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DNARでトラブらないために…

はじめに

2023年8月末、全国で初めてのDNARを巡る訴訟が話題になりました。
DNARについては、詳しくは後述しますが、簡単に言うと、心停止時に延命措置を実施しない意思のことです。
そのケースは2018年2月、茨城県内の病院に誤嚥性肺炎で入院していた70代男性が、急変して死亡したことについて、「一時救命措置を怠ったことによる医療過誤」と訴えたもの。
死亡男性遺族「医療ミス」(茨城新聞クロスアイ) - Yahoo!ニュース
まず、急変によって大切な方を亡くされたご遺族には、深い悲しみと受け入れ難さがあることと存じます。心よりお悔やみ申し上げます。

SNS上での医療関係者の反応は驚きに溢れていて、
「DNAR合意しているのに・・」
「そもそも誤嚥性肺炎で入院しているのだから、誤嚥しやすい患者さんでは・・」
「死後画像で誤嚥を疑う所見があるのは当たり前なのでは・・」
など、病院を擁護せんばかりの声が挙がっていました。

また、DNARのガイドラインを見直したり、それが適切かを検討する動きも出てきました。

さて、医師の皆さんは初診時や入院時、インフォームドコンセント(説明・同意)の際に、ルーティンワークとして、DNAR同意を得てはいないでしょうか?
そのDNAR同意は、医療者間において、また医療者-患者さん・家族間において、正しい理解と、認識の共有ができているでしょうか?

この記事では、DNARを巡るトラブルにならないために、現時点(2023年9月)で提起されているガイドライン等をおさえ、DNARを正しく理解をすることを目的に書きました。
その上で、意思確認を明確にしていくためのプロセスポイントを提案させていただきます。

(参考文献)

1 救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~(日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会 平成26年11月)
2 Do Not Attempt Resuscitation (DNAR)指示のあり方についての勧告(日本集中治療医学会 平成29年1月)
3 人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(厚生労働省 平成30年3月)
4 わたしの思い手帳 アドバンスケアプランニング (東京都福祉保健局医療政策部 令和3年3月)

1.基本原則

患者さんの病状に応じ救命のために全力を尽くすことは医療の原点であり、基本原則であることを共通認識とするべきです。
それには心停止時に心肺蘇生(延命措置)を行うことも含まれます。

2.ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の普及

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とは、あらかじめ、ケア(医療や介護を含む日々の暮らし)について、計画を立てることを言います。
「自分はどう生きたいか」を考え、話し合い、思いを共有することが大切とされています。

1960年代、欧米では医療に対する不信やパターナリズムに対する反省から、「個人の尊厳」に基づく自己決定を尊重する動きがありました。
特に終末期に、機械や点滴につながれて生かされている様子は「スパゲティ症候群」と批判されました。

Bing Image Creatorで作成

元気なうちに、生命の危機に面したときにどのような処置を希望するか、文書に示したものがリビング・ウィルです。
後に法的制度が整備され、事前指示書と呼ばれるようになりました。
しかし、実際にこの事前指示書がどれほどのインパクトを持ったかを検証するSUPPORT study(the Study to Understand Prognoses and Preferences for Outcomes and Risks of Treatments)によると、事前指示書はそもそもあまり使われなかった、作成しても医療者に気づかれなかった、医療者と死の過程について話し合うことを躊躇した、などの理由で、うまく機能していなかったことが浮き彫りになりました。使用された事前指示書についても、患者の価値観・期待を述べる言葉と、医療者が確認したい具体的な事項とでギャップがあるという課題も明らかになりました。

そこで、考えられてきた改善策は、文書や手続きを整えることよりも、患者の懸念していることに焦点を当てて、対話を重ねるということでした。
治療に関しては必ずしも細かい希望を問うことはしません。
終末期医療における患者の意思決定を、話し合いを踏まえて、理解や表明をするプロセスとして構造化する取り組みが重視されるようになったのです。

わが国では、平成30年3月に厚生労働省が、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を発表しており、ACPの概念が盛り込まれました。

3.DNAR対象者の明確化→各状況・対応の意思表示へ

ACPの普及は世界的に、現在も進行形で進んでいると考えます。
ただ前述のように、医療者にとってはかゆいところに手が届かない、確認したいことをボヤかされてしまっている取り組みと言えます。
実臨床では、具体的な治療をどうするのか、延命治療はするのか否か、などの意思は早い段階で共有しておく必要があります。
そこで、各医療機関では「急変時の対応同意書」「DNAR同意書」などを作成し、延命治療の要否を問うているのが一般的かと思います。

これについて日本集中治療医学会では、Do Not Attempt Resuscitation (DNAR)指示のあり方についての勧告の中で、安易なDNAR同意について苦言を呈しています。
まず、DNAR指示が有効になるのは心停止の際。心停止を「急変時」のような曖昧な語句にすり替えるべきではない。DNAR指示のもとに心肺蘇生以外の酸素投与、輸液など、通常の医療・看護行為の不開始、中止を自動的に行ってはいけない、と述べています。
また、DNAR指示と終末期医療に関する指針は明確に分離するべき、終末期医療における治療の不開始、差し控え、中止を行う場合は、改めて終末期医療実践のための合意形成が必要、とも述べています。

ひとつめのポイントは、患者の現状を明確にすること、そしてそれを患者本人・ご家族に説明し、理解を得ることであると考えます。
筆者は、
 ①急性期重症患者(集中治療中)で、救命の見込みがない;終末期に該当する
 ②回復の見込みがない疾患や老衰である;終末期に該当する
 ③終末期に該当しない
をしっかり明言することを意識するようにしました。
また、終末期に該当しない方については、ACPの概要について説明し、これまで考えてみたことがあるか、あるいはこれから考えていく意欲があるかを問いかけます。
ACPについて考えることに興味がない方に関しては、フルコード(可能な限りの治療に尽力する)とします。
興味がある方については、②のケースと同様に同意形成をすすめていきます。
図は当院倫理委員会で策定した同意形成のフローです。

終末期医療の同意形成

続いて、明言した状態の中で、現在起きている/まもなく起こる可能性がある「状況」について説明します。
そして、その「対応」として、それぞれの場合の治療を不開始、中止するのか否か、意思を確認していきます。
面倒ではありますが、それぞれの状況のそれぞれの対応を、一つ一つ確認することがふたつめのポイントです。
保留も許容します。治療についての情報を提供し、それについて考える必要があることを認識してもらうことに意義があると考えます。
保留の件は、後日、意思確認をする必要があります。

(Ⅰ)救急・集中治療下での人生の最終段階(終末期)における医療

対象;急性期重症患者
状況;
1)不可逆的な全脳機能不全(脳死、脳血流停止)
2)生命が人工的な装置に依存。生命維持に必要な複数の臓器が不可逆的機能不全。代替手段なし。
3)さらに行うべき治療法の不在。現行治療を継続しても近いうちに死亡することが予測される。
4)悪性腫瘍の末期など。

対応;
1)人工呼吸器、ペースメーカ、補助循環装置等を終了するか否か。
2)血液浄化を終了するか否か。
3)人工呼吸器や投薬の設定や管理方法を変更するか否か。
4)心停止時に心肺蘇生を行うか行わない=DNARか。
 ※DNARは心停止時のみに有効。

(Ⅱ)ACPとしての人生の最終段階(終末期)における医療

対象;ACPを考えるすべての患者
   特に、適切な治療を受けても回復の見込みがない、老衰、慢性疾患の末期患者。
状況;
1)口から食べることが困難
2)心臓・肺・腎臓の機能が低下

対応;
1)末梢点滴、中心静脈点滴(短期カテーテル、PICCカテーテル、ポート)を使用するか否か。
2)経鼻胃管、胃ろうを用いた栄養管理を行うか否か。
3) 心停止時に心肺蘇生を行うか行わない=DNARか。
 ※DNARは心停止時のみに有効。
4)気管内挿管、人工呼吸器による呼吸の補助行うか否か。
5)血液浄化療法を行うか否か。

当院倫理委員会では、これらを網羅するオリジナルの同意書を作成し、患者の現状の明言化、および、それぞれの「状況」についての意思を確認し、共有していくことを開始しました。
わかりやすいというご意見を多くいただいています。
明らかにフルコード方針が想定される患者さんに、「DNAR確認書」の書面を確認してもらう必要もなくなりましたし、ACPの考え方を少しずつ啓蒙することもできています。
デメリットとしては、同意書が長くて細かいこと。現時点では不要のことまで説明しなければならないので、時間と労力がかかるというものでした。

4.共通事項と注意

下記は、救急・集中治療下の終末期、ACPとしての終末期に共通で注意すべきことをまとめます。これらは各施設の終末期治療の対応指針などで明記するべきかと考えます。

(Ⅰ)意思決定者について

1)患者に意思決定能力/事前指示がある場合 →家族の意思も配慮しつつ患者の意思を尊重。
2)患者の意思を確認できないが推定意思がある場合 →推定意思を尊重。
3)患者の意思の推定意思も確認できない場合 →家族らの総意を確認。
 積極的な対応を希望→フルコード;救命のために全力を尽くす。
 延命措置の不実施や中止を希望→協議しそれぞれの場合の方法を選択。
4)医療チームに判断をゆだねる場合 →協議しそれぞれの場合の方法を選択。
5)患者意思不明、家族と接触不可 →医療チームが最善の対応を判断。

(Ⅱ)意思決定手続きについて

1)医師などの医療従事者(=医療チーム)から、適切な情報の提供と説明を行う。その際、終末期に該当する場合は、終末期であることを明確に説明し、理解と納得を得る
2)意思は、時間経過、心身の状態変化、医学的評価の変更に応じて変化しうるものであることを考慮する。その都度、医療チームを交えた十分な話し合いを行い、意思決定の支援をする。
3)意思確認書はいつでも変更できることを説明する。
4)いかなる場合でも痛みなどに対する苦痛の緩和は行うことを説明する
5)話し合った内容は、その都度電子カルテ上に記載する。

3)~5)はすでに重視されていることと思いますが、これらも大事なポイントです。
ACPについての説明に際しては、東京都福祉保健局によるわたしの思い手帳などを参考にするのもよいかもしれません。

わたしの思い手帳 東京都福祉保健局

(Ⅲ)意思確認書について

日本集中治療医学会の勧告では、病院倫理委員会の設置を推奨しています。
特に、DNAR指示を含む内容は、病院倫理委員会で審議した書式で同意を取得することを強く推奨しています。

考察

上記を踏まえると、
①終末期と明言されていない、あるいは、ACPを積極的に考慮していない患者さんからDNAR同意を得ることは、そもそも有効でない可能性があります。

②事例の背景や回復見込みについてはわかりませんが、窒息、誤嚥(心停止でない状態)だけでは、DNARが有効になりません。適切な医療措置が必要です。

とはいえ、救急・集中治療下の終末期、回復見込みのない慢性疾患の終末期、老衰において、心停止とまではいかずとも、救命し得ない状態のとき、いわゆる急変時に、延命措置を行わないことは、広く許容されていることと思います。
前述した通り、それぞれの場合の対応の意思確認をした上で、筆者は、それを広義のDNARと言うようにしました。
ガイドライン上の心停止に対する(狭義の)DNARとは、意識的に区別するようにしています。

いかがでしたでしょうか。
DNARを巡るトラブルにならないために、と申しましたが、なにより患者さんが尊厳ある終末期を過ごせるよう、DNARを正しく理解し、明確な終末期意思確認をしていけることを願っています。


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