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こんなにヤバい!維新の医療制度改革


このようなニュースが話題となった。

ここ一年ほどで不自然なくらい各所で盛り上がっていた高齢者の医療費自己負担を日本維新の会(以下、「維新」)が提言したということである。ネットでは賛否両論…というよりは、賛成が非常に多い。特に社会保険料が増額しているのに恩恵に与っているとは感じられない現役世代や、高齢者への医療について疑問を抱いている医師のアカウントを中心に賛成意見の表明が相次いだ。しかし、私はこの政策提言について危機感を覚えた。以下、その理由を説明していく。

高齢者の自己負担額を増やしても現役世代の社会保険料は1500円程度しか減らない

社会保険料を中心とした社会保障財源が危機に陥っているという話はよく話題になる。しかし、高齢者医療が3割になったところで現役世代の社会保険料納付にどれだけ影響があるだろうか。大雑把な計算であるが、厚生労働省の「令和3年度 国民医療費」を用いるなら、
・70~74歳の医療費は約6.12兆円で、2割自己負担
→3割自己負担なら、0.6兆円給付額を削減
・75歳以上の医療費は約17.2兆円で、1割自己負担
→3割自己負担なら、3.4兆円給付額を削減
ということになる(後述するがこれは高額療養費制度について考慮していない)。3割自己負担となった場合、公的な医療費の補助は最大で4兆円程度しか減らない。医療給付は全体で42兆円程度であるのでそのうちの1割に相当する。医療給付は、社会保障給付全体の32%なので、単純計算で社会保険料が最大で3%減るという計算になる。家計調査を元にすると、社会保険料の支払いが毎月平均5万~5.8万ということなので、仮にこれで浮いた分だけ現役世代から社会保険料を減免するとすれば、手取りは毎月1500円~1700円程度増えるという計算だ。思ったより少ねえ!!
もちろんこれは相当いい加減な計算で
①高額療養費制度を考慮していない
→軽く調べたが医療給付のうち、いくらが窓口負担の8~9割で、いくらが高額療養費制度からの給付なのか分からなかった。高額療養費制度の維持/改変の度合いにも寄るが、高齢者の医療費給付の削減額は4兆円を下回ることになるだろう。
②維新は医療費の削減額は「こども医療制度(仮称)」などの財源に回すと言っている
→要は、社会保険料を減免するつもりはない。
という条件があるのであまり意味のある議論ではない。他にも維新は生活保護受給者の自己負担なども挙げているが、政府支出や公的な補助金に比べれば本当に微々たる額であり、働いている方の財布に優しくなる施策では決して無いということは断言できる。
計算間違ってたらごめんなのだ。

家計の負担が増える可能性も

しかし、次のような反論を見かけた。「社会保険料が下がらないとしても、今後上がらないようになるならそれで良いではないか」というものだ。本当にそうだろうか。
前節では高額療養費制度について無視した(高額療養費制度が無い前提での単純計算)が、維新は高額療養費制度についても見直すと書いている。

現行の高額療養費制度における 70 歳以上の月額の医療費負担上限額の見直しを行い、個々の経済状況に応じた負担上限額の設定を再
検討する。また、医療利用の適正化を促すために、高額療養費制度の利用条件や範囲を見直す。例えば、必要不可欠な医療行為に限定して制度を適用することや、繰り返し同じ医療サービスを利用する場合には負担上限額を見直すなどの措置を導入する。

医療制度の抜本改革【医療維新】に向けての政策提言書

現役世代の不満を解消するのが目的であるのだから、「また」以降は高齢者に限ったものではないと読むべきであろう。
必要不可欠な医療行為が指す範囲も分からないが、高額療養費制度が適用できない医療行為が存在するということだ。また、「繰り返し同じ医療サービスを利用する場合には負担上限額を見直す」ということは、一つの病気に対して繰り返し治療を継続する場合、自己負担上限額が増えるということが示されている。
具体的な案が書いていないため、邪推の誹りは免れ得ないことは承知の上だが、大病を患っているにも関わらず高額療養費制度が適用できないケースがあるかもしれない。また、高額療養費制度自体が改変されて、自己負担額が大きくなるかも知れない。そうなったとき、必要なのは民間医療保険ということになる。
公的社会保険が削られ、さらに社会保険料は減っていないにも関わらず、民間医療保険に入る必要が出てきたのなら、それは家計の負担増である。

維新は何を目指しているのか

邪推に邪推を重ねると、維新の医療制度改革は一つの可能性に行き着く。
維新のバックに竹中平蔵がいるのは有名な話である(維新の衆院選候補者選定、委員長に竹中平蔵氏など)。
そしてその竹中平蔵は、社会保障改革を度々提言している。

一定の所得を国民に保障する「ベーシックインカム」や社会保障の抜本改革など、大きなしくみ作りのために政治主導で取り組むべきだ。

2023年の世界と日本 ―ダボス会議を終えて
竹中平蔵・日本経済研究センター研究顧問

彼の言うベーシックインカムは、社会保障の削減とセットであるのは有名な話で、ここの「社会保障の抜本改革」は社会保障の削減を意味している。
公的な社会保障を削減した場合、日本国民は民間医療保険を中心にライフプランニングを組まざるを得ない。
竹中平蔵は、元オリックスの取締役であり、今もSBIホールディングスの取締役である。どちらも医療保険を販売している会社である。維新の会が竹中平蔵の個人的な利益のために動いているとは言わないが、それでもこの政策提言が誰の利益になるのかを考えた時、おそらくそれは国民のためになるものではないだろうと指摘せざるを得ない。
なお、日本での医療保険の販売を狙っているのは国内の保険会社だけではない。

「公的医療保険制度のないアメリカの保険会社から見れば、全国一律で医療行為や医療材料、医薬品などの価格を決めている日本の国民皆保険制度は、最大の 障壁になる」と中央社会保障推進協議会(社保協)の相野谷安孝事務局長。「『公的制度で診る医療の範囲を見直せ』という声は、当然出てくる」と指摘しま す。

どうなる?医療保険制度 ねらわれる社会保障制度の変質・「解体」

TPPの時にも議論されたが、アメリカの保険会社は日本でも商売したがっている。そのためには、充実した社会保障が邪魔なのだ。出来るだけアメリカの民間医療保険にシフトしてもらいたいのである。しかし、日本国民からすれば、これは明白な家計の負担増である。というのも、公的社会保険の場合は、"税金"(敢えてこの表現を使う)からの補填があるため価格が抑えられるが、民間医療保険の場合は、保険金の準備の他にも社員の給与を払うための利益を出す必要がある。そのため、”コスパ”で考えた時には民間医療保険へのシフトは明らかに悪い。しかし維新は、竹中平蔵がバックにいる以上は、そのような社会を目指しているように思われてしまう。

健康ゴールド免許制度は格差拡大

また、維新の案では「健康ゴールド免許制度(仮称)」も提示されている。

医療制度の持続可能性を維持するためには、国民一人ひとりが健康意識を高め、健康寿命を延ばしていくことが重要である。国民の健康意識を高め、健康寿命を延ばすことを目的として、医療保険における保険料割引制度である「健康ゴールド免許制度(仮称)」を導入する。具体的には、定期的な検診受診者や健康リスクの低い被保険者などの保険料を割引きすることで、一人ひとりが健康価値を高める行動を起こすインセンティブを設ける。

医療制度の抜本改革【医療維新】に向けての政策提言書

一見合理的に思えるが、実はとんでもない提案である。というのも、これは完全に民間医療保険・生命保険の発想だからだ。
民間の保険では、生活習慣病やある程度の年齢などリスクの高い人が加入する場合には、価格が引き上げられているケースが多い。これは、企業として利益を出す構造上、仕方のない部分はある。しかし、公的な社会保険でこれをやるとどうなるか。
一般的に経済格差と健康格差は相関性がある(参考:石尾勝「貧困・社会格差と健康格差への政策的考察」)。貧困であるから栄養が十分に取れず不健康になるし、病によって就労が難しくなると所得が得られず貧困に陥る。
しかしその結果、医療機関の世話になると社会保険料が高くなるというのが維新の提案なのだ。これは事実上の税の逆進性に繋がり、格差を拡大するものである。場合によっては、社会保険料引き上げという罰金を恐れて、医療機関に行かない人が今よりも増える可能性がある。人々の健康を維持する目的の政策が、却って医療機関忌避に繋がり、病気を放置してしまう恐れがあるのだ。到底賛同できない。

後発医薬品を勧めてどうする

ツッコミどころはまだある。後発医薬品の推奨だ。

後発医薬品の使用を生活保護受給者に留まらず全国民に適用し、さらに市販薬がある医薬品の保険適用を見直す。

医療制度の抜本改革【医療維新】に向けての政策提言書

現状でも後発医薬品は相当推奨されていると感じるが、それをさらに進めていくということだ。しかし、さらに維新はこう書いている。

創薬支援の強化
近年、医薬品開発にかかる費用と期間は増大し、製薬企業の負担が大きくなっている。新薬の承認プロセスに時間がかかる「ドラッグラグ」や、海外で既に発売されている新薬が日本で承認されるまでの遅れ「ドラッグロス」は、日本国内での新薬開発の停滞と医療進歩の阻害を招いている
これらの問題に対応するため、中央社会保険医療協議会のメンバーに医薬品・医療機器メーカーを追加するとともに、薬価等部分のプラス改定を実現し、ドラッグラグ及びドラッグロスを解消する。薬価の算定制度として企業届出価格承認制度を導入し、医薬品の価値に基づく価格設定を可能にする。

医療制度の抜本改革【医療維新】に向けての政策提言書

新薬開発を勧めたいのに後発医薬品広めてどうすんのよ。
現場からはこういう声が上がってるのよ。

ジェネリック促進により、製薬メーカーの開発力が低下し、COVID-19に対して、国産メーカーのワクチン、治療薬の開発が遅れている状態に対して深く憂慮している。

ジェネリック医薬品に関するアンケート結果について

そりゃそうでしょ。ジェネリックが医療費削減に繋がるのって、薬自体が安価だからでしょ。要はデフレ継続しろって言ってるようなもんじゃん。一方で日本のジェネリックは他国よりも高いため、ジェネリック開発をした方が儲かるから新薬開発を阻害してるという意見(日本のジェネリックは高すぎる)もあるけれども。どちらにしてもジェネリックをここで挙げるのはどうかと思う。

じゃあ結局、これだけ高くなった社会保険料はどうしろっていうんだよ

普通に社会保険料率を下げろと言い続けるしかないと思う。財源はと言われても、政府の赤字でやれば良い。
「政府の赤字でやったら、物価が上がるから同じじゃねえか」という意見もあるかも知れない。しかし、これについては二点、反論として提示したいことがある。
①政府の赤字で本当に物価が上がるのか?
こちらについては拙文「貨幣数量説検証 『貨幣を発行するとインフレが起こる』は正しいのか?」を御覧いただきたい。政府の赤字が増えたところで対して物価が上がることはないだろうし、上がったとしても、社会保険料の減免効果を全て打ち消すほどにはまずならないだろう。
そしてもう一つ指摘したいのが次のものだ。

②仮に物価が上がったとしても、それは高齢者から子供まで全世代で負担するから問題ないのでは?
物価が上がったのなら、その負担は消費する者全員である。現役世代に偏っている社会保険料負担が、全世代で分かち合えるのなら、それこそ、あなた方が望んでいた「高齢者も負担しろ」という世界じゃないのか?よほど不安定な物価上昇でない限り、何が問題なんだ?ということだ。いや本当に、何が問題なんだ?
確かに物価上昇がどの程度かということは試算できない。また、私自身の立場としては物価上昇は低く抑えるのが理想である。とはいえ、①でも触れた通り悪性の物価上昇に繋がるとは到底思えない。もちろんそれは家計を圧迫する可能性はあるだろう。しかし、大幅な社会保険料の減免による可処分所得の増加で賄えないほどだろうか。高齢者まで”インフレ税”として負担しているのだから、現役世代は楽になるはずである。
公的支出の削減なんて気にせず、普通に社会保険料や税の減免を訴えたら良いんじゃないの。

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