイドルになったとしても、今のこの「オッサンだった頃の記憶」は持って行きたい。
コンサートやMV。
ちょっとぐらいやったら…。
パンツ見せたってもエエで。
ケケケケケケ。
な。すぐ話それるやろ。
昼食べすぎたので、夜はウチのおせちを軽く食べた。
明日は仕事なので、元旦だが酒は飲まずにさっさと寝よう。
風呂に入って寝室のベッドにもぐる。
ここは元々は客間のつもりで作った四畳半の和室だが、ウチには客は十年に一回も来ない。だから洋室に改造してベッドを入れて自分専用の部屋にしたのだ。
改造と言っても、「洋室見せかけカーペット」をひいただけだ。
普段、あまり抱っこをさせないチワワのピノ。
寝るときだけは私の布団に潜り込んでくる。
今日も犬を抱いて眠る。
まあ色々ございましたが、一年の計も立てることなく。
2023年の元旦が終わろうとしていた…。
はずだった!
和室の天井、北東角に何やら黒い大きな塊が見える。
見間違いであってくれと無理やり目を閉じたが、気配を感じたピノが布団から飛び出したのだった。
つづく。