「オッサンの放物線」 #7蜘蛛男
~連続しょうもな小説~
「オッサンの放物線」 第七話 蜘蛛男
2023年1月1日
飛び出したピノに反応して、その黒い塊は動き出した。
もう見てみぬふりは出来ない。
私は頭元のリモコンで電灯を点けた。
「最悪や…。」
アイス「うまか棒」みたいな顔のオッサンの頭だけ。
その頭に手が8本生えている。
わかるかなあ〜。
「うまい棒」ちゃうねん。「うまか棒」やねんなあ〜。
まあ、どっちでも良いのだが。
とにかくオッサンの生首に手が8本生えたやつが、部屋の天井を右往左往しているのだ。
しかも、かなりの高速で。
ピノが吠えまくる。
しかしピノは元々ブリーダーの繁殖用の犬として育てられたので、声帯を切られていてほとんど声が出ない。
どれだけ激しく吠えても、「ヒュンヒュン」と風を切る様な音しか出ないのだ。
なんやねん。アイツ…。
完全に水木しげる先生の世界やんけ。
「妖怪蜘蛛男」やんけ。
向こうも慌てているのか、ただ天井を右へ左へ時には対角線上に往来しているだけだ。
しかし、このままでは眠れたもんじゃない。
何か攻撃でもされたら、たまったもんじゃない。
そう思った途端。
蜘蛛男は立ち止まり、こちらを睨んだ。
みるみる顔は赤くなり、口に何かを溜め込んでいるように膨らんだ。
オイオイオイ!!!
どうする。どうする。どうする!
ピノは走り回って「ヒュンヒュン」言うし、私もパニクってあたふたする。
蜘蛛男は今にも何かを吐き出しそうだ!
何か武器は!何か武器は無かったか!?
耳ピストル打つか?
しもた!パジャマのズボン、ポケットないがな。
胸元に紐がぶら下がっている!
あかん。こんなん引っ張ってもヘルニア出るだけや!
どうする。どうする。どうする!!!
あったー!コレやー!!
私は出窓に置いているティッシュを一枚取って手早く紙縒りにした。
早くしないと、蜘蛛男はどんどん膨らんでいく。
「ハ、ハ、ハックしょーい!!!!!!」
出た〜!!!
北極熊〜!!!
なんで後ろ向きやねん…。
こんな時に限って。
シッポちょっと可愛いやんけ。
しかし効果は絶大だったようで、蜘蛛男はカサカサと退散しようとしている。
和室の天井、北東角。隙間でもあるかのように早くも身体半分が隅っこに入ってしまっている。
どうする?とどめ刺すなら今のうちだが…。
耳ピストルの弾丸取りに行くか迷っているうちに、蜘蛛男は天井の角に消えてしまった。
2023年1月2日
初仕事、初残業。
家に帰ったのは21時を回っていた。
お節料理つまみながらビールを飲む。
普段は飲んだとしても、ちゃんと歯を磨いて寝るのだが。
正月くらいは良いでしょう。
気持ちよくなったところで、私はビールと柿ピーを持ってそのまま和室へ入った。
出窓に柿ピーとビールを置いて、スマホで「ぼっち・ざ・ろっく」観ながら眠るんだ。
明日はまた休み。至福の時間だ。
忘れていたのだ。
あんな強烈なキャラクターを…。
明け方、薄暗い中。
二日酔いの薄っすらと重い意識が…。
一気に醒めた!!
天井から蜘蛛男が長い長い舌を伸ばし、出窓に残った柿ピーを食べようとしている。
私は急いでティッシュに手を伸ばす。
すると蜘蛛男は怯えて、すぐさま天井の角に隠れて行った。
「あかん。クラクラする。」
私はベッドから抜け出して、湯を沸かしコーヒーを淹れる。
そしてウサギの「ラビ夫」に餌をやって、チワワの「ピノ」に餌をやって、猫の「サスケ」に餌をやって、外で飼ってるアヒルの「ピーちゃん」に餌をやった。
そして少しだけ。
蜘蛛男のことを考えた。
別に悪いことしてへんよな。
今んとこ、やけど…。
ただ柿ピー食べたかっただけやからな。
初日、何か吐き出そうとしたけど…。
ちょっと可愛そうになってしまった。
いや、かなり危険なのは解っているつもりだ。
でも蜘蛛男を「動物」として捉えてしまっているのだ。
思えば愛嬌のある顔だ。
そうして私はその日から、和室の出窓に皿に入れた柿ピーを置いて眠った。
できるだけ気づかないふりをしようとしたが目があってしまって逃げたり、ピノが見つけて吠えたりした。
しかし、遂に私は蜘蛛男の餌付けに成功するのだが…。
それはもっと、先の話で。
ちゃんと覚えておかないと、明日にでも登場させてしまいそうだ。
ケケケ。
つづく。